Butterfly

□After-1
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レインは目を覚ました。

そこはもちろん見た事のある風景だった。

今度はどの位眠っていたのか。

体は何にも縛られておらず、自由だ。

レインは慎重に体を起こしたが、思ったよりも痛みはない。



服の上から胸をそっと撫でると、ベッドから降りた。

部屋の中には以前は無かった鏡が置いてある。

レインの姿を映すには十分過ぎるほどの大きさだ。

恐る恐る鏡の前に立つと、ゆっくりと薄いガウンの前を開いた。

ほんの少しだけ覗いた肌には、いつも見えていたものは見当たらない。


「……」


もう少し大きく開いてみようとした時、突如背後から声がした。


「――気に入ったか?」

「!」


レインは驚いて、思わず開きかけていたものを閉じた。


「ロ―……」


ロ―はいつも通りに見えたが、傍に寄ってきたその表情は、どことなく不機嫌に見えた。


「隠すな。誰が治したと思ってる……」


ロ―はレインの後ろに立ち、ガウンを握る両手に触れた。


「……ッ!」


レインは一瞬、体を強ばらせたが、そのやんわりとした動きに力が自然と抜けていくのを感じた。

ロ―の手にいざなわれて、ガウンの前は再度開かれる。

真っ白で染み一つない肌。

あの大きな傷痕は、もうない。


「触ってみろ……」


ロ―はレインの手を握ったまま、傷があったはずの所をなぞらせた。

左の腹部から斜め上にゆっくりと指を滑らせてみるが、他の肌と少しの違和感もない。

まるで最初から何もなかったかのようだ。


「やはり、腕がいいな……」

「少し、残念だがな」

「え……?」


ロ―は何もなくなったレインの体を、本当に残念そうな顔で見ている。


「……」

(やはりロ―は、あの男の弟、というわけか……)


仕上がりには満足だが、あの傷がなくなったのは残念なのだろう。

もしかしたらジュ―ドと同じく、あの傷痕に魅力を感じていたのかもしれない。


「……」


レインは鏡越しに、ロ―の瞳を見つめた。

ジュ―ドと同じ、闇を秘めた瞳。

その深い闇に、つい吸い込まれてみたくなる。


「……思い出すか」

「!」


ロ―は相変わらず傷のない体を見つめていたが、不意にレインと視線を絡ませた。

ロ―は瞳だけではなく、持つ雰囲気がジュ―ドに似ているのかもしれない。

傍にいると、つい昔の事が頭を掠める。

それは、何も知らずに幸福を感じていた、あの頃の記憶まで。

しかし、ジュ―ドはもういない。

自分のこの手で殺したのだ。


「……」


レインはその瞳から逃げ出すように、目を閉じた。

しかし、そんなレインの様子に、ロ―は薄く笑った。

そのままレインの手ごと抱き締め、耳元に口を寄せてくる。


「……抱いてやろうか」

「なっ……!?」


レインは目を見開き、体を固くした。

それは、いつも男に求められてきたレインにとっては屈辱的な言葉だった。

そんなに物欲しそうな顔をしていたのだろうかと、急に襲い掛かってきた羞恥に思わず目を伏せる。



しかしロ―は、構わずレインを自分の方へと向けさせ、唇を近づけた。

その瞳にはやはり、一つの光も差し込んではいない。


「……いやっ!」


レインは顔を背け、ロ―の体を押し返したが、その細い体はびくともしない。

逆に突き出した手を取られ、自由を奪われる。


「……遠慮するな。あの男の願いを叶えてもらった礼だ」

「!?」


ロ―はそう言うと、先ほどまでレインが眠っていたベッドにその体を戻し、覆い被さってきた。


「……」


この男は冗談を言っているようには見えない。

レインは、開いた口が塞がらないとはこの事だ、と思った。

男に、礼で抱かれるとは。

途端に、レインは可笑しくなってきた。


「ふふっ……そうか。悪いな」

「あぁ。気にするな……」


レインはロ―の瞳を見つめ、そっと首に腕を回した。

その瞳に、愛した男の影を見ながら。
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