Stalk

□1.suspicion
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『死の外科医』


彼が世間からそう呼ばれるようになったのはいつからだろうか。

しかし、あたしはそれよりもずっと以前から彼がそう呼ばれるに相応する人間だと、頷かざるを得なかった。

人は言う。

彼は海賊だと。

まぁ、間違ってはいないが少し、違う。

またこうも呼ばれる。

彼は、医者だと。

そうかもしれない。

しかし、世間一般で言われている医者のそれとは、全く違うと感じていた。


「あ〜っ! 久々の島だよな!」

「あぁ! 何するよ?」

「俺は酒だな! やっぱ海の上で飲むのとは違うだろ?」

「俺は博打だ、博打! 小遣い増やしていい女を買うんだ!!」

「……」


久し振りの上陸で皆浮き足立っているようだ。

あたしは、そんな皆の後ろにいる彼を気づかれないように注視する。

この島で、彼は何をするのだろうか。

黙って島を見つめる様は、いつもと寸分ほどの変わりもない。


「ルー! お前は何すんだ?」

「え……」


突然話題を振られてヒヤリとするも、あたしはそんな素振りは見せないように注意を払った。


「あぁ……買い物?」

「またかよ!? まったく、女は買い物が好きだな〜!」

「……」


買い物は確かに好きだが、最近ではあまり楽しむ余裕はなかった。


「あ! でもお前、気をつけろよ?」

「……わかってる」

「誰かと一緒に……あ! ベポと行けよ!」

「え〜っ! 俺? やだよ、買い物なんか〜」

「……」


あたしの買い物に付き合うのはそんなに退屈なのだろうか。

クマのくせに、という想いを込めて、少し睨んでみる。


「……はっ! スイマセン……」


ベポはその視線に即座に気づき、頭をペコリと下げたので、あたしの心は少し満たされた。

しかし、そんなやり取りを見ていたローが、突如間に割り入ってくる。


「……俺と行くか?」

「!」


それはあたしにとって少しも予想していない言葉だった。

普段通りにしなければ、と思いつつもつい、顔が引きつるのを感じる。


「いえ……ベポと行きます」

「……そうか」


ローはそれだけ言うと、再び熱っぽく島を見つめ始めた。

この人が今考えている事は何なのだろう。

あたしにはわからなかったが、それは恐らく、酒の事でも博打の事でもないような気がした。





「おい、まだ買うのかよ?」

「もうちょっとだけ!」


色んな店をたらい回しにされて、いい加減、ベポは辟易してきたようだ。

この島は色んな物が置いてあって、あたしの物欲を刺激する。

ベポのお陰か、あたしは久し振りにショッピングを楽しめていた。

その時、店内の窓から、外の景色が目に飛び込んだ。


「あ! キャプテン……」


歩いているのはローだった。

しかし、その隣には見慣れない女がいる。

いつもと変わらない、どこか冷めた表情ではあるが、時折女の言葉に口の端を緩ませる様は、そこらで見かける普通の恋人同士のようだ。

女も楽しげに、ローの顔を覗き込んでは、赤いドレスの裾をひらひらとはためかし、まるで踊るようにして歩いていた。

その真紅というまでの眩い赤のドレスは、鮮烈にあたしの網膜に焼きついた。

こんな色を身に着けようと考えるには、自分に余程の自信がなければ無理だろう、とあたしは思った。


「……」

「キャプテンってもてるんだよな。あ〜どっかにメスのクマいねぇかな〜?」


二人の姿に触発されたのか、ベポはどこか遠い目をしてみせる。

もし今雌の熊が出たら、あたしは迷わず死んだ振りをするだろう。


「……あっちの店も行くよ!」

「え〜!? 何軒目だよ! おい!」


あたしは戦慄すべき思いを払拭するように、ベポを連れて色んな店を物色した。






「ふ〜……。買った買った!」


あたしは買った物を並べながら、満たされた思いでその一つ一つを眺めていた。


「いや、買いすぎだろ。……店でも出す気かよ」


あたしと同様に船に荷物を置きにきた仲間が、呆れ顔で入れ替わりに出て行く。


「……」


船内を見渡すが、やはりローの姿はない。

どうやら一度も戻って来ていないようだった。

