カタルシス

□1.溺欲
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「……」


何か言いかけたゾロを制するように、ナミはそのまま唇を重ねた。

それは重ねた、というよりは噛みつくようなキスではあったが。

もしかしたら突き飛ばされるかもしれないな、と思いながら無理に舌を捻じ入れる。


「……」


しかし、ゾロは意外にもナミの腰をぐい、と引き寄せ、舌を絡ませてきた。


「……!」


その舌の激しい動きに、ナミの体はびくりと震えた。

自分から仕掛けた事だというのに、いざ相手が応えると尻ごんでしまう裏腹さに、自分でも愕然とする。

力強く背中を抱き締め、口腔を犯してくるゾロに、ナミはすっかり主導権を奪われた。

もはや、ゾロのキスを受け止めるのが精一杯だ。


「ん……ふっ……」


ナミは息苦しさから逃れようと後退り、先程立ち上がった椅子にぶつかった。

その時、ゾロは唇をふと離すと、背中に回していた片腕をナミの脇腹へと移動させる。


「ゾ……ロっ……」


ナミは押し寄せる不安を隠せないように目を彷徨わせたが、ゾロはお構いなしに服の下から指を滑らせてきた。


「……!」


その途端、ナミの脳裏におぞましい記憶が蘇る。

肌の上を蠢く、無数のぬるぬるとした感触。

それは勿論、心地好いのとは程遠いものだ。

安堵や快感、希望や幸福などとは、対極にいるものなのだ。

わかっている。

わかりきっているのに、ナミの体は反応した。

長きに渡る時間をかけ、次第に頭の中は怒りや絶望を通り越して、空っぽになる。

ただの空虚な入れ物になったナミには、体の感覚しか残されていなかった。

力では抗えない。

逃げ出す事も叶わない。

あの頃のナミに、選択肢などありはしなかった。

最終的に、受け入れたのだ。

この世で最も憎悪を抱いていた、殺したいと願っていた、者達を。


「おい……」


気付くと、ナミはゾロの腕を懸命に押さえ、俯きながら泣いていた。


「っ……」


何の涙かはわからない。

しかし、こんな自分が嫌で堪らない、というのはわかっていた。


「溺れたいんじゃねぇのか」

「……」


ゾロは腕をそっと離したが、涙は一向に止まらない。

それどころか、嗚咽まで上がってくる始末だ。

ゾロは呆れただろうか。

怖くてその顔が見れない。


「あたしは……汚いのよ……。汚れてる……」

「……」

「笑うでしょ? 全身から拒絶しているはずなのに……声が、出るの……。体が……熱くなるの」

「やめろ……」


自分はこの男に何を言いたいのだろう。

なぜこんな事を告白しているのだろう。

見下され、蔑まれるだけだ。

しかし、ナミは言わずにはいられなかった。


「感じるのよ! ……どうしようもなくっ! 自分からねだった事だってあるわ!!」

「やめろ!」


その時、はっと見上げたゾロの瞳には、侮蔑も嘲りも浮かんではいない。

ただただ、何に対するのかわからない、怒りだ。


「汚いのはてめぇか!?」

「え……?」

「汚れてんのはてめぇなのかっ!? 違うだろうがっ!!」

「……ゾロ……」


ゾロはナミの両肩を掴み、込み上げたものを露わにする。

それは自嘲する事を止めないナミに対する怒りではない。

逆に、ナミの心に巣食う闇を払拭するかの如く、辺りの大気を震わせていた。


「……守ったんだろ? その体一つでよ」

「……っ!!」


ナミは思わずゾロに抱きついた。

その体は先程より熱を帯びており、未だ怒りを消化出来ていないのがよくわかる。

その体に顔を擦りつけ、ナミは先程とは違う涙を流した。


「ゾロ……!」

「今度は……やめねぇぞ」


ゾロはナミの体を再び抱きとめながら囁く。


「うん……」


もう一度見上げた瞳にはもう怒りではなく、優しさと思える淡い光が宿っていた。

ナミはそれを最後に確認すると、目を静かに閉じた。

『0』にできるかは、わからない。

しかし、今はただ、ゾロに抱かれていたかった。
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