スピンオフ

□朧
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「すげェな! やっぱあの船はたんまりと積み込んでやがったぜェ!」

「こっちはどうする?」

「あァ、売れる物は何でも売払っちまえ! がははは!」

「今回の収穫も上々だな」

「近くにいた海軍船に鉢合わせたのは計算違いだったがな。……なぁに、照明が届かない所まで逃げ切れば、後は夜の闇に紛れてわからなくなっちまう。急に俺等の船を見失った時の奴等の慌てぶりは、何度見ても笑えるぜェ!」

「船は少し壊れちまったけどな」

「気にすんな! もう少し金を集めりゃ良い船が手に入んだろ」


キリム・ダイモンは大量に略奪した船の積荷を見て再度にんまりと笑った。


「よし! 腹ごしらえしたらもう一稼ぎしに行くとすっか!」

「だが、ここに来るまでに幾つも軍艦を見かけたぜ? 奴等、この辺りに俺等がいると踏んでんじゃねェか?」

「がはは! いいじゃねぇか、また皆殺しにしちまえば!!」

「まァた海兵殺すのかよ? あいつらは俺の元同僚だぜェ!?」

「何言ってやがる!? この前もてめェが一番多く殺しただろうが!! ったく、悪ぃ海兵さんだぜ、てめェは!」
 
「しつこく追って来るからだろ? あの准将は昔っからねちっこくて有名だったんだ」

「そうだ! 追って来る奴は遠慮なくぶち殺せ! 俺はもうじっと隠れてんのも、誰かに追われんのもうんざりなんだよ!! 追って来る奴を一人残らず殺しちまえば、その内誰もいなくなんだろうが!? がーはっはっは!!」

