Butterfly2

□vol.1 COVER
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「鍵を出せ……こんな戦いは無意味だ」

「……」


キングは床に座ったままで自らの肩口を押さえていた。


「なるほど……ここ二年の間とは随分違うようだ……」

「……ずっと監視していたのか」


目の前の男は答えず、ニヤリと笑う。

ゾロは自分に付き纏うこの男に気付いて、ずっと守ってくれていたのか。

近頃レインの中でぶすぶすと燻ぶっていたものは、全て消え去った。


「この剣に悪しき力が宿る事はない……」


キングの眼前に切っ先を突き出しながら、レインもその剣身を見つめた。

見て呉れだけは同じでも、その性質はまるで違う。

持つ者の道が違ったのか、生まれながらにしてそうなのかは知る由がないが、それはあたかも目の前の男の事のようだと、レインは思った。


「……」


キングも剣をじっと見つめていた。

しかし、考えている事は自分とは全く異なるようだ。

その顔に、己の欲望を断念する気配はない。

それどころか、こちらに注ぐ殺気は先程と寸分の変わりもないようだ。

いや、増しているか。

こちらが隙を見せるのを、この男は牙を研ぎながら、今か今かと待っているのだ。

レインは、扉付近の支柱に縛られたままの子供達をちらと見た。

この男に聞きたい事はまだあるが、今は最優先すべきものがある。

レインは剣を握る手に力を込めた。














少し前から意識は戻っていた。

室内が静かになった所で、薄っすらと目を開けてみる。

まず最初に見えたのは血に染まった自分の手と、少し先に倒れている兵士が二人。

しばらくそのままで様子を窺っていたが、自分の傍に人の気配はないように思える。

意を決して頭を持ち上げてみると、やはりこちらに武器を向けている者はいなかった。

注意深く耳を澄まし、部屋の隅から聞こえる声の方に目を移す。

喋っているのは、自分の首を絞めた女。

そしてもう一人は、憎たらしくも、自分を殺そうとした男だ。


「くそッ……キング……め……」


短刀が刺さっている所は触れないように慎重に指を滑らせ、王は普段から護符の代わりに懐にしまっている物を取り出した。

これだけ血を流していても、このスイッチくらいはまだ押せる。


「死……ね……ッ」














レインはふと小さな気配を感じ、手を止めた。

しかし、それを確かめる暇はなかった。

上方から聞こえる異常な音に、全身が総毛立ったからだ。


「……ッ!」


すぐに上を向くと、割れたように巨大な口を開ける天井から、無数の黒い何かが降り注いでくるのが見えた。

点のように見えたそれは急速に距離を縮めると、鋭利な穂先となって、我先に刺突しようと襲い掛かってくる。

でかい槍の雨――。

それに気付いたレインはすぐに後方へ飛び退こうとした。

しかし、天井の異変に気付くのはキングの方が一足も二足も早かったのだ。

胸ぐらを掴まれたと思った矢先に力強く引き寄せられ、上に気を取られていたレインは前のめりに倒されると、そのまま床に這いつくばる格好になる。

すれ違いざまに見たその男の横顔は、この瞬間を待っていたとばかりに、笑っていた。


「く……」


ならば両断しようと、レインは一本が帆柱ほどもあるその黒い塊を剣で薙ぎ払った。


「無駄だ、それは斬れん」


既に安全な場所へと避難しているキングのその言葉通り、それは表面だけ辛うじて亀裂が入るも破壊するには至らず、あらぬ方向へと弾け飛ぶ。

弾け飛んだ何本かは扉のすぐ上の壁に突き刺ささり、それを追うようにして、レインの周囲の床に残りの槍が吸い込まれた。


「はァ……はァ……」


天井はいつの間にか閉じており、再度ぱっくりと口を開ける事はなさそうだった。

辺りは静けさが蘇り、取り敢えずの危機は去ったと感じたレインは軽く脱力した。

しかし、背後で笑う気配に、再び体に緊張が走る。


「!」


振り向く途中で目の端に捉えた切っ先にぎくりとするが、それはレインの頬を掠める事無く、まるで見当違いな方向へと飛んで行く。

目の前で笑う男の真意が読めずレインは一瞬混乱するが、その軌道を見て合点がいった。

自分が弾いた槍が与えた傷のせいで、扉の上の壁には大きく亀裂が入っており、些細な切っ掛け一つで脆く崩れてしまいそうだった。

そこに、キングが放った短刀が絶妙と言わんばかりに深く食い込んだのだ。


「……ッ」


その時、壁に刺さっていた槍が大きくずれ下がった。

そして、それが合図だったかのように、穂先が刺さっている所から上にびきびきと亀裂が走り、後方の重みに耐えかねた槍は、遂に壁を破壊し、落下した。

まるで支柱を撫でるように落ちゆく槍の終着点には、動く事もできずに体を強張らせている、子供達の姿があった。
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