あたしももう一度町に行こう、と船から下りた途端、人だかりの中心で、島の男が血相変えて何かを訴えているのが見えた。


「だから、まただよ! ほら、最近この辺りで起きている……!!」

「え!? まさかこの町にも!?」

「それで……被害者は!?」


その質問に、離れた所から見ているあたしにも確認できるほど、その男の顔は青ざめていった。


「それが……ひでぇ様子で……。女だって事は辛うじてわかるらしいが……」

「……!」


あたしはすぐにその場所を聞き出し、矢のように駆け出した。






自然と息が荒くなる。

これは勿論、全速力で駆けているせいでもあるが、それが全てではない。

先程から鳴り止まない心臓の早鐘は、時折あたしの呼吸を止めそうになる。

死体を見る事など、海賊をやっていればそう珍しい事ではない。

時には惨たらしい死に様をこの目にする事もあるが、それはあくまで戦闘によるものだ。

しかし、あたしが近頃続けざまに見るものは、明らかに前述のものとは異なった。


「はぁ……はぁ……」


その場所はすぐにわかった。

もうすでに家の前には人が何人も集まって来ており、憐憫の溜息を漏らす人間もいれば、あからさまに気色ばむ人間もいた。

その時、家の扉が乱暴に開いたかと思うと、若い警備隊のような男が飛び出てきた。


「うぅっ……!!」


その男はすぐに四つん這いになると、人目も憚らず、体内のものをそこらに撒き散らした。

悲鳴のような声と共に、人の輪は一気に後ずさる。

若い警備隊は何度も吐いた後、ぶるぶると体を震わせ、もう一度中に入る意思など全くないように、その場に座り込む。


「おいあんた……大丈夫か?」


住民の一人が声をかけるが、返事をするかわりに、その体を一層震わせている。

よく見ると、その見開かれた目からは涙が滴り落ちていた。

恐怖で我を忘れているのか、それとも、知り合いの無残な姿を意図せずその目にしてしまったのか。


「……」


あたしはいつの間にか止まっていた足を動かし、傍の人だかりを避けると、そっとその家屋の中に侵入した。

中はどこにでもあるような家具や、生活雑貨が並べられている。

きちんと掃除が行き届いており、その可愛らしい色や形から、この家の持ち主は女性であるのだろうと推察した。

こじんまりとしたその家の一室には、特別探し回らなくとも容易に行き着くことができ、中からは時折それを分析するような複数の人間の声や、溜息が聞こえる。

しかしそれ以上に、あたしの鼻を強烈につく匂いが、足を自然とその部屋に導いた。


「……」


あたしは開いているドアの隙間から、息を呑んでそっと覗き見た。


「……!!!」


部屋は一面赤かった。

所々はどす黒く変色しており、その中心を囲むように数人の男達が立っている。

先程出て行った男が立っていたであろう場所は、一人分だけぽっかりと空いており、そこからあたしはそれを見た。



人間の肉片。

いや、それはもう形など留めていない。

目や、鼻や、口や、手足、臓器の一つ一つまでが、生前そこにあったであろう順番に並べられている。

そしてその横には、その持ち主らしき空っぽの肉片が転がっていた。

あたしは頭から熱がどっと引いていき、下半身が感覚を無くしたかと思うと、床に引きずり込まれるように尻餅をついた。


「……誰だっ!?」


その時、それを取り囲んでいた警備隊の一人が気づき、あたしに駆け寄った。


「あ……あ……」

「なんだっ!? 勝手に入ってきちゃいかん!!」

「さぁ、出て行くんだ!」

「うぅっ……!」


あたしは成す術もないまま、動かない体を持たれ外に出された。

外ではまだ人だかりと、座り込んだままの男がいる。

あたしも同様に、その場に力無く座り込んだ。

特別そうしたかった訳ではないが、一刻も早くこの場を離れたいという意思に背き、体がまったく動いてくれなかったのだ。


「……くっ!」


自然と両手で口を塞ぐ。

そうしないと今にも声を上げて泣き出してしまいそうだったからだ。

部屋で見たものがぐるぐると旋回し、何度も、網膜が脳に呼びかける。

あの部屋にかけてあった美しいドレスは、先程見たのと同じ、眩い真紅のドレスであった。
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