小説・2

□深蒼の海で眠れ
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器用な男だと、隣でタバコをふかす男を見上げて竜馬は思った。
神隼人とこういう関係になってどれくらい経っただろうか。
好きだと告げられて、当然のように身体を求められた。
そうなることに最初こそ戸惑ったが、違和感は感じなかった。
むしろ今までそうならなかったことを不自然に感じるほど、隼人の存在は深く自分の中に刻まれていた。

恋というものを竜馬はしたことがなかった。
身体を重ねて、当たり前だと感じていた全てを思い起こして、初めて竜馬は自分の中に恋情が眠っていたのだと知った。
ベッドの中の隼人は情熱的で、それでいてどこか余裕のない飢えた獣のような荒々しさがあった。
そんな男に竜馬が溺れるのは簡単だった。

隼人は公私をきっちりと分ける男だ。
耳元で愛を囁く男も、ゲッターに乗れば容赦ない厳しさで竜馬を叱責するし、研究に熱中すると平気で竜馬の存在を無視した。
仕事は仕事だ。
隼人の態度は多少の極端さはあっても間違ってはいない。
けれどその鋭い眼差しで非難されると、失望されるのではと怖くなる。
小さな言葉にも返事が返らないと、この男の中から自分は消えたのではないかと不安になる。
簡単なことだ。
隼人が大人で竜馬が子供なのだ。
竜馬にも大切なものが沢山ある。
空手の真剣勝負をくだらない理由で邪魔されたら、たとえ相手が隼人であっても竜馬は怒るだろう。
それと同じことだ。
頭では理解していた。
だが納得は出来なかった。

研究室の中には少なくはない人数が忙しなく動いている。
その中でパソコンの光りに照らされた隼人の蒼白い横顔を見つめていた。
今隼人の中で横に立つ竜馬は、ここで働く研究員達と同じに見えているのだろう。
その他大勢として捉えられる自分に嫌気が差した。
心と身体を通わせて結ばれたはずなのに、今竜馬は一人でいた頃よりも孤独だった。

竜馬は力任せに隼人の顔をあおのかせ、瞳を見つめたままくちづけた。
短くはないくちづけに、周りも、隼人も時をとめた。
「あばよ、隼人」
唇を離して、一言告げて竜馬は研究室を後にした。
女々しいのは嫌いだ。
同じ深さで溺れられない男では駄目だ。
得られぬ愛を請う自分なんて寒気が走る。
相変わらず胸は苦しい。
けれど気分は悪くなかった。
自分らしく生きようと、己に誓う竜馬に迷いはなかった。
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