小説

□安らぎの囁き・阿月さくら様
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蝋燭の灯りに照らされた苦悶の表情を浮かべる青年を見つめながら、エルフの娘は溜息を吐いた。
緑髪は汗ばむ額に張り付き、秀麗な眉は顰められている。
時折、結ばれた唇から漏れるのは、後悔の言葉。

あの時どうしたら、良かった?
何があの事態を引き起こした?

何も聞かされていなかった運命の子は、何度もあの悪夢のような現実を見、選択を迫られる。
過去は変えられぬというのに。
何度、どんな選択を導こうと、今残った現実から目を背ける事はかなわぬというのに。

エルフの娘は青年の耳元に唇を寄せるとひと言だけ、吐息のように囁きかける。
青年は薄っすらと瞳を開けるとエルフの娘を見つめ、今にも泣き出しそうな笑顔を浮かべ、頷いた。

運命に選ばれし子よ。
神の代行者たる勇者よ。
そなたは今残った現実から目を背ける事は出来ない。
これが最善であったと己に言い聞かせ、この先も最善の選択を導く事を誓う。

それしか、出来ない。
それしか、許されない。

「あなたが過去を振り返り現実に慄く度に私は何度でも今ある真実を述べてみせましょう」

エルフの娘は安らいだ表情で眠る青年の柔らかな髪を撫でながら、今一度、歌うように囁いた。

「私が望む事は許されないと諦めていた、あなたと共に在る未来。それがあなたが導いてくれた『今』なのよ」

夜は優しい音と共にエルフと勇者を包む。
朝を告げる日の光が二人を迎えるまで。

「…おやすみなさい、良い夢を」






end.

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