カタルシス
□2.優欲
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「……ミさん、ナミさんっ!!」
「はっ……!」
ナミは目を見開いた。
「はぁっ……はぁ……」
「大丈夫?」
すぐに飛び込んできたのは、サンジの気遣うような眼差しだ。
その瞳を見て、ナミはあれが夢であった事を、少々時間をかけて確認した。
「いて……くれたんだ……」
「言ったろ? ずっと、ここにいるって……」
サンジは約束通りナミの手を握り、傍にいてくれたようだ。
まだ呼吸がうまく整わないナミを心配そうに見つめている。
「いつも……見るのか?」
「……え……?」
きっと、ヤツと離れた時間よりも、共にいなければならなかった時間の方がまだ長いせいだ、とサンジは思った。
ナミの肩にそっと手をかけると、その体はやはり、震えている。
サンジは居た堪れなくなり、ナミを後ろからぎゅっと抱き締めた。
「ナミさん……」
髪や、耳や、頬に口付けると、サンジはもう一度抱き締め、囁いた。
「どうしたら、いい?」
「……」
夢の中の魚人が言ったのと変わらない言葉にもかかわらず、その意味合いは全くの逆だ、とナミは思った。
少し振り返ってみると、サンジの方が苦しんでいるような表情をしているのが見える。
そのサンジの体温を、ナミは胸が詰まるような思いで受け止めていた。
「サンジくん……」
ナミは体ごとサンジの方に向き直ると、そっと口付けた。
「抱いて……」
「……怖く、ない?」
「……」
ナミは何も言えず俯いた。
またパニックに陥ったらどうすればいいのか。
体中にこびり付いている感覚を消したいという思いが、更にその傷を深めているような気がしてならない。
しかし、このままでいい訳がない。
早く自分を解放してやりたかった。
それがあの男に対する真の復讐と言えるのではないだろうか。
「あたしは……自分を好きになりたい」
「……!」
ナミの呟きに、サンジの胸は締め付けられた。
未だ俯いているナミをもう一度抱き締めると、どうしようもない想いが口をついて出てしまう。
「クソッ……抱きてぇ……」
「サンジくん……」
そのストレートな言葉に、ナミは頬が熱くなるのを感じた。
普段はサンジに対してこんな感情を持つ事はない。
その軽口や優しさに癒されはしても、常套句、と言わんばかりのそれは、いつも冗談めいていてサンジの真意を測る事はできないからだ。
しかし、今ナミの耳に届くサンジの鼓動は、それが挨拶でも冗談でも、口説き文句でもない事を告げていた。
「優しくするよ……怖くなったら、すぐに止める」
「うん……」
サンジは軽く触れるだけのキスをした。
頬や、瞼や、額にも。
まるで脆くて美しいガラス細工を扱うように、羽根のように優しく、どこか慎重に。
そしてもう一度唇に触れると、上唇と下唇を交互に、愛でるように吸った。
「んっ……」
唇が次第に熱く濡れていく感覚を、ナミは目を閉じて堪能していた。
ゾロとはまったく異なるキス。
それは急速に高ぶるようなものではなく、ゆっくりと、しかし確実にナミの性感を刺激していた。
たっぷり唇を濡らすと、柔らかな舌が絶妙なタイミングで割り入ってくる。
ナミはその熱い舌の感触に、堪らず吸い付いたり絡めたりした。
それから二人は時の経つのも忘れ、お互いの口腔を優しく貪り続けた。
サンジはその間一切体に触れる事はなく、今まで激しく弄ばれ続けてきたナミには、それがもどかしく感じられた。
焦れた思いに駆られると、自ら唇をサンジの首筋に這わせ出す。
すると、サンジもナミの耳を愛撫し出した。
まるで子猫か何かがお互いの毛繕いをしているような、そんな感覚に、ナミは少し楽しくなってきた。
