Stalk

□1.suspicion
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あたしはその家屋の裏手に出るように、わざと木や草花が生い茂る道なき道を通ってきた。

そこに続くのは一本の道だけで、そこを通れば誰かと遭遇するかもしれないからだ。

誰か。

その誰かに必ず会うとは限らない。

しかし、あたしは迷う事無く、その道のりを進んでいた。


「はぁ……はぁ……」


先ほどの休息でほんの少し取り戻していたはずの体力がみるみる奪われる。

それは単純にまた体を動かしているから、ではない。

その時、また物音が聞こえた。


「!」


あたしは咄嗟に木の陰に身を隠す。

すると、目の前の家屋の扉がゆっくりと開くのが見えた。

固唾を呑み、息を潜め、あたしは木の一部なんだと、自分自身に暗示をかけながら食い入るように見つめる。


「っ……!」


しかし、その暗示も虚しく、あたしは両手で口を覆った。

出てきたのは、ローだった。

ずっと追い求めてきたその姿は見紛うはずもない。

しかし、あたしの予想を大きく上回る姿で、彼はあたしの目の前を過ぎて行った。

いつもと変わらず歩くその両手にはべっとりと赤いものがこびり付いており、乾ききっていないそれは、唯一の道に点々とその滴を撒き散らした。

あたしは泣きたくなるような気持ちをなんとか抑え、完全にローが視界から消えてから一歩踏み出した。



これは本当に自分の体だろうか、と思えるほど重い足取りで、あたしは家屋の正面へとまわり、小さな赤い痕跡を近くで確認する。

家屋に侵入し、飛び出してきそうなほど暴れる心臓をなんとか宥めながら、外にあったのと同じ、赤い点を頼りに、その部屋へと辿り着いた。

その部屋の扉は少し開いており、それを手にかけた所で、あたしはしばし動けなくなった。

このままこの扉を閉めてしまおうか、と何度も心が繰り返す。

しかし、それに反して脳は、開けてしまえ、と手に指令を出そうとする。

その扉は軽く、風が吹いただけでも開いてしまいそうだ。

きっと、開けるのにさほどの力はいらないだろう。

その時、反射的にぴくりと折り曲げた指の力で、扉が微かに動く。

まるであたしを誘っているように、ゆらゆらと揺れるその扉を、あたしはそっと掴もうとした。

その時、部屋の窓からだろうか。

思いがけない風が吹き、掴み損ねたその扉は、ついに開け放たれた。


「!!」


あたしの眼前に広がる、見事なまでの赤い景色。

これまで何度か目にしたその景色の中心には、やはり空っぽの眼窩が宙を見つめている。

しかし、それは今までとは少し違っていた。

この無残な塊を生み出した創造主は、横に几帳面に並べられている臓物を取り出した後、縫い合わしているのだ。

それは、とても繊細に。

まるで術後の患者に対して、なるべく跡が残らないように、とでも配慮されているかのように。

もうそんな必要は全く無い、この空っぽの肉の塊に対して。


「……い……や……」


あたしの脳裏に、先ほどのローの赤い手が否応なしに浮かぶ。

そのローの顔は、みるみるうちに赤い塊を弄ぶ、死の外科医の顔へと歪んでいった。


「いやぁぁぁぁーっ!!」


先程まで吐息にすら気をつけていたはずのあたしは、もうなりふり構う事などできずに、辺り一面に響く、ひきつれた叫び声を上げていた。

でなければ、あたしはきっと、狂っていたかもしれない。
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