Butterfly

□6.死の外科医
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「弾が出ました」

「あぁ……」

「これは……どうしますか?」

「……」


その大きな傷痕に、一瞬手が止まる。


「治せるものは全て治せと言われている……」

「はい。では……」


もう一人の男がその傷に触れようとした瞬間、意識がないはずの女の手が動き、素早くその手を掴んだ。


「!」

「なんだ……!? 麻酔が効いてるのに!」


目は閉じたままで、掴んだ手に一度力を込めると、それはまた台の上にばたりと落ちた。


「……」

「何かの反射ですかね……」


その男がもう一度傷に触れようとしたのを、今度は違う手が止めた。


「いい……。命に関わらないものだ。今は放っておけ」

「はい……」



忙しく手を動かしていた男は、しばらく後に息をつくと、器具を投げ出した。


「終了だ。後は頼む……」


そのまま足早に部屋を出ると、もう一度息を大きくついた。


(生きていたか……)






「……うぅ……ッ!」


レインは目を覚ました。

そこは薄暗く、見覚えがない天井が広がっている。

上体を起こそうとしたが、体の痛みですぐにベッドに引き戻された。


(そうか……私は………)


頭の中を、血にまみれた記憶がぐるぐると駆け巡る。

あれは一体なんだったのか。

もはや、この体は自分の物ではないのかもしれない。

いっそのこと体だけではなく、心も誰かに支配されればこんなに苦悩する事もないというのに。

そう思いかけて、慌てて打ち消した。


(は……馬鹿げてる………)


色んな事がありすぎたのか。

心が弱くなっている自分に少し驚いた。

不意に痛む右手を見ようとしたが、それは色んな管に繋がれている。


(エ―ス………)


ベッドに縛り付けようとする管を引き千切り、体の左側を頼りに、なんとか起き上がる事に成功した。


(ここは……船の中?)


こうやって、船室のベッドから起き上がるのは何度目だろう。

今まで自分が嫌悪してきたはずの海賊達に何度命を救ってもらった事か。

まさか、この船も海賊船なのだろうか。

しかし、廊下の窓から見上げる景色は空ではなく、海の中であった。


「潜水艦なんだ。ここは」

「!」


驚いて振り返るとそこには、いかつい海賊ではなく、二本の足で立つ獣がいた。


(……熊?)

「あ! お前点滴は!? 勝手に抜いたらダメだろ!」

(いや、よく見ても熊だ。……なぜくまが? ……死んだ振りをするべきか。いや、しかし……)

「……」


レインはそっとその体に触れてみた。


「あ! なんだお前!」

「温かい……」


小さい頃、こんなぬいぐるみを持っていたような気がする。

レインは懐かしいその温もりと感触に、つい顔を埋めてみたい衝動に駆られた。


「おい。何やってんだ、ベポ……」


と、そこにいつの間にか立っていた一人の男が、呆れた顔でこちらを見ていた。


「あ! キャプテン! すいません……」


レインに抱き締められそうになっていた熊が驚いて飛び退く。

怒られたと思い、がっくりと落ち込んでいるようだ。


「……気分はどうだ?」

「お前が助けてくれたのか……?」

「……」


その男は答えるかわりに、レインをじっと見た。


「……?」


その男はレインに背を向けると、まだ寝てろ、とだけ言ってその場を去った。


「……おい、熊」

「熊って呼ぶな! 俺はベポだ! ……いや、ベポさん?」

「ベポ……あいつは?」

「さん付け無視か! ……あれは俺等ハ―トの海賊団のキャプテン、トラファルガ―・ロ―……って、お―い!」


レインは最後まで聞かずに、ロ―の後を追った。


(なんだろう。この感じは………)


ロ―にじっと見つめられた時、妙な既視感に包まれた。

以前会った事があるのだろうか。

しかし、昔は海賊とは無縁だった。


「!」


その時、船室に入ろうとするロ―を見つけた。


「……」


ローはレインをちらと見ると、ドアは閉めずに中へと入った。

入って来い、と言う意味なのだろう。

レインは部屋に入り、ドアを閉めた。


「ベアトリー・レインだな」

「!」


部屋に入るなり捨てたはずの名を呼ばれ、体が強張る。


(この男……やはりどこかで……!?)


ロ―は驚くレインに構わず近づき、胸元に親指を差し込むと、服を開いた。


「これは、奴にやられたか」

「……!」


その傷痕を興味深く見つめるその瞳には、確かに覚えがあった。

その冷淡で暗い瞳。


(同じだ……。あの男と、同じ……!)


それは、間違いなくジュ―ドと同じ、鈍い光を放っていた。
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