短編

□誰が為に歌う鎮魂歌
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「なぁ、龍也。一緒にユニット組もうぜー」


響はめげずに今日も龍也の元を訪れ、口説いていた。

シャイニング事務所所属のトップアイドル日向龍也、月宮林檎と肩を並べる存在。
それが―――御堂響だ。

彼も早乙女学園出身で、事務所の立ち上げの時からいる初期メンバーの一人。

野性味溢れる龍也の容貌とは真逆で、優しい面立ちをしているくせに言葉遣いが悪い。
そんなギャップが受けたのか、デビューしてからの彼らは競うようにぐんぐんと人気を上げていた。

押しも押されぬトップアイドルに名を連ねた時、あの事故をきっかけに龍也は歌うことをやめた。

龍也のパートナーの春輝が事故で亡くなったのだ。

春輝の作曲センスは他とは群を抜いて素晴らしく、またそれを多彩な表現力で歌いこなす龍也。二人は誰の目から見ても最高のパートナーだった。

学園時代からつきあいのある林檎や響は、龍也の深い悲しみを理解し、春輝と関わりのあるもの全てを封印しようとする龍也をただ見守っていた。

だがここ最近、龍也が歌わない、歌えない理由を知っているはずの響がこうして誘いを持ちかけてくる。

初めのうちは冗談だろうと流していたが、それも連日連夜ともなると溜まった仕事も片付かず、龍也の我慢も限界にきていた。

何より原因を知っているはずの響の誘いは、「歌」という彼を思い出させるそれらを、心の隅に追いやることで平穏を保っていた龍也を苦しめていた。


「いいかげんにしろ、響! 俺は歌わねー。歌は辞めた、お前も知ってるだろう!?
……頼むから、そっとしておいてくれよ…」


痛みを堪えるように眉間に皺を寄せ俯く龍也は、腹立たしさから響に掴みかかりたくなる衝動を必死に押し込めていた。

あの才能を、存在を、深く愛していた。共にデビューを果たしてから春輝以外の歌は歌わないと、そう決めた。
他の何よりも大事な存在を失くし歌えなくなった自分に、この男は誰ともしれない曲を歌えと、そう言っているのだ。

同じ思い出を共有する響にそう言われることは、龍也にとって春輝を軽んじられ踏み躙られる行為にうつった。

しばらく無言で龍也を見つめていた御堂だったが、その口唇から発した言葉によって龍也の激昂を更に煽ることになった。


「知ってるぜ、だから何?」

「響!! お前っ!!!!!」


カッと怒りで頭が真っ白になり、次の瞬間には響の胸倉に掴みかかり馬乗りの状態で押し倒していた。

勢い良く床に身体や頭を打ちつけた響の「うっ」という呻きも気にならない。


「お前、な…っ……んで!! お前が、んなこと言うんだよっ!!! 俺は…っ!!」

「春輝がいないから、春輝の曲でしか歌えないから。お前は歌わない。今でもお前にとって春輝の存在は絶対的なもの。
決して忘れられない。忘れたくない、忘れられるはずがない」

「ああ! ああ、そうだよっ!! あいつ以上の曲なんてあるはずがない、あいつ以上に俺を輝かせてくれる作曲家も!!
それなのに、お前は俺に歌えというのかっ!?」


突き放すような冷めた視線で龍也を見つめる響。
そこまでわかっているのに、自分に春輝以外を選べという彼に殺意にも似た衝動が押し寄せた。

わずかに残っている理性が震える拳を抑えている。だがそれも、彼の次の言葉次第では躊躇いもなく振り下ろされるであろう。

しばらく睨み合いが続いていたが、先に表情を和らげたのは響だった。


「なぁ龍也。春輝はすげーやつだった。
お前があいつのパートナーじゃなかったら、俺はどんな手を使ってもその座を得ようとしてただろう。
それをしなかったのはお前の声こそがあいつの曲に相応しいと思ったからだ、林檎には悪いけどな。

そのお前が春輝の曲じゃねーと歌えないのは十分わかってる。そしてあいつの曲を聞くだけで苦しくなって歌えねーのも。

だけどな、お前が歌わないと、この世界から春輝がどんどんいなくなる。
歌の世界じゃどんな名曲だって、あとからどんどん出てくる新しい曲に埋もれていっちまうんだ。

だがお前が歌うことによって、春輝の存在を世間に認識させることが出来る。
龍也が誰の曲を歌ったとしても、その根底には常に春輝がいる。お前の歌を聞いたみんなにそれを知ってもらうことによって、今でも春輝と一緒にこの世界を歩いている。そう思うことは出来ないか?」


真摯に訴えかけてくる響に龍也の拳から力が抜ける。

春輝の存在を忘れたくない。そうだ、だからこそ自分達は春輝が使っていた寮のレコーディングルームをそのままの形で保存した。
自分達の中で春輝の存在が消えなければ、ただそれだけで良いとして。

だが、それでは春輝の作った曲はどうなる?

