Butterfly

□2.鷹の目の男
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あれから三週間あまりが過ぎた。

バルカンはノウマ国とクライズメインを行き来していたが、日に一度は必ず地下牢にやってきた。

だが、レインの精神は既に限界だった。

重い扉の開閉音が響き、今日も誰かが入ってくる。

その男は静かにレインに近づくと、枷をはめられたままがっくりと項垂れた顔を持ち上げた。

ジュ―ドだった。


「少し痩せたか?」

「……殺せ……」


虚ろに見上げるレインを一笑すると、ジュードは己の剣を抜いた。


「死にたいか……?」


レインを試すように見下ろし、その右胸にひやりとした刃をあてがった。


「殺せ……!!」


その時、レインが体を急に突き出した為、刃が食い込み胸から血が滴る。

ジュ―ドはそんなレインを嘲笑った。


「だが、殺さん……。お前はずっと、私の物だ」


ジュ―ドは、レインの白い肌から滴る赤い液体をうっとりと眺めた。


「美しい……。お前は美しい。だが、完璧ではない……」


そう言うと、食い込んだままの剣を、まるで愛しい者を撫でるかのようにゆっくりと斜めに下ろした。


「……ぐッ……」


レインの右胸から左の腹部まで血が滴る道ができると、ジュードは満足気に吐息を漏らした。


「これで……、完璧だ……」


ジュ―ドは滴る血を味わうように下から上へと、恍惚の表情で舐め上げた。


「……!」

「お前の血は……美しい」

(この男は……狂っている……!)


レインはこの男の異常性に、あらためて背筋が凍りついた。

口のまわりの血を拭うと、ジュ―ドはまるで何事もなかったかのように立ち上がった。


「もうすぐ王が帰ってくる。ここに人買いを連れてな……」

「!?」

「子供達の買い手がついたのだ。喜べレイン」

「貴様……っ! 最初からそのつもりで!?」

「約束どおり、きちんと生きているだろう?」


ジュ―ドは事も無げにそう言うと、いつも通りの顔を作った。


「……なぜだ?」

「なぜ、とは?」

「なぜ……なぜこの国を裏切った!?」


その言葉に、ジュ―ドは少し意外な顔をした。


「レイン……私は裏切ったのではない。最初からこのつもりだったのだが?」

「な、に……!?」


薄い笑いを携えながら、ジュ―ドはレインを見下ろした。


「私が訪れた時、この国は戦争によってボロボロだった。だが、国民一丸となってそこから立ち上がろうとする姿はまさに……美しかった」


にわかにジュ―ドの整った顔立ちは歪んでいく。


「美しすぎるんだよ……。綺麗すぎる。綺麗すぎるものはだめだ……この手で壊さなければ!」

「!?」


歪みきった顔をゆっくりと戻し、またジュ―ドはまともな人間の仮面を被る。


「レイン……もう一つ教えてやろう」


檻を出る間際にジュ―ドは振り返った。


「お前の父親は突然病に冒されたのではない……。私が食事に毒を盛っていたのだ。……毎日毎日、コツコツとなぁ! はっはっはぁ!!」

「……!!」


地下牢にはジュ―ドの笑い声と、レインの泣き叫ぶ声がしばらく響き渡っていた。
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