Stalk
□1.suspicion
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夜になった事を確認すると、あたしは部屋からやっと這い出てきた。
別にショックで床に伏せていたわけではないが、誰と会ったにしても、どんな顔をしていいのかわからなかったのだ。
窓の外を眺めながら、ぼうっと魚の遊泳している姿を目に映す。
すると、背中から突如笑う気配がし、はっと振り返る。
「何やってんだ?」
「ゼル……」
あたしはここにいるのがゼルであった事に少々ほっとしつつも、やはり、どんな顔をしていいのかわからなかった。
ゼルは何も言わずにあたしの隣に来ると、同様に魚を眺め出す。
「なぁ……、キャプテンの事なら気にすんなよ。あの人はいつも気まぐれだしさ」
「……」
気まぐれか。
まぁ、確かにあたしがいちいち気にする必要なないのかもしれない。
ローはあたしの反応を見て楽しんでいるだけなのかも。
「医者のくせに血が好きだしな……」
「え……」
あたしの頭に今日の『治療』が思い出される。
それと同時に、例の色がまた網膜にじわりと蘇った。
「……ねぇ、昨日の島で起こった事、知ってる?」
「あぁ、女が殺されたってヤツか? ……俺はペンギン達とずっと飲んでてその時は知らなかったんだけど、出航前に誰かに聞いたよ」
「立て続けに起きてるよね……」
「……俺等が行く島ばかりでな」
ゼルはそれから少し黙ると、魚とあたしを交互に見比べ、喉の奥のものを出すべきかどうか迷っているような表情をした。
「ゼル……?」
「……いや、関係ないとは思うんだけど、現場に医療用のメスが落ちてたって……」
「……!」
その言葉に、あたしはすぅっと血が引いていくのを感じた。
しばらくあたしの中に渦巻いていたものがぞわぞわと染み渡っていく。
それは、胸のつかえが取れるような、またすぐにそれを埋めてしまいたい衝動に駆られるような、妙な気持ち悪さだった。
「ルー……」
目を開いたまま完全に沈黙してしまったあたしを、ゼルは気遣うように覗き込んだ。
「俺等には関係ないって。だから、あんま気にすんなよ……」
あたしはやっとの思いで頷いたが、さすがに笑う事はできなかった。
「なぁ、次の島に着いたら俺と行くか?」
「え……」
「お前の服は、俺が選んでやるよ!」
「ゼル……」
「だから、そんな顔すんな……」
「……あ」
ゼルは、ローのそれとは対照的にあたしを優しく引き寄せ、まだ完治してない唇にそっと唇を寄せてきた。
あくまでも痛みを残さないようにそっと、何度も優しく口付けた。
それは、これこそが治療だ、と思えるようなキスだった。
「ゼル……」
ゼルは唇を離すとあたしを抱き締め、髪を撫ぜた。
あたしを温かい熱が包み、この胸の中にいれば、もう何も考えなくてもいいかもしれない、と思った。
「なぁ、着いたら何する?」
「だから、買い物でしょ!」
「え? ……もしかして一日買い物か?」
「ふふっ約束でしょ?」
「マジか〜!」
大袈裟に仰け反ってみせるゼルを見て、あたしは可笑しくなった。
この人といると、いつも楽しい気分になる自分に気づき、あたしは一層笑顔になる。
「おい……あの二人、付き合ってんのか?」
「知らねぇが……かなりいい感じと見た!」
「……」
「あ〜、あの島にメスのクマいねぇかな〜」
「いねぇよっ!!」
「怖いわっ!!」
「なぁ、キャプテンは何するんだ?」
「俺は……いつもどおりだ」
あたしはゼルに笑顔を向けながらも、次の島では何も起こらないで欲しいという思いを、どうしても捨てきれずにいた。