カタルシス
□3.愛欲
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サンジはキッチンで一人忙しく手を動かしていた。
それはナミへ何か作るという名目ではあるが、頭を占める何かに支配されそうになるのを防ぐ為でもあった。
「……」
その時、扉が静かに開き、いつもより磨きのかかった仏頂面が現れる。
「おい、酒をくれ……」
「……失恋して自棄酒か? ざまぁねぇな」
「そういうてめぇはどうなんだ?」
「……」
サンジは手を止めると、回り込んでゾロの隣にどかっと座った。
「……あ?」
「残念ながら最後の一本だ。味わって飲むぞ……」
そう言うと、二つのグラスに酒を注ぎ始めた。
「最後か?」
「最後だ」
二人はしばし酒を見つめ、同時にグラスをカチンと合わした。
「次の島まで禁酒か……やれねぇな」
「てめぇはいつも飲みすぎなんだよ。ちったぁ控えろ」
「いちいちうるせぇな。てめぇは心配性の新妻か?」
「……俺は『主婦』でも、『心配性』でも、『新妻』でもねぇ。てめぇは搾り取って夕飯の出汁にすんぞ」
「上等だ。その前にてめぇをぶつ切りにしてやる……」
二人はいつものように毒づき合ってはいたが、それはどこかうわの空で、お互いの心を簡単にすり抜けていくような力無さだった。
「……」
悶々とした思いを抱えながらも、二人は喋るのも億劫になり、仕方なく酒で喉を潤した。
それどころか、何か口を滑らせでもして、隣の奴に心中を悟られたくはなかった。
サンジはグラスを一旦置くと、ナミの笑顔を思い出していた。
あの笑顔を守る事ができれば、自分としては本望だと。
ただ、それが自分一人に向けられるものならば、尚良かったとも思わずにはいられなかった。
ゾロは酒の味を噛み締めながら、ナミの涙を思い返した。
あんな顔は二度と見たくはない。
ならば、これでよかったのだ。
しかし、そう思いつつもどこかでちくり、と胸に刺さるものがあるのも事実だった。
「……はぁ……」
二人は同時に溜息をつくと、顔を見合わせ吹き出した。
「おいおい、溜息なんかついてんじゃねぇ!」
「てめぇもだろうが」
「阿呆。俺のは溜息じゃねぇ、深呼吸だ」
「……随分悲壮感漂う深呼吸だな、おい」
「てめぇほどじゃねぇ!」
その時、また扉が開くと、船の修理を終えたウソップが入ってきた。
「お? 珍しいな、お前ら! 仲良く飲んで……」
しかし、突如がたん、と二人は立ち上がると、お互いの胸ぐらを掴み合った。
「何だとコラ!? 大体てめぇがメソメソしてっからこっちは渋々付き合ってやってんだろうがっ!!」
「あぁっ!? メソメソとはどういう事だコラァっ!? 女々しいてめぇに付き合ってやってんのはこっちだろうがっ!」
「女・々・し・いだとっ!? てめぇはその漢字を知ってんのかっ!? この脳みそ筋肉ヤローっ!!」
「俄然承知の上で言ってんだっ!! このぐるぐる素敵眉毛ヤローがっ!!」
二人の幼稚で険悪なやり取りはまだまだ続く。
「……やっぱ仲良くは、ねぇか」
ラウンジからはいつものように、賑やかな喧騒がしばし飛び交っていた。