「――ほお。あの頃は大人しく身を潜めていたというのに……余程、エデンが怖かったとみえるな」

「……ッ!」


ここに自分達の他に人間がいるとは思ってもみなかったのか、ダイモンと数十人の男達は一斉に振り返った。

実は、しばし前からここに居て、今は見えるその姿を俺はじっくりと観察していたのだが。

いつも人の目を欺いて出し抜いてやったと思っている奴等が俺の存在に気付かないとは、笑止な。


「エデン……だと!?」

「それともシガーの方だったか」

「な、なんだ! てめェ!?」


俺が横たえていた体をゆっくりと起こすと、男達は戦利品の前を塞ぐように集まり、次々に武器を構えた。

しかし、その中でダイモンだけは俺の背に帯びている物を見て大きく目を張っていた。


「その剣……ッ!? しかし、あいつらは全員海軍に捕まったはず……て事は、お前は誰だ?」

「……」

「ん〜? そうか……確か昔バッカスの野郎が言ってたな。海賊嫌いの剣士がうろついてるだのなんだの……まさか仇討ちか? ……って、そんな訳ねェよなぁ? がはは!」

「なァに悠長に話してんだ、船長!? おい!! とりあえず邪魔だ!! とっとと消えちまいな!!」

「消える……お前らのように擬態して、か?」

「!!」

「こいつ……俺等の事を知ってるぜ!? 生かしておけねェな……おい! やっちまえ!!」


俺に近い場所にいた者達から順に襲い掛かかろうと武器を振り上げてきた。

だが、それは一瞬の事だ。


「!」

「……ガ……」


俺の一振りで武器を手にした者は全員、物言わぬ塊と化した。


「な……!?」

「い……今、何をした!?」


ダイモンを始めとした残った数人は顔色を変え、仲間だった者達と俺を忙しく見比べた。


「おいおい、勘弁してくれ……マジで仇討ちかよ!?」


そう言って後ずさったダイモンが仲間にそっと触れるのを、俺は見逃さなかった。

数人の男の姿は立ち処に消え、それを合図に四方に散った気配がした。


「がはは……わざわざ来てもらって悪ィが、ここで死んでってくれるか? ……やれ!!」


身につけている衣服は勿論、手にしている銃器もご丁寧に擬態するという訳か。

離れた所からいきなり撃たれれば、大抵の者は何が起こったかわからぬまま命を取られるだろうな。

そんな事を考えていると、四方から容赦なく弾を連射するような音が響いた。


「……」


だが、俺には掠る事すらできず、次の瞬間大地に伏したのは姿を現した男達の方だった。


「……ッ!!!」


倒れる前に落とした銃は先に擬態が解かれており、手から離れたり息絶えると姿を現す仕組みなのだという事がわかる。


「な……、なぜ……どうなってる……!?」

「己の動作が鈍くて気付けぬか」


先ほどとは別人のようにすっかり萎縮してしまったダイモンを見て、俺は呆れたように小さく息をついてやった。

まぁ、萎縮したといってもその巨大さは変わらないが。


「いくら周囲の環境と馴染むと言っても所詮は擬態……透明になるわけではない。――ぶれるのだ。その動作が速ければ速いほど、僅かに景色に追いついてはいない」

「……ッ! そんな馬鹿な……だとしても発射された弾だぞ!? 弾道を読んだ上に景色とのぶれを見切ったというのか……!?」


俺が一歩詰め寄ると、ダイモンが反射的に一歩下がった。


「……さて、一人になったな」

「ヒッ……! て、てめェはエデンの仲間でも何でもなかったんだろ!? なんで俺を狙う!? ただの剣士なんだろうが!!」


言いながらも、その体は性急に薄らいでいく。

なるほど。

確かに小賢しい男だ。


「違うな……」

「!」


ダイモンの体が擬態し終わらない内に、俺は足を斬りつけた。


「ぎゃあぁぁぁぁ――ッ!!」

「――俺は、海賊だ」


俺はあれ以来、強者であるなら誰と厭わず戦ってきた。

それが海賊であろうが、賞金稼ぎであろうが、海兵であろうが。

その内あらゆる者から追われるようになった俺は、既に世にいる海賊共となんら変わる事はない。

だが、海賊と呼ばれる事に関して、昔のように嫌な思いはしない。

もっと言えば、多少誇らしくさえ感じる。

時には力及ばず死にかける事もあったが、俺はここまで生きてきた。


「痛ェ――ッ!! 痛ェよ〜ッ!!」


ダイモンは転げまわっているらしく、足元が浮きそうなほど大地が揺れていた。

しかし、よく見ると周りにあった岩などが姿を消している。


「……」

「痛ェッ!! あぁ〜痛ェ痛ェ!! ……これでも食らえ!!」


俺に幾つも岩を投げつけた後すぐに、ダイモンは素早く殴りかかってきた。

頭が割れそうな音と共に、減り込んだ拳の風圧で辺りの砂が舞い上がった。


「がはは! きかねェんだよ! そんなちっこい剣で斬られても! 綺麗に潰れちまいな!」

「――きかない割には、あの後しばし身を潜めていたな」

「!?」


砂塵が去ると俺は拳の上に姿を現した。


「エデンに斬られた傷をゆっくりと癒していたのではないか?」

「……ッ!! こ、こいつ……!!」


あの時、他の者に撃たれなければエデンはきっとこいつを倒していた。

そう、剣が言っている気がした。

俺は拳から膝、膝から上腕へと飛び移ると、剣を掲げた。

こう近くに居ては、最早擬態する事など意味を成さない。


「硬い皮膚が自慢か?」

「!」


俺は最後に胸の前へ飛び出すと、落下する勢いを利用して鎖骨の辺りから腹の中程までを深々と斬りつけた。


「ぐぎゃあぁぁぁぁ――ッ!!!」

「能力にしろ、その巨体にしろ、この剣の前では無意味。……昔そう学習しなかったのか」

「痛ェ――ッ!! 今度は本当に痛ェッ!! ウグゥッ……はぁはぁ……ク、クソ……」

「……」


硬い皮膚もさる事ながら、なかなかタフなようだ。

痛みに悶えている様子の音は、わからない程度に少しずつ遠ざかっているような気がする。

俺からある程度離れた所でダイモンは一気に駆け出しながら、もう一度こちらに擬態した岩を投げ放ったようだ。


「今は夜……船に乗って海に出ちまえばわからねェ……!!」

「まァ、そう急くな」

「……ッ!」


その岩が重々しく落下した頃、俺は出し抜いてやったとばかりに笑っている様子の奴を船の前で出迎えてやっていた。


「ヒィィ……ッ!」

「ゆっくり味わって行け」


俺があの時そうされたように一旦構えを解いたので、恐怖に慄いていたダイモンの表情はぱっと輝いた。


「……なんだ……もしかして気が変わったか!? 本当はお前、俺の積荷が欲しいだけ……」


だが、それは月光を反射した刹那、その身を煌かせた。


「……ッ!!?」


その光がダイモンに届いた時は既に、空に届くような巨体は上から下までを大きく両断されていた。

一時して血が吹き出すまで何が起こったか理解できなかった巨体の男は、斬られた己の身と俺を見比べようとして叶わず、そのまま倒れた。

その途端、大地は割れるほど揺さぶられ、海は大きく波立ったしぶきで俺の足元を濡らした。


「シガーの……置き土産だ」


その巨体を斬るだけに留まらなかったそれは、背後に広がる大地にも傷を残したようだ。

揺さぶられたお陰でずれ込んだように段差が出来ている。

すると、その傷の先から何者かが近づいて来るのが見えた。


「さすがだな……『鷹の目のミホーク』」

「……」


それは、あの時の海軍将校だった。

今は少将だか准将だかになっているらしく、最後に見た時よりも僅かに貫禄めいたものを漂わしている。


「つけさせてもらっていた……悪いな」

「ふん……わざとそうさせてやったのだ」


約束だからな、と俺が言うと、そいつは緩く口端を上げてみせた。


「――だが、そいつは我等に渡してもらう」

「……」

「ダイモンは同胞達を大勢手にかけてきた……。この場で簡単に命を奪うよりも長きに渡って苦しませ、たっぷりと償わせてやるつもりだ」


俺は、失われた者の為にこの場で殺しとくべきなのではないか、と言おうとしてやめた。

今さらこの男の命一つで何かが変わる訳ではない。


「ふん……万が一この男が生きて出てきた日には――、必ず息の根を止めるからな」


将校の頭が静かに上下するのを最後に確認すると、俺はその場を後にした。

これで少しは大人しくなるであろう、じゃじゃ馬を背に納めながら。
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