Butterfly
□7.終わりの終わり
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「くっ……はぁ……はぁ……」
レインにまた一人襲い掛かってきた。
どうやら穏便に船を手に入れるのは難しいようだ。
やはり、ラボルディ―の軍勢が押している。
それは、国にあれだけの軍艦を置いてきている事からも容易く想像できた。
上陸した地点から港までは距離があり、民家の間を抜けて襲い掛かる敵を倒しながら進まなくてはならなかった。
目の前で、どさり、という音と共にラボルディ―の兵士がまた倒れた。
「はぁ……はぁ……」
まだ確かに傷が痛み、本来の力は発揮できてないとはいえ、それを差し引いたとしても兵士一人一人のレベルが高い。
しかし、なぜかレインに襲い掛かってくるのは、ラボルディ―の兵士ばかりだ。
よく見ると戦っている中に民間人らしき者も混ざっている。
スカルトは恐らく奇襲されたに違いない。
ラボルディ―の方はというと、精鋭の兵士ばかりだった。
混乱に乗じて船を拝借しようと思ったが、もうこの戦争は終わりを告げるかもしれない、とレインは考えていた。
それほどに、スカルトにはもうこの軍勢を押し返す力が残ってないように感じられた。
なんとか、兵が一斉に引き上げるまでに港に着かなければならない。
その時、一瞬のざわめきと共に、戦っている者の動きが鈍くなった。
「!」
レインが城を振り返ると、そこには戦争の終わりを告げる、真っ白で大きな布がひらめいていた。
「降伏したぞ! 我らの勝利だ!」
勝利を目の当たりにした歓声がそこらを包み、戦争はすぐにでも終結すると思われた。
しかし、そんなレインの眼前で、戦意を削がれがっくりと項垂れるスカルトの民を、ラボルディ―の兵士は冷酷にも斬り付けたのだ。
「……ッ!?」
驚いた表情のまま事切れる人間を、笑いを含んだ口元で見下ろす兵士を見て、レインは心から怒りが沸いた。
考えるより先にその男に斬りかかると、それに気付いた何人かがレインをすぐに取り囲んで身構えた。
さらに、各地から戦いをやめた兵士達がばらばらと港に向かって来る。
(まずいな……)
あくまで隠密のようにこっそりと済まさなければならなかったが、それは今更何をしても遅過ぎるようだ。
倒せど倒せど兵士の数は減ることがない。
その時、レインの右手に痛みが走る。
それは完治してない傷によるものではなく、例の痣から来るものだった。
痛みの後に来る、ざわざわと虫が這い回るような感覚に肌が粟立った。
「う……!」
一瞬ひるんだレインに、三人ほどの兵士が一斉に襲い掛かってきた。
しかし、それは即座に人の形を失い、赤い肉片と化す。
(まただ……! この感覚………)
レインの腕はいう事を聞かず、この悪魔の剣は目の前にいる人間全てを殺すまで止みそうもない。
この騒ぎに気付いた者達が次第にレインの周りに幾重にも輪をなし、静かになりかけていた国はまたしても喊声に包まれた。
勝手に人を斬り殺す腕をまるで他人の物のように見つめながら、レインは体力が次第に消耗してくるのを感じた。
以前もそうだった。
まるで魂を削られるように、剣に力を奪われていく。
こちらの力が弱まれば、さらに剣は好き放題に暴れる。
次第に、自分が剣を振っているのか、剣に引きずられているのかわからなくなる。
この膨大な数の人間の血を吸わせた後、果たして自分は人でいられるのだろうか。
人数は半分ほどに減った。
勝利したにも関わらず、全滅しては元も子もないと悟ったのか、ラボルディ―の兵士達は一斉に船に引き上げようとした。
未だ剣を交えているのは、レインの周りにいる十数名ほどだ。
いつの間にか、降参したはずのスカルトの民が一緒になって戦っていた。
十分に血を吸い上げたはずのレインの右手は、未だ止まりそうもない。
関係ない人間を斬りつけないか心配だ、と、兵士の胸に深く剣を突き立てながらレインは思った。
その時、背後に気配を感じ、振り向きざまに剣を振った。
相手の方も同様に、振り向いて剣を受けた。
「!」
「ハ……ッ!」
その相手と目が合った瞬間、急速に周りの喧騒は消え、世界には二人だけしかいないような感覚に陥る。
驚いた表情で見つめるその剣士は、三本の刀を携えていた。
その内の一本は、レインの剣をぎりぎりと受け止めている。
「ゾ……ロ……!」
レインの右手は、剣を交えたまま震えた。