当時ならばデビューから組んでいるアイドルである龍也と、そのパートナーである春輝を二人でひとつと見てくれていたかもしれないが、龍也が歌わなくなり、その曲がCDや過去の映像だけになれば、それはもうただ「日向龍也の歌」としてしか見られていないのではないか。


そう思うとゾッとした。自分は一人でここまで登りつめたんじゃない。春輝がいたから、彼の曲があったから、今は歌ってなくともアイドルとしていられる。

それなのに、アイドル「日向龍也」は一人で立っていると世間で認識されているとしたら?
どんなに彼自身、いつでも春輝の存在を傍らに感じていたとしても、だ。


「春輝……の曲を、歌おうとすると、涙が込上げてくるんだ。苦しくなって、喉が詰まる…。
こんな状態じゃ歌えない。……あいつの曲を、最高の形で歌い上げることが出来ない」


ずっと掴んでいた響の胸倉を開放し、ゆっくりと彼の上から身体をどける。
脱力し片手で顔を覆う龍也は憔悴しきっていた。

響は身体を起こし、ぽつりぽつりと語られるそれに耳を傾け、やがて心情を吐露し終え無言になった龍也に近寄り、


「お前さ、春輝がいなくなってから一度でも泣いたか? 林檎は号泣してたけど、お前の泣き顔は記憶に無ぇ。
歌はここにはいない春輝を感じさせる。それが淋しくって悲しくって涙が出るんだろ。

だけどお前は春輝の死を受け入れられてない。頭ではわかってても心がそうは思っちゃくれない。だから苦しい。

泣けよ、龍也。
春輝の曲を歌って泣いてみろ。そうすればお前の中で、春輝との思い出が辛いものだけじゃないんだってわかるはずだ」


そう言って龍也の頭を胸に抱え込んだ。
龍也はその胸に抵抗もなくおさまり、ゆっくりと、だが今まで抑えていたものを吐き出すように歌った。

―――涙を流しながら。










彼のために歌う歌が静かに終わり、涙も乾いた頃、龍也はひとつ大きく深呼吸をして顔を上げた。
その顔は憑き物が落ちたようにすっきりしどこか晴れやかだった。


「すまねぇな、響。春輝を思うあまり、考えすぎてドツボにハマっちまってたみたいだ。
俺の中から春輝が消えることはねぇ。それは絶対だ。
けど、他のやつらにもあいつを覚えていて欲しい。そのためには俺が…歌で、あいつを感じさせるしかねーんだな」

「あぁ、そうだ。今すぐでなくても構わねー。少しずつ、ゆっくりとな。
んで、いつか。お前が春輝以外の曲を歌っても良いと思える時が来たら。
俺の曲を一緒に歌ってくれねーか?」


その言葉に龍也はハッとする。


「お前……曲作りは封印したはずじゃ…」

「近くにあんな才能を持ったやつがいたんだ。あれを聞いちまったらそれ以上のものなんて作れる気、しねーだろーが」


響はかつて作曲家として学園に入学していたが、突然アイドルコースへの編入を申し入れてそれを認められた経緯を持つ。

「当時は悔しくてぜってー言わなかったけどな」と自嘲する響に、今になってその理由を知る龍也だった。


「春輝には遠く及ばないが、他の誰の曲もお前に歌わせる気はねぇよ。
お前も曲作れんだし、歌って踊って曲も作れる最強のアイドルユニットでも目指そうじゃねーか」


二カッと笑って言う響に、龍也は胸に込上げるものを感じる。

それは嬉しさや、春輝に対する少しの罪悪感などいろいろなものを纏っていたが、龍也の目前に新たなる『夢』として明確なビジョンを打ちだした。


「それから、いつか春輝の残したあの曲。仕上げてやれよ。
そろそろ天国で待ちくたびれてる頃だろーぜ」

「ああ、……お前が手伝ってくれるならな」


いつもの雰囲気に戻った龍也がにやりとすると響もそれに返し、綺麗な笑みを浮かべた。


「ああ。でもそうなると林檎がごちゃごちゃ言ってきそうだな、『アタシも混ぜて!』とかさ」

「ああ、間違いねぇ」


この約一年の後、アイドル日向龍也は『春輝の曲限定』で歌手として再スタートを切り、多くのファンに春輝の曲の素晴らしさを伝えた。

そして、同じくアイドルの御堂響とユニットを組み1stシングルで一千万枚を売り上げ、シャイニング早乙女以来の伝説のアイドルとして響と共にその名を残すことになるのは、それから更に一年後のまた別のお話。








二年後に中年おっさんアイドルユニットが誕生するわけですね!(爆)
もしも龍也さんが春歌と出会わずに過ごしていたら、妄想バージョン。
作中で使っている「愛」は友情からなるものですのでお間違えなく(笑)

龍也さんの紳士な面もワイルドな面も大好きなんですけど、この話では女々しくなってしまってごめんなさい。


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