カタルシス

□2.優欲
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その夜、もうナミが夢を見る事はなかった。

太陽の眩しさで目を開けると、隣にサンジの姿はない。


「……」


どこか寂しく思いながらも、時計を見て合点がいった。

もう少しで午前という時間は終わろうとしている。

つまり、もう昼だ。

咄嗟に起き上がろうとするも、体の重さですぐベッドに引き戻される。

ナミは観念したように天井を見つめながら、いつも靄がかかったようだった頭がすっきりとしている事に気が付いた。

きっと、久し振りによく眠れたのだ。

いつもより体は重いが。

とにかくベッドから降りようと考えたが、床についた足が縺れる。

その無様な姿を、少し離れた所で小さな鏡が映しているのが見えた。


「……」


ナミはそれを手に取り、自分の体をあらためて見つめた。

体には、赤い跡。

薄い跡と濃い跡が、ナミの体を彩るように、付いていた。

それを隠すような服を慎重に選ぶと、ナミはどこか覚束ない足取りのまま、下へと降りた。



もう食事は当然済ませ、皆は甲板に出ている頃だろう。

ナミは迷う事無くキッチンの方へと向かっていた。

それに近づくと、案の定カチャカチャと、食器が奏でる音が聞こえる。

そっと窓から覗き見ると、サンジが膨大な量の食器を片付けているのが目に入った。

一体いつ起きたのだろう。

もしかしたら、寝てないのかもしれない。

ナミは昨夜の事を思い返し、少し顔が熱くなるのを感じた。


「あ、ナミさん」

「お、おはよ! サンジくん……」

「おはよう。……よく眠れた?」


お陰様で、と言いたかったが、ナミは頷くだけにした。

サンジの態度はいつもと一切変わりなく、ナミにはそれが物足りなく感じられたからだ。


「ねぇ、サンジくん……」

「ちょっと待ってね。何か作るから」

「あ、うん……」


なんだろう。

この清々しいほどの素っ気無さは。

ナミはサンジの態度に疑問を抱きながらも、料理を作る手を止めさせないようにした。


「おまたせ! ごめんな、あいつらがナミさんの分まで喰っちまいやがって……」

「いいわよ、別に。これおいしいし!」


それはお世辞ではなく、その食事はいつもに増して本当に美味だった。

きっと、よく眠れたせいだろう。


「そうか……」


自然とこぼれているナミの笑みを、サンジはしばし見つめずにはいられない。

しかし、食事が終わるのを待ってから、サンジは静かに口を開いた。


「ナミさん……」

「あ、いいわよ! 自分で片付けるから!」

「いや、そうじゃない」

「……サンジくん?」


サンジの真剣でどこか寂しげな様子に、ナミは一気に不安になった。


「ナミさんはきっと、もう大丈夫だ」

「え……?」

「嫌な夢を見る事も段々なくなるよ……」

「……」

「だから、俺の役目は終わりだ」

「! ……サンジくん!?」


昨夜まであんなに優しかったサンジと同じ人物とは思えない言葉に、ナミは愕然とした。

すごく近づいたと思ったにもかかわらず、突然冷たく突き放され、ナミは足元から崩れ落ちそうな気持ちになる。


「何……それ……!?」


急激に頭が熱くなり、そのまま涙が溢れそうになった。


「ひどい……! サンジくん!」

「いや、そうじゃないんだ、ナミさん!」


ナミの表情に、サンジが慌てて弁解する。


「だって、違うだろ?」

「はぁっ!?」

「いや、そんな怒んなよ……」


今にも食って掛かりそうなナミに、またサンジは困ったような顔になった。

一つ溜息をついてから煙草に火をつけると、今度は真っ直ぐにナミを見据えて口を開いた。


「……俺じゃ、ねぇだろ?」

「え……?」


ナミはサンジの言葉に、心臓を鷲掴みにされたような思いがした。

それと同時に、ゾロに言われた事がデジャヴのように重なる。


「そんな事……」

「俺を頼りにしてくれるのは、いいさ。いつでもナミさんの望み通りにしてあげる」

「……」

「でも、そうじゃねぇだろ?」

「サンジくん……でも……」


すっかり怒気を削がれて俯きかけたナミに、サンジはにっこりと微笑んだ。


「大丈夫! 言ったろ? ナミさんは愛されてるって」

「……」


その時、サンジが拳を硬く握り締めているのに、ナミは気付いた。

それを見て、ナミは涙をぐっと堪えると、同じように微笑んで見せた。


「わかった……ありがとう」

「あぁ……」


ナミは最後にサンジの胸に飛び込むと、その紫煙を全身に潜らせた。

そのほろ苦い匂いに、ナミは隠れて、一つだけ涙を零した。









3.愛欲
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