トキヤは焦っていた。 「HAYATOがドラマの主演ですか?」 コミカルな印象の強いHAYATOに今まで数々のドラマ出演依頼はあれども、そのキャラクター性から主役を脇で支える友人役が大半だった。 それが今回は主役な上、純粋なラブストーリー。しかも相手というのが… 「紀咲未来、今売り出し中の若手実力派女優がヒロイン役だ。すでに社長からもGOサインは出てる」 淡々と告げるマネージャーにトキヤは困惑を隠せない。 何故ならばその相手役、未来がトキヤの幼馴染だからだ。 HAYATOがトキヤだという事実を知らない相手ならば、いくら彼のイメージと違うとは言えここまで困りはしなかっただろう。しかし彼女はその秘密を知っている。その上プライベートでも付き合いがあるのだ。 これほどやり辛い相手はいない。 「顔合わせは一週間後。ここらで新境地を開いて新たなファンをつけるのもいいだろう」 すでに決定されてるスケジュールにいくら自分が嫌だと言ってもそれは通ることはない。 今までの経験からそのことを知っているトキヤは、それ以上口を開くことはなかった。 「あー、ミライちゃんだぁ。テレビで見るよりずぅーっとカワイイにゃ〜」 「ありがとうございますHAYATOさん。初めまして、今回相手役を勤めさせていただきます紀咲未来です。 私もHAYATOさんのことはテレビでよくお見かけしてました。一緒にお仕事が出来るなんて光栄です」 芸能人として対面するのはこれが初めてだ。 他にも共演者やスタッフがいる中で、お互いがお互いに違和感を感じていようともそれを表面に出すことは出来ない。 共演者の顔合わせの間中、知人、しかもよりにもよって未来の前でHAYATOを演じ続けなければいけない状況にトキヤの心痛はいかばかりか。 「というわけで撮影開始はこの日から予定してます。みんなでいいドラマにしましょう」 脇を固める大物俳優やスタッフ達に挨拶をし、まだまだ若輩者である主演の二人は彼らがこの会議室を出るまで見送った。 部屋に残るのは数人のADだけになった頃、二人もそこを出る。 出入り口にはいつから待機していたのか未来のマネージャーと思われる人物が立っていた。 「彼はミライちゃんのマネージャーさんかにゃ?」 「…ええ」 「そっかぁ、んじゃ挨拶してこよ〜っと」 トキヤは男の元に歩み寄り、ぺこりと頭を下げ軽いあいさつを交わす。 「あ、それで〜、ミライちゃん三十分くらい借りてもいいかにゃ? ボク、こういう性格の主役は初めてで、役者としてはミライちゃんの方が全然先輩だから相談にのって欲しいんだにゃ」 子供の頃から舞台や映画に出演していたはずのトキヤはさらりとそんなことを言う。 今現在だってHAYATOを「演じて」いるのだから、どちらが先輩かといえば間違いなくトキヤだろう。 ぼそりと「嘘付け」とトキヤにしか聞こえないくらい小さな声が聞こえたのに対し、浮かべた笑いが引き攣りそうになったが耐える。 未来には今日このあとスケジュールが入っていないらしく、マネージャーは二つ返事でOKした。 若い男女二人きりというのは本来なら望ましくないのだろうが、HAYATOのあきらかに草食系、というより小動物系な雰囲気に快く送り出されたのだ。 誰もいない楽屋に戻ってきたことでやっと気が抜ける。 トキヤは溜息をひとつ吐くと空いてる席に未来を座らせた。 「まさか、共演することになるとは…」 「私だって思わなかったわよ。HAYATOとだなんて」 今度は揃って溜息をひとつ。それにくすりと笑ったのはどちらが先だったか。 「テレビでは見てたけど……生のHAYATOは違和感たっぷりね。笑いを抑えるのに苦労したわ」 「しょうがないでしょう、これも仕事です」 「しかも全然HAYATOのキャラじゃないよね、この役」 「まったくです。しかもHAYATOで未来とラブシーンだなんて」 「そこだよね、問題は。……私、笑っちゃうかも」 未来がそう言うとトキヤはむっと眉間に皺を寄せる。 「ほう。実力派女優と言われる紀咲未来さんは私が相手じゃ不満だとでも?」 「違う、そういう意味じゃないわよ。相手はトキヤじゃなくてHAYATOでしょう。普段の彼のキャラから真剣なラブシーンだなんて想像出来ないじゃない」 確かに今まで主役達の恋を応援したり励ましたりと元気付ける役どころは演じたことはあるが、それをHAYATOが演じるとなると不慣れなことで、トキヤ自身も想像が付かない。 「そうですね。本番で突然吹き出されても困りますし、慣れるために今度から私とHAYATOの両方で未来を愛することにしましょうか」 「え」 「あなたのスケジュールはさきほど確認しましたし、偶然なことに私も今日このあとはオフですから早速今夜からでも」 「え、えっと、トキヤさん?」 「だからまずは今、私に愛されてください。久しぶりの逢瀬なのですから………んっ」 そう言うとトキヤは未来に口唇を重ねた。 始めは軽くついばむように、次第に深く、甘く柔らかな未来を貪るように激しく求める。 「っ、んん…はぁ……っ」 「…ちゅ……ん、……愛してます、未来…んっ」 「ふぁ、ん…ト…キヤ……っ」 飽きることなく角度を変え、トキヤは未来の口内を楽しむ。が、いつまでもそうしてもおられず、名残惜しげにちゅっとリップ音を鳴らして口唇が離れたと同時に、部屋の扉がノックされた。 「HAYATOさん、そろそろ」 「はーいっ、今ミライちゃん送り出すにゃ〜」 一瞬にしてトキヤからHAYATOに変わったのを見て未来はぷっと吹き出した。 「すごい変わり身の早さ」 「そこは『さすがトキヤ』と褒めてくださってもいいんですよ」 外に声が漏れないようにくすくすと囁き合う。 それからしばらく見つめあい、どちらからともなく再びキスをする。 「グロス、ついちゃった。そのまま外に出ちゃダメだよトキヤ」 「これからメイクを落としますので心配は無用です。夜、そちらへ行きます。着く前に連絡を入れますから」 「りょーかい。んじゃトキヤ、またね」 未来が扉を開ける直前に名前を呼び、こちらを振り向かせる。 「ドラマでは本気でボクに恋させてみせるから、覚悟しといてにゃ〜、ミライちゃん?」 「…バカ。ドラマじゃなくたって私はいつだって本気であなたに恋してますよ、HAYATOさん」 「おや、それは奇遇ですね。私もですよ未来」 取れたグロスはお茶やお菓子をごちそうになったから、とでも言い訳するんでしょう。 トキヤが早乙女学園に、シャイニング事務所に所属しなければ恋愛禁止令は関係ないわけで。 こんなラブロマンスを展開してるとヨロシ。 |