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□ 5.終わらない夢
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ロビンの目からつい涙がこぼれた。
「おい……」
ゾロが写真とロビンを見比べるように忙しく視線を揺らす。
「……」
紙切れは黄ばんでおり、少しでも力を入れるとボロボロと崩れてしまいそうだ。
所々に染みもついている。
ロビンは震える手で紙切れを慎重に開いた。
「!」
そこにはポーネグリフに刻まれるのと同じ、古代文字で書かれた文章が書かれていた。
「なんて書いてあんだ?」
「……ある島を調査している時に小さな猿がついてきてしまったと……。恐らく、この猿は……」
その時大猿が誇らしげに一声鳴いた。
「こいつか!?」
その紙切れは、どうやら日記の一部のようだった。
この写真はその時のものだろう。
皆微笑んで写っている。
その後、その猿としばらく一緒に航海したことが記されており、一枚目はそれで終わっていた。
ロビンは二枚目を開いた。
「……!」
その文章を読んだ途端、ロビンは手で口を覆ったまま動かなくなった。
「……」
その様子にゾロは何も聞かなかったが、ロビンは震える声でゆっくりと読みあげた。
「……執拗なる海軍の追跡は……もう時間は……かもしれない……あの風景を……一緒に……もう……名乗れない……」
文章は、染みと破れのせいで所々読めないようだ。
しかし、ロビンは声を詰まらせて最後の文章を読み上げた。
「娘……ロビンと……!」
「!?」
そこまで読むと、ロビンは膝をつき体を折り曲げた。
固く閉じた瞳からは止まる事なく涙がこぼれ続けている。
(お母さん……!)
母はこの後海軍に捕らわれたのだろうか。
この猿はどうにか逃げ出してここにいるのだろう。
この日記は託されたのか、猿が勝手に持ち出したのかはわからないが、とにかく長い年月の間大事に守られていたのは確かなようだ。
「……ありがとう……」
ロビンは黙って様子を見守っていた猿に感謝の気持ちを示した。
「……」
その時、二人に道を譲るように横に移動すると、猿は大きな雄叫びを上げながら胸を叩いた。
その途端、前面に所狭しと並んでいた木々は大きな唸りと共に揺れだした。
「なんだ……!?」
まるで大きなカーテンがゆっくりと開くように隙間があくと、二人は眩い光に目を細めた。
「……」
二人は戸惑いながらもその光の方に足を踏み出さずにはいられない。
ゆっくりと木々の間を抜けると、そこには草むらの繁みが広がっていた。
しかし、その先の光景が目に飛び込んた瞬間、二人は息を呑んだ。
「……!!」
視界の端から端まで広大な湖が広がっている。
湖の底にはあの光る石が無数に散りばめられ、月の恩恵を受けた水面からは幻想的な七色の光が醸し出されていた。
その光は湖にとどまりきれないというように、辺り一面に溢れ出している。
「……」
二人はその美しさに息をするのも忘れ、ただただ心を奪われた。
「……きれい」
母もこの風景を見たのだろうか。
共に生きる事が叶わなかった母と自分が長い時を経て、今同じ場所に立っている。
ロビンはとても不思議な気持ちだった。
「すげぇ……」
その声に振り向くと、ゾロは魅了されたように瞬き一つせず、湖から目が離せない様子だった。
そんなゾロをしばし見つめながら、ロビンは先程から気になっていた疑問を口にした。
「ねぇ……さっき……何て言おうとしたの?」
「あぁ?」
ゾロの目はまだ湖を見詰めたままだ。
「『俺は……』……何?」
ゾロはその言葉で我に返ったように、ようやくロビンに視線を移し、小さく頷いた。
「……お前はずっと、自分の子だの、一人で産むだの言ってるが……」
「……」
ロビンはゾロの次の言葉を少し恐ろしいような気持ちで待った。
「俺は、言うぞ」
「え……?」
しかし、ロビンの思いとは裏腹に、ゾロはしっかりと目を見詰めて言った。
「そいつに、俺が父親だってな!」
「!」
そのゾロの瞳は揺るぎない光を携えていた。
(ゾロ……!)
「だが……俺は傍にはいられねぇ」
ゾロはそう言うと焦れたように瞳を伏せる。
自分が傍にいる事で、ロビンと子供に危険が及ぶ事を気に止んでいるようだ。
「……!」
ロビンは、変な責任を負わせてゾロの夢を阻むような事はしたくなかった。
しかし、ゾロは全く違う事を考えていたようだ。
ロビンの胸がぐっと締め付けられる。
「ゾロ……」
ロビンは目を潤ませ、ふらふらとゾロに近寄ろうとしたが、
「待て」
ゾロがそれを手で制した。
「……?」
「なんでいっつもお前からくんだよ……」
そう言うと制した手でロビンを引き寄せ、抱き締めた。
「……!」
その腕の中はあの頃と変わらず温かかった。
ロビンはゾロの首に腕を回し、これが夢ではないと確かめるように力を込めた。
美しい光が優しく照らす中、二人は固く抱き合ったまま、静かに横たわった。