Stalk

□2.そして、真実へ
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横にいるローはずっと天井を見つめていた。

あたしはどこか不安になって、猫のようにそっと彼に擦り寄ってみる。


「……お前、俺の事疑ってただろう」

「!」


思わぬ彼の言葉に、あたしの体は小さく震えた。


「いえ、そんな! ……いや……はい」

「ふっ……素直だな」

「だって……でも、キャプテンが……」

「なんだ?」


あたしは数々の不可解な出来事を頭の中に並べたが、やはり、一番気になっている事だけを聞く事にした。


「あの家で……何してたんですか」

「……」


ローはあたしの表情をちらと確認すると、また天井に視線を戻した。


「……あの死体の縫合をしなおしていた」

「え……?」

「ヤツの縫い目はあまりにも汚かったからな……」

「……」


それは一体どういう心境なのだろう。

単に医者として見過ごせなかったのか、それともゼルに示したのだろうか。

どうしたって自分を越す事はできないのだと。

ローはこちらにゆっくり向くと、まだ熱の残る掌をあたしの体に滑らせた。


「まったく、お前は見る目がないな……」

「……」


言われる通りなので、あたしは黙って目を伏せた。


「本気だったか?」

「……あっ」


体を滑っていた指が不意に胸の突起に触れる。


「どういう風に抱かれた? あの男に……」

「あっ……やっ……キャプテン……!」


あんなに激しく抱かれた後で、あたしの体は少しの刺激にも敏感になっていた。

しかし、なすがままに弄ばれながらもあたしは、懸命に言葉を放った。


「違うっ……!」

「何が、違う?」


既にあたしの肌には新たな赤い跡が付けられている。


「あたし……ゼルとは……」

「……!」

「できなかった……。ずっと、自分の心を支配している人がいたから……」

「トゥルー……」


ローは弄ぶのを止め、その手で頬を包んだ。


「キャプテン……あたしは……」


その時、ローの指が二本ほど、あたしの唇の上を滑った。


「だめだ、ローと呼べ……」

「あっ……」


ローは再びあたしに覆い被さると、今度は触れるほどのキスを何度も繰り返した。

それは言葉で伝えられるより確かに、あたしの心を愛で包んでいった。





「なぁ、キャプテンは?」


その問いに、数人の仲間が目で合図をする。


「キャプテンなら……しばらく出てこねぇだろうよ」


ニヤニヤしつつも、どこか嬉しそうに、皆笑っていた。


「いいな〜どっかにメスのクマ……」

「いねぇっての!! しつこいわっ!!」


ベポが言い終わる前に、全員が声を張り上げた。


「スミマセン……」

「ははっ! なぁ、ところで、ルーって島でいっつも何やってんだ?」

「ばぁかっ! 買い物に決まってんだろうがっ! なぁ、ベポ!」

「全く、あいつの買い物好きには頭が下がるよ」

「なんせ、一日に何度も着替えてる事もあるからな!」

「いや、スターかよっ!?」

「……でも、たまにふいっと消える事ねぇ?」

「あー……そういえば」


全員がふと考え出した時に、げっそりとした二人の男が、覚束ない足取りでやってきた。


「おい、どうした? ……まさか、まだ見つかってねぇのか」

「……あぁ、どこにもねぇ……」

「あ〜っ! なんでいつまでもメス一本が見つからねぇんだよっ! お前、バラバラにされっぞ!」

「違ぇよっ! 一本じゃねぇ! 二本だっ!! ……それに、バラバラにはもうされた……」

「マジか〜っ!!」






あたしはシャワーを浴びながら、鏡に映る自分を見つめていた。

体に残るローの口付けの跡に、幸福感が募る。

欲しかった物が一気に二つも手に入ったのだ。


それにしても、とあたしは考える。

あたしと言う存在が生まれたのはいつ頃からだっただろうか。

見渡すほどの死体に毎日囲まれていた頃だろうか。

それとも、病に侵され、自分の死期を悟った時だっただろうか。

まぁ、はっきりと形を成したのは覚えている。

ローに張り付く煌びやかな害虫を見た時だ。

その時だけは、あたしはこの体を支配できた。


弱くて臆病な女は、そんな役回りだけをあたしに任せていた。

思えばずる賢い女だったが、もうそれもいなくなった。

もうじっと影に潜むような事はしなくていい。

あたしは、この自由という名の印を纏ったこの体を、やっと手に入れたのだ。






ローはシャワーの水音を聞きながら、相変わらず天井を見つめたまま釈然としない思いに駆られていた。

あの男は、以前から自分で所持していたメスを持っていた。

では、自分のメスはどこにいったというのか。

それに、関わった女を片っ端から殺して、自分に嫌疑の目を向けさせようとしているものだと思っていたが、最後の海兵殺しはどうだ。

あの海兵は間違いなく自分を追ってきていた者だ。

なぜ、あの時に限って自分を助けるような行動をとったのか。

『あんたの手伝いをしたまでさ』と笑った、あの男の最後の言葉が脳裏を掠め、ローは更に深い霧の中へと足を踏み入れる事になった。






あたしは体を拭きながら、足元の荷物の中を見つめる。

これはもう要らないかもしれない。


「……」


しかし、ローもただの人間だ。

この先愛が冷め、例の悪い病気がひょっこり顔を出す時がやってくるかもしれない。

その時は、また使う事になるだろう。

しかし、あの男はもういない。

だからまた、罪を被ってくれる人間を捜そう。

ゼルは実に馬鹿な男だった。

最後まであの殺人をローが行っているものだと信じて、死んでいったのだから。

まったく、医学を向上させるなどとは笑わせてくれるものだ。

あたしはローに付きまとう虫を、ただ排除していただけだというのに。
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