Stalk

□1.suspicion
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あたしはゼルに吐き出すように全てを話していた。

ここ数ヶ月間、溜めに溜めていたどす黒い呪縛を解放した事で、止め処なく溢れていた涙は次第に乾いていった。


「……最初は、たまたまだったの……」


そう、たまたまだった。

そして、本当に些細な事だった。



最初に殺されたのは酒場の女だった。

女のあたしから見てもとても笑顔が魅力的で、自分とそう変わらない歳の女だ。

あたし達は次の日に出航する予定で、最後の島の夜をその酒場で楽しんでいた。

皆はいつもの通り陽気に騒ぎ立てていたが、あたしは、時折その女をじっと見つめるローに気づいた。

それはどこか周りの雰囲気と一線を画していたが、その時は特に気に止めることなどなかった。

またいつもの悪い癖が出たのだろう、くらいにしか思っていなかったからだ。


久し振りの開放感で、したたかに酔ってしまったあたしは一人宿に戻ったが、横になるとぐるぐると部屋の景色が回ってしまい、なかなか寝付けなかった。

しばらくその状態で奮闘しつつも、ついに耐え切れなくなり、風に当たろうと外へ出た。

そこで、出くわしたのだ。

先程までの緩い表情から一変し、獣のようにギラギラと目を光らせているローに。


「キャプテン……どうしたんですか?」

「……」


身に着けている衣服は所々赤黒く染まっており、まるで激しい戦闘の後のようだった。

先程の女と楽しい時間を過ごしているものだろうと思っていたあたしは驚き、ついまじまじとその姿を見つめてしまう。


「……いつもの事だ」


ローはそれだけ言うと宿へ入り、自分の部屋へと姿を消した。

またどこぞの海賊と一悶着あったのかしら、と思いながらローの部屋を見つめたが、静かな廊下に雨のような水音が微かに聞こえるだけだった。

でもきっと、あの女とは寝たんだろうな、と、歪む景色を見ながら、あたしはぼんやりとした頭で考えていた。


しかし次の日に、その女はとても無残な姿で発見された。

島中が一気に騒然となっていたが、その出来事が発覚したのは出航の直前で、あたし達がそれに関与する事はなかった。

あの女はもう二度と、例の魅力的な笑顔を振りまく事はできない。


「……いつも、そうなの。殺されているのはキャプテンと関わった女ばかり……」

「……」


ゼルは固唾を呑んで聞いていたが、しばらくの後、考え込むような顔をしたまま立ち上がった。


「俺……明日キャプテンを尾行してみるよ」

「え……!?」


彼の突然の提案に、あたしはつい声を裏返した。


「でももし……あたしが言った事が本当だったら……?」

「もし、本当だったら……その時は……」


ゼルは、静かに自分の剣を見つめた。


「! ……だめよ! 危険だわっ!」


ゼルはうちの海賊団の中でも腕はかなり立つ方だ。

しかしあの男にはきっと、敵わないだろう。

それは自分でもわかっているはずだ。

なんせ、ゼルは過去に命を救ってもらった、ローの能力と医術を神のように崇拝している。

いつかローのようになりたいと、独学で医術を研鑽しているほどだ。

その崇めているほどの男に対して、一筋の勝算もあるとは思えなかった。


「大丈夫だって! お前は何も心配しないで買い物でもしてろ!」

「ゼル……」


彼はいつも通りの晴れやかな笑顔を向けた。

しかしその笑顔を見たのは、本当の意味ではこの時が最後だった。






あの家が村から離れていた為か、例の死体が発見されたのはその日の夜だった。

例の如く島中が騒然となり、すぐに厳戒態勢がしかれた。

もちろん、海賊であるあたし達は、人々から訝しむような視線に晒されるようになった。

いつもならばこんな出来事の後、すぐにでも出航するのだが、ローはそれをしなかった。

やはり、何かしらの思惑があるのだろうか。

あたしがカーテンの隙間から差し込む白々とした光に抗うように、布団に身を隠しながらぼうっと考えていると、コンコンという音と共に、いつものように扉が勝手に開かれた。


「ルー! 起きてるかぁ?」

「……寝てるよ」

「いや、起きてるだろ! ちょっとこいつの怪我診てやってくれねぇか?」


ペンシャチコンビだ。

海軍と戦った際に受けた傷をしばらく誰にも言わず我慢していたらしい。


「だから、すぐに診せてっていつも言ってるでしょ! ひどくなったら治りにくくなるんだから!」

「ははっ……悪ぃ。イテテ!」

「お! だいぶうまくなったな! そろそろオペにも参加できるんじゃねぇか?」

「……」


あたしの脳裏に、あの時のローの揶揄するような瞳が浮かぶ。


「なぁ、お前医者を目指してたんだろ? なんで海賊なんかやってんだっけ?」

「あれ? お前知らねぇのか。ルーはキャプテンの医術の腕に惚れ込んで、この船に乗るようになったんだよ!」


惚れ込んだ、とまでは言いすぎだが、確かに、あたしはローの底知れない力に魅力を感じてこの海賊団に身を投じた。



あたしの故郷は貧しく、少しの怪我でさえも命を落としかねない程、医療の設備は乏しかった。

その上に、常に伝染病などが蔓延しており、少し医術をかじっただけのあたしでさえ、日々山のような患者を目の前に、終わりの見えない闘いに駆り出されていた。

寝る間も惜しみ、自分の食べ物を分け与え、懸命に看護しても尽きていく命に、あたしの精神は常にギリギリな所を彷徨っていた。

そんな時、沢山の命を奪った病魔がついにあたしの体に侵食し、それに抵抗する術もないあたしは、空虚な人生とこの闘いの日々にやっと終止符を打てるのかと思っていた。

しかし、それを救ったのはローだった。

気まぐれに現れたはずの彼は、縁もゆかりもないあたし達に、迅速で完璧なまでの処置を施した。

その時の彼はまさに、神々しいまでの光に包まれて見えたのをよく覚えている。


「……はい、終わり!」

「サンキュー!」

「結構大変だったんだからね! まったく……なんでキャプテンに診せないのよ?」

「それがいねぇんだよ、今日に限って! いつもは遅くまで寝てるってのに……」

「え……?」


二人が出て行った後、あたしは宿の中を隈なく捜した。

しかし、この建物の中にローとゼルの姿はない。

あたしは、押し潰されそうな胸の内を照らそうとする朝日に晒されながら、当て所なく飛び出した。








2.そして、真実へ
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