Stalk

□1.suspicion
2ページ/9ページ


「おい、ルーのヤツ、どうしたんだ?」

「さぁ? 町からふらふら帰ってきたと思ったら、そのまま飯も食わずに寝ちまってよ」

「……買い物しすぎじゃね?」

「ベポ……そりゃねぇだろ」

「お前ら、ルーの買い物に付き合った事ないからそんな風に言えんだよっ!!」


ハートの海賊団は、いつものような賑やかさで、盛んに食べ物を口に運んでいた。


「あ! そういえばよ、聞いたか!? この島でも前みたいな事件が起きたって!」

「マジかっ!? それでやっぱり……女かよ?」

「あぁ……。今回も相当凄かったらしいぜ……!」

「……」


その時、ローは席を立った。


「あれ? キャプテン、もう喰わねぇのか?」

「あぁ……。それからこの島は、明日発つからな」

「えぇ〜っ!? なんでだよ? まだ来たばっかりじゃねぇか!」

「これは決定だ。……お前ら、荷物まとめとけ」


まだぶぅぶぅ言っているクルー達を背に、ローはその店を出て行った。







あたしは、まだ震えていた。

どんなに掻き消そうとしても、あの赤が網膜に焼き付いて離れない。

部屋の赤。

赤にまみれた空っぽの死体。

そして、持ち主がいなくなった赤のドレス。

それらが代わる代わるあたしの脳内を駆け巡ってはまた戻ってくる。

ぽっかりと空いていた彼女の眼窩は、最後に何を見たのだろう。


「……」


嫌な事しか頭に浮かばないあたしは、堪らずにまた布団をかぶった。

その時、何か音がした気がして、耳を澄ます。


「……トゥルー。いるのか?」

「!」


どうやら、部屋の扉がノックされていたようだ。

しかし、あたしは何も答えられなかった。

まるで喉の奥が詰まったように、ひゅうひゅうと息が漏れるだけだ。

無理に取り繕うと何かを覚られてしまいそうで、相変わらず細かく震える体を抱き締めたまま、布団の中から出る事もできなかった。

なぜなら、あたしは扉の前に立つ人物が誰なのかを知っていたからだ。

ハートの海賊団の中であたしの事をトゥルーと呼ぶ人間は、一人しかいない。



その時、ガチャリという音と共に、部屋の中に廊下の明かりが差し込まれた。


「入るぞ……」

「……」


あたしは頭から布団をかぶったまま、気づかれないように息を呑む。

ゆっくりとした調子の足音は、迷う事なくあたしの傍へと近づき、ぴたりと止まった。


「寝てるのか」

「……」


その声音はどこか残念そうに聞こえるが、あたしは微動だにしないように心がけた。

薄目を開けてこっそり様子を伺うと、布団の隙間から膝の後ろのあたりが見える。

丁度くるりと方向を変えた所だったようだ。

またその足音は扉の方に向かって行くと思われ、あたしは小さく安堵の溜息を漏らす。

しかしその予想に反し、あたしの視界は突如大きく開かれた。


「!!」

「……起きてんだろ?」


寝たふりをしていればすぐに出て行くと思ったが、どうやら甘かったようだ。

あたしの身を守っていた布団はすっかり剥がされ、もはや隠しようもないほど開かれた視界の中にいる人物はにやり、と笑った。


「キャプテン……」

「なんだ……。具合でも悪いのか?」

「……」


あたしはついその顔をまじまじと見つめてしまう。

その表情の見えない瞳の中には、一体何が隠されているのだろう。

あたしの目の前で観察するような視線を向けるこの男は、本当に自分がよく知る人物だろうか。

その時、あたしの首に、ローはすっと手を差し込んだ。


「……!」


一瞬、首を絞められるのかと思い、あたしの体は大袈裟にびくりと跳ねる。


「脈が速いな……。熱でもあるのか?」

「あ……」


首から頬へ、滑らすように移動した温かい手は、額に到達すると髪の毛を持ち上げるようにして止まった。


「……」


ローの息が不意にあたしの睫毛を撫ぜる。

あたしの鼓動はその手の熱に、今までとは異なる理由で速まった。

しばらく額を温めていた手の圧迫は去り、あたしは堪らず瞑っていた目をそろりと開けた。


「大丈夫だな。……顔は赤いようだが」

「……!」


ローはそう言うと、まるであたしの心を見透かすように笑った。

それは町で見かけた時よりも楽しげで、心からの笑顔のように見える。


「……」


あたしは目が覚めるような思いでその笑顔を見つめると、しばらく詰まっていたものを喉の奥から絞り出した。


「キャプテン……今日女の人と一緒にいましたよね……」


やっとの思いで絞り出したはずの声は、自分でも意外な程はっきりと室内に響いた。

途端にローの表情が曇る所をみると、まるで責めているように聞こえたかもしれない。


「……だから、なんだ?」

「何してたんですか……?」


その質問に、ローはあからさまに不快な色を顔に放った。


「……女とする事なんて決まってんだろ」

「……」


ごもっともだ。

しかし、あたしはそんなローの表情を一秒たりとも逃すまい、と見つめ続ける。

その時、ローは小さく息を落とした。


「……何が言いたい?」

「え……」

「お前に女の事でとやかく言われる覚えはないが……」

「はっ……! すいません! あたし……」

「……」


慌てるあたしの様子をしばらく眺めると、ローはいきなりあたしに覆い被さった。


「きゃっ! ……な、何を……!?」


混乱するあたしの頬をゆっくりと撫でながら、口元から順番に視線を持ち上げ、最後に目を見つめてきた。


「それとも、とやかく言える立場になりたいか……?」

「……!」


その漆黒の瞳と、呪文を囁くような掠れた声に、あたしの心臓は今日一番ともいえる音を奏でた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