自分より白いかもしれない肌に、少し強く吸い付いて赤い跡を残してみる。
最初はうまくいかなかったが、何度かしていく内に、それはきれいな花びらのようにそこに残った。
「何か……遊んでね?」
「別に。ふふ……」
悪戯な笑顔を見せたナミに、サンジは仕返しだ、とばかりに愛撫しながらシャツのボタンに手をかけた。
「!」
その時、サンジの動きが止まった。
ナミの胸元にはまだ、激しい情交の跡が赤々と残っていたのだ。
それは恐らく、あの剣士とのものだろう。
「サンジく……!」
サンジの視線の先に気付いたのか、ナミは咄嗟に開きかけていた衣服を閉じた。
「ごめん……」
ナミはその時、自分が今日肌を露出していないのはこの為であったと思い出し、自分の浅はかさに腹立ちを覚えた。
サンジに対する申し訳なさと、後悔の念に押し潰されそうになる。
「……」
しかし、サンジはシャツを握り締めているナミの手をそっと解き、再び唇を近づけた。
「サンジくん……?」
「いいさ……」
サンジはゾロの跡を残したまま、他の箇所を強く吸った。
「あっ……」
サンジは思っていた。
ナミはきっと、ゾロにも助けを求め、それで一時でも救われたのだと。
だから敢えてその跡を消しはしない。
それよりも、ナミは二人の男から、形はどうあれ想われているんだ、という事を知って欲しかった。
「ナミさんは……愛されてるんだ」
「え……」
「だから、自分を愛してやれよ。……もう許してやれ」
「……!」
ナミは、サンジの全てを受け入れてくれるような優しさに、涙が込み上げた。
夢中でサンジに抱きつき、そのままベッドに倒れ込む。
サンジのシャツを脱がしながら、自分の服も乱暴に脱ぎ捨て、覆い被さった。
「っ……」
先程よりも強くサンジの肌に舌を這わせ、吸い、少しでも反応する所があればそこを丹念に愛撫した。
ナミは、サンジの愛に少しでも応えたいという思いに駆られていた。
時折目を閉じるサンジを見る度に、ナミはもっと悦ばせてあげたくなった。
スラックスの上から股間を撫ぜると、サンジが小さく息を飲むのがわかる。
その途端、何かが取り憑いたように、ベルトを外し、急いでファスナーを下げた。
「ナミさっ……」
何かを言いかけたサンジを制するように、勃ち上がりかけたものを引き出すと、そっと掴んでみる。
「ふっ……!」
「……」
自分の手中にあるものをついマジマジと見つめてしまう。
これが今まで、自分を苦しめてきたものなのだろうか。
しかし、勿論魚人のそれとは違う。
凶器だとさえ思っていたそれは、今のナミには何だか愛おしくさえ感じられた。
「いや……そんな見るなよ」
「あっ、ごめん……」
男であっても恥ずかしいのだろうか。
そう思うとますますそれに対して興味が沸いた。
ナミは優しく扱いた後に、そっと舌を乗せてみた。
「っ……」
サンジがまたぴくりとしながら目を閉じるのが見える。
ナミは確かめるようにじっくりと舌を這わせながら、素直な反応を見せるそれを可愛いとさえ感じた。
たっぷりと唾液で湿らせた後、ぬるぬると扱きながら、先端を口に含む。
「くっ……」
サンジが小さな呻きを漏らす度に自分の体も熱くなるのを感じた。
あの時とは、違う。
これは、自分がしたくてしているのだ。
ナミはそれを深く咥え込むと、自然と舌を動かした。
「ナミさ……ん……」
その時、サンジに髪を触れられ、ナミは咄嗟に喉奥に力が入った。
「はっ……」
サンジが顎を仰け反るのが見え、ナミはもう一度確かめるように喉の奥を締めた。
「く……」
自分が、サンジを感じさせている。
そう思うと、今まで味わった事もない劣情が這い上がってくる。
一方的に与えられたり奪われたりするものでは、ない。
今これを支配しているのは、自分なのだ。