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□ 5.終わらない夢
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サンジは天井に昇っていく煙をしばらく眺めていた。


「ねぇ……この島にはいつまでいるの……?」


隣で眠っていた女が目を覚ましたようだ。

まだ気だるい様子で髪をかき上げる。


「明日かな……」


サンジは天井を見詰めたまま答えた。


「そう……じゃあまた会えるわね」


その言葉を聞いて女は薄く微笑む。

サンジは、あぁ、とだけ答えるとベッドからゆっくりと降りた。


「シャワーは?」

「いや……、もう戻るよ」


サンジはネクタイを一度締めた後、少しだけ緩めた。

女は何もまとわずシャワールームに向かいながら、


「じゃあね。……サンジ」


と、こちらに手をひらひらさせる。


「……」


サンジは名前を呼ばれた事に違和感を覚えた。

そして、この女の名前を頭に巡らし始める。


「ふふっ……デイジーよ。あたしはデイジー」

「悪ぃ……昨日は飲み過ぎたな。じゃあな、デイジー」

「いいのよ……」


サンジはドアを閉めた。

デイジーはシャワーをひねった。

勢いよくお湯が出る。


「仕方ないわ……お互い名乗るのは初めてなんだもの。ふふっ……」





今日は一度船に戻る約束だった。

外は快晴で、サンジの目には眩し過ぎる程だ。

ここは小さい町だが、一つだけ大きな屋敷がそびえ立っている。

なんだかこの町並みには不釣合いの建物だった。

サンジはしばらくそれを眺めながら港に出た。


「後はサンジだけだな……おっ来た」

「あいつ宿にもいなかったな。いっつもどこ行ってんだ?」


ウソップとチョッパーが船に乗り込むサンジを見ながら話していた。


「どうせ女のとこだろ? でも、最近は確かに上陸するたんびにいねぇな……」

「……最近、ナミが怖ぇのと関係あるか?」


チョッパーが少し震えながら後方に目をやる。

先に帰っていたナミは、少し不機嫌そうにそこに座っていた。


「……なぁに?」


ナミは目だけで二人を気圧した。


「ヒッ……!」

「あぁ! い、いや何でもねぇ! 今日も天気がよくて買い物日和だな〜ってな! はは……お、おい! サンジ遅ぇぞ!」

「あぁ、悪ぃ……」


その時、心地よい風がナミの髪をなびかせた。

急に甘ったるい匂いが鼻をくすぐる。


「……」


その匂いの先にいるサンジと目が合ったが、ナミは立ち上がり、無言でロビンの方に歩き出した。


「……」

「サンジ! 腹減った! 飯〜!!」

「お前さっき喰ってたろ!」

「ダメなんだ……ここの食い物はおれダメだった!」

「珍しいな……。一体何喰ったんだ!?」


サンジは、ウソップとルフィがやり取りする間を抜け、


「……わかった。ちょっと待ってろ」


ナミの背中をちらと見つめながら、キッチンに入っていった。


「ねぇロビン。ここの島なんだけど……どうしたの? 顔色悪くない……?」

「えぇ……大丈夫」


ロビンは近頃よくこんな風になる。

辛そうに見えるのに必ずいつも大丈夫と言うのだった。


「そう……。ねぇ、この間話してたでしょ? もしかしたらこの辺りの事かもしれないわよ!」

「本当に……? ……ありがとう、ナミ」


ロビンが微笑んだので、ナミは少し安心した。


「お前ら〜! 飯喰うぞーっ!!」


その時、上機嫌のルフィが叫んだ。

ナミはロビンの方をちらりと見たが、


「もう少しここにいるわ……先に行ってて」


気を遣わせまいとしてるのか、ロビンは再度微笑んできた。


「そう……わかった」


ナミはロビンを気にしつつラウンジへ向かった。

もうすでにみんなは食事を始めているようだった。


「おい、ゾロは?」

「さっきまで寝てたからなぁ。もう来るんじゃね?」


ナミも席につこうとした。

その時、駆け寄る足音が聞こえたかと思うと、ドアが破壊されんばかりに開いた。


「チョッパーっ!!!」


ゾロが凄まじい剣幕で入ってきたのだ。


「!!!」


みんな圧倒されて一斉に振り返ると、ゾロの腕の中に気を失ったロビンが抱えられているのが見えた。








