カタルシス

□1.溺欲
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ナミは大きく息を吐き出すと、ドアのノブにそろりと手を掛けた。

しかし、なぜか触れた瞬間に大きく回り、すぐにそれは開かれた。


「っ……!」


ノブを握っていたはずの手は力強く掴まれ、ナミは一気に室内へと引き込まれる事になった。


「ゾロ……起きてたの?」


先程まで寝息を立てていたその男は、どこか不機嫌そうな顔ですぐにドアを閉めた。


「あっ……!」


掴まれていた手はそのままドアに押し付けられ、ゾロはニヤリともせずにナミの唇に噛み付いた。


「んんっ……!」


切れていた箇所を舌先でぐりぐりと責められ、ナミは堪らず何とか顔を背けようとした。

しかし、もう一つの手で頬を押さえられ、それは無駄な抵抗に終わる。


「ゾ……! やめ……」


言いかけたナミの歯列を割って、その乱暴な舌は侵入してきた。

それは上顎を這い回ると、歯茎や舌を強引に絡めながら動き続ける。


「んっ……ふっ……」


昨夜とは打って変わったその暴力的な動きに戸惑いつつも、ナミの体は反応した。

ナミの抵抗が完全に無くなったと見ると、ゾロはやっと呼吸する事を許すように唇を離した。


「……はぁっ。……ゾロ……」


何とか酸素を貪りながら抗議の視線を投げかけてみるが、ゾロの表情は先程と全く変わらない。

それどころか、次にゾロの口から出た言葉に、ナミは驚愕する事になる。


「……悪ぃな。俺はコックほど優しくはねぇ」

「!」


見ていたのだ。

先程のサンジとのキスを。

いや、それだけではなく、恐らくその時のナミの心情まで、この男には透けて見えていたに違いない。

ナミはゾロの責めるような視線に耐えかね、一度目を伏せる。


「ごめん……ゾロ……あたし……」


しかし、ゾロはその時初めてニヤリと笑んで言った。


「どうだった? ヤツの味は……」

「!」


先程噛み付いてきたゾロの唇は、今度は首筋を標的にしたようだった。

ナミを押さえつけたまま、上から下へと執拗に這い回る。


「やっ……あっ……」


少し痛みを伴う程の強引なそれは、ナミに快感と恐怖をもたらした。

途端に脳を掠める闇の記憶。

それがぞくぞくとした劣情と共に、ナミの体に這い上がってくる。


「ゾ……ロ……!」


ナミは抵抗しようともがくが、到底力では敵わない。

それがより一層過去の傷を思い出させる。

ゾロは乱暴に乳房を揉みしだくと、衣服の上から勃ち上がっている乳首を摘んだ。


「はっ……! あっ……」


くりくりと捻るように刺激され、ナミの意識とはまた違う所が反応しだす。

その間も唇は強い愛撫を止めない。

強い快楽と絶望感。

それが交互にナミの心と体を責め続ける。


「やめて……」


ナミの瞳は遠くを見つめていたが、それは慣れ親しんだ室内でも、窓から見える美しい朝日でもない。

それは、一人の男の嘲笑いだけだ。

それがどうにも網膜を支配して止まない。


「……っ!」


手を押さえつけていた力が少し弱まるのを感じると、ナミは一気に振りほどき、背後のドアを開けようとした。


「おいっ……!」


焦ったのはゾロの方だった。

ナミの衣服は一見してわかるほど乱れており、もし今誰かと鉢合わせれば、それが誰であれ、あまり良くない事になるだろうからだ。

ゾロは背後からナミを抱きすくめ、何とかそれを阻止しようとした。

しかし、ナミの体はつい先程とはまるで様子が変わっていた。

熱く火照っていた体は冷たく汗ばんでおり、乱れた息を吐いていた唇は、カチカチという音を奥歯の方から鳴らしている。


「いや……やめて……いや……!」

「ナミ! ……おいっ!」

「いやぁーっ!!」

「……!」


ナミが甲高く叫びだしたので、ゾロは思わずその口を塞いだ。

もし今この光景だけを見る者がいるなら、自分がナミに暴行したとしか思われないだろう。

いや、暴行しかけたのは本当か。

ゾロは何とかナミを宥めようと抱き締めながら、自分も冷静でいられないのか、そんなくだらない事が逆に頭を掠めていた。

しかし、半ばパニックに陥ったナミは、一頻りゾロの掌の中で叫び続けていた。

その内にそれが治まると、今度はその場に座り込み、呆然としたまま天井を見上げた。

背中からゾロの熱がじわりと伝わる。

しかしそれは、昨夜のようにナミの心を温めるものではなくなってしまった。

ナミはそれが悲しかった。


「悪かった。もうしねぇ……」


ゾロの謝罪の言葉に、ナミは申し訳なさを感じた。

きっと、ゾロは悪くない。

何も悪くなど、ない。


「ゾロ……あたしは……何が欲しいんだろう……?」

「……」


それを聞いて、ゾロは抱き締めていた腕をゆっくり離し、立ち上がった。


「俺に言えるのは……お前が求めてんのは、俺じゃねぇって事だけだ」

「……!」


それは決して長いとは言えない言葉にも関わらず、針の穴を通すかのように、ナミの心に確実に突き刺さった。

ゾロはわかっていたのだ。

ナミの弱さと迷いを。

そして、ナミの傷の容易でない深さを。

わかった上で、この剣士は付き合ってくれた。

変えようとしてくれたのだ。

言いたい事は山ほどあるのに、ナミは胸が詰まってうまく言葉が出てこない。

その様子を最後にちらと見ると、剣士は静かに部屋を出た。
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