Stalk

□1.suspicion
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海軍の追撃を懸念し、すぐに出航すると思われたが、意外にもローはそれを先延ばしにした。


「大丈夫なのかな……」

「うん? まぁ、海軍もそんな暇じゃねぇってこった!」


横にいるシャチは、事も無げにそう言った。

懸賞金がまた上がるだけさ、とも。

確かに、悪名が轟いているであろう海賊団は、うちだけではない。

しかしあたしは、ローには何か別の思惑があるような気がしてならなかった。


「ねぇ……キャプテンとは長いんでしょ?」

「あぁ、まぁな」

「……最近何か変わった事ってなかった?」


あたしはいたって真剣に聞いたつもりだったが、シャチは隣のペンギンと視線を交差させると、その表情を緩ませた。


「……診察だ治療だっつって、誰かにちょっかいかけたりとか?」

「身を挺して誰かを助けたり、とか?」

「……え?」


予想もしてなかった二人のやり取りに、あたしは目を丸くする。


「考えてみろよ! お前助けた時。能力使えばいい話なのにさ!」

「きっと、体が勝手に動いちまったんだぜ! ……まぁ、無意識の中の意識ってやつだな!」

「……」


あんなにいつも冷静なローにそんな事が起こるだろうか。

含むような笑いを止めない二人に呆れた視線を送りつつも、あたしは浮き立つような気持ちを抑えられなかった。






明日はまたベポにでも付き合ってもらおうかしら、と思いながら宿の廊下を歩いていると、一つの扉の前でこそこそと囁くような声が聞こえた。


「やべぇよ……ぜってぇ」

「どうすんだ……」

「だからよ……」

「……」


あたしは、例に習ってその扉を無作法に開けてみる。


「おわっ!? ……なんだ、ルーかよ?」

「てめぇ、ノックくらいしやがれ!」


そういえば、ノックは忘れていたな、と目を剥く仲間の顔を見て少々反省する。


「……どうしたの?」


あたしの問いに、その二人の男は互いに目を交差させる。


「……実は、キャプテンの大事なものがなくなっててよ……」


聞かれたものはしょうがない、とばかりに、渋々ながら一人が声を絞る。


「何か失くしたの? ……怒られるよ〜!」


消沈している仲間に追い討ちをかけるような事をわざと言ってみる。

それはいつもの軽い仕返しのつもりだった。


「ビビらすなって! ……まぁ、確かに、ばれたらバラバラにされるかもな……」

「え……そんなに大事なものなの?」


仲間の様子に少し心配になったあたしは自然と声が小さくなる。

しかし、次の言葉を聞いて、小さくなった声は、かすりほどもでなくなった。


「失くなってるんだ。一つだけ……キャプテンの、メスが」

「……!」






翌日、あたしはゼルを引きずって行く買出し連合を見送りながら、ある決意の元に行動を開始する。

今日一日、もしくは、この島を離れる時まで、ローを監視しようと。

あの男を尾行するのは簡単ではないかもしれない。

だが、あたしはどうしてもそうせざるを得なかった。

もう何を信じて船に乗ればいいかわからなくなるからだ。



あたしはローに命を救ってもらった事が何度もある。

だから、ぶっきら棒で無神経で冷酷にすら見えるこの男を慕ってここまでついてこれた。

敵に対する仕打ちは残忍そのものでも、仲間の手当ては自らの手で行ってくれる、そんな医者の部分を信じていた。

しかし。

あたしが何度か見たあの死体達は、まるで死者を、いや、人間そのものを冒涜しているというより他ならない。

数ある空っぽの眼窩は、皆どれも訴える術もなく、ただ宙を彷徨っていただけだ。


「……!」


その時、ローが宿から出てきた。

彼はよく一人で行動している。

だが、必ず女と接触するはずだ。

あたしは息を潜め、一定の距離を保ちながら歩を進める。

しかし、いざその現場に遭遇した時、あたしはどうしたらいいのだろう。

ローはばれたと知って、あたしを殺そうとするだろうか。

それとも、その楽しいであろうゲームにあたしを誘うのだろうか。

どちらにしろ、あたしの未来は暗そうだ。

一体、自分は何の為にこんな事をしているのだろう。


その時、角を曲がった所でローの姿が消えた。


「!」


あたしは慌てて追ったが、もうそこに彼の姿はない。

気づかれたのだろうか。

しかし、あたしは諦めずに彼の足跡を辿る事にした。

今日は何か、とても嫌な事が起こりそうな、そんな予感があたしの足を自然と速めていた。


「はぁ……はぁ……」


町中駆け回ってもローの姿はなかなか見つけられなかった。

何度か仲間の姿は見かけたが、誰も彼については知らないようだ。


「どこに……いるの……?」


疲労の色が次第に濃くなっていくあたしに、まるで迷子になった子供のように、心細い思いがどっと押し寄せる。

早くその姿を見せて、安心させて欲しい。

何もないんだと。

すべては、あたしの愚かな妄想なのだと。


「はぁ……はぁ……」


あてもなく捜す事に限界を覚え、あたしはついにその場に座り込む。

しばらく項垂れながら息を整えると、ふと、何か物音が聞こえた気がして顔を上げる。

その丘の先には、一軒だけ、町から離れた家屋が見えた。
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