一同はいまだ医療室から出てこないロビンとチョッパーを心配していた。


「なぁ……どうしたんだ?」

「わかんねぇ……俺とすれ違いざまにいきなり倒れたんだ……」


ゾロも珍しく心配しているようだ。

その表情は硬かった。


「ロビン……最近元気なかったの……。あたしが早くチョッパーに診せてれば……」


ナミは今日のロビンの微笑みを思い出しながら涙ぐんでいた。


「ナミさんのせいじゃないよ……」

「……」


こういう時のサンジの優しさは正直有難かったが、ナミは何も答えられなかった。

その時ドアが開き、チョッパーがおずおずと出てきた。


「チョッパー! ロビンは!?」

「それが……」

「どうしたの!? ロビンに何か……」

「俺……わかんねぇけど……俺……」


チョッパーは途切れ途切れに言葉を綴り、一同は一層不安を募らせた。


「言えよ! どうしたんだ!?」


ルフィが焦れたように叫ぶ。


「ロビン…………妊娠してる……!!」

「!!!」


一瞬の沈黙の後、一同は声を張り上げた。


「えぇぇ〜〜〜っ!!?」

「嘘でしょ!?」

「いや……間違いないと思う……本人も認めてた……」

「……!!」


動揺している一同の後ろで、ゾロは一人愕然としていた。


「でも……誰の……?」


ウソップがぽつりと声に出した。


「誰のって……ロビン、ずっとあたし達と一緒にいたじゃない……」

「……」


ゾロは目を伏せ、表情を強張らせる。


「……もしかしてあんた達!?」


ナミはフランキーとウソップに詰め寄った。


「いや、俺じゃねぇーよっ!!」

「スーパー俺でもねぇーよっ!!」

「……はっ!!」


その時、全員の目がサンジを捉えた。


「おいおい……、俺を見るなーっ!!!」


サンジは顔を赤くして怒っていた。

そんな中ルフィは、


「すっげぇなロビン。一人で子供作れんのか!」


と事も無げに言った上に鼻には指が突っ込まれている。


「いや、作れるかーっ!!!」


全員が大きな声を上げ、息を切らせた。


「でも……じゃあ誰の子なの……?」

「……」


しばらく表情を強張らせていたゾロがゆっくりと立ち上がった。


「みんな……」

「わたしの子よ!」


ゾロが何か言うまでもなく、全員が声の方を見上げると、そこには強い瞳のロビンが立っていた。


「ロビン!!」

「……!」

「これはわたしの子。……誰の子でもないわ」


いつものように穏やかな口調に戻すと、ロビンは自分の腹部にそっと手を添えた。


「でも……ロビン……」


ナミが何か言おうとしたときに、しばらく黙っていたルフィが声を上げる。


「ロビン! とにかくお前、次の島で船降りろ」


思いがけない言葉に、一同はルフィを振り返った。


「!!」

「ルフィ!」

「そんな……!!」


しかし、ロビンは平然と、


「……えぇ。わかったわ」


とだけ言った。


「ロビン!!」

「部屋に戻ってるわ……」


ロビンは動揺しているみんなをそのままに、部屋に戻ろうとして歩き出す。


「ちょっとルフィ!! 何でそんな事言うのよ!!」

「そうだよ! ロビンは普通の体じゃねぇんだぞ!」


ナミとチョッパーは烈火のごとくルフィに詰め寄った。

しかしロビンはもう一度振り返って言った。


「ありがとう……ルフィ」

「!」


ロビンは微笑んでいた。


「おお」


ルフィは返事をするなりごろんと横になり、顔の上で帽子を伏せた。


「……そうよね。海の上は何が起こるかわかんないし……」


ルフィの真意のほどはわからなかったが、ナミは少し考えをあらためた。


「でもロビンは賞金首だろ。どこにいたって安全なんて……」


チョッパーがそうつぶやくと、ずっと遠方を眺めていたウソップがそれを制した。


「いや……そうでもねぇかも知んねぇぞ……」

「……え? ……ちょっと見せてください!」


ブルックが即座に双眼鏡を取り上げる。


「あれは……あのマークは……九蛇!?」


遠方には、巨大な二匹の蛇に引かれる海賊船が見えた。
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