「今度からここで生活することになるんですねぇ。以前少しだけ使わせてもらいましたけど、すっごく良い所でした!」 ST☆RISHとしてデビューが決まった朔夜達と春歌は、学生寮を出て社員寮へと移ることになった。 シャイニング事務所では希望する者達は全員ここに入ることが出来る。家賃はタダ、家具等必要なものは全て設置済み。 これ以外にも必要な物があれば、全て経費で落としてくれるという、まさに仕事の少ない新人には嬉しい環境。 だがそうそう上手い話だけではないのは、学園卒業者なら誰でも知っている。 学園長、いや事務所社長であるシャイニング早乙女はただ優しいだけの人物ではない。 実力を伸ばすためなら如何なる尽力も惜しまないが、それでも芽が出なければ即切る。 だからここに所属出来たからと言って安心は出来ない。一年以内にそれなりのものを残さないと解雇もありえるからだ。 何にしろまだ始まったばかりの彼らST☆RISHは、これからのことに夢と期待で心躍らせているので、そんな不安は一切ない。 夢を同じくする仲間達がいるというのも心強い。互いに才能を認め合ってユニットを組んだのだから自分達にはそれなりの自信がある。 シャイニング事務所に所属が決まった直後に、事務所がデビュー記念として開いてくれたコンサートでも、それなりの動員数を得ることが出来た。それも彼らの自信に繋がっていた。 「新しい環境、うーん、すっごいワクワクするねっ!」 「ああ! 学園に入った時もさ、これからどんなことが待ってるんだろーって、すんげー楽しみだったけど今回はそれ以上だ」 一週間後に荷物の搬入を控えた彼らは寮の下見に来ていた。学園とは違い、今回の寮は一人一部屋。しかもかなり広い。 今まで二人一部屋で使っていた学生寮ではプライベートスペースがないも等しかったので、やっと静かな空間を確保出来るとトキヤなどは密かに喜んでいた。 「以前って……あ! サクちゃんはあのおはやっほーの時、ここで練習してたんですねっ?」 「ええそうです。先生方がここならって連れてきてくださったんですよ」 「そうだったんですかっ? わたしはてっきりどこかのスタジオにでも籠もってたのかと思いました」 「なるほどな。ここなら芸能関係者しか入らぬし、何と言ってもあのシャイニング早乙女社長のお膝元だ。 内部の者に秘密が露見したとしても、その後の処遇を考えれば外部に漏らすこともないだろう」 先に述べたようにシャイニング早乙女は寛容な面も持っているが、冷徹な面もある。 業界のことは正式発表されるまでは関係者であれ外部に漏らすことはタブーだ。 それが自分の事務所の者が漏らしたとなれば、シャイニング早乙女は間違いなくこの世界から追放を図るに違いない。 そして彼がそうするだろうことは、事務所に所属しているものなら十二分に承知している。だからこそ一番安全な場所とも言えるだろう。 「うん、なかなかいい外観だね。ボスの趣味は悪くない」 「統一性があれば、だと思いますけどね。 あの人は和と洋、更にはどこのものか判断がつきにくいものまで入り混ざっていることがありますから」 ここはそんなことなさそうだが、学園の寮では洋風な作りなのに大浴場は純和風だったりと統一性がたまになくなる。 もし自分の部屋がそうだったら……すぐに部屋を替えてもらおう。そう思ったメンバーは少なくないはずだ。 所属芸能人が多く入ってることもあり入り口のセキュリティも万全。 建物内へと入る為には通常の鍵の他に声紋、指紋、更には網膜センサーまで付いているという徹底振り。 まだ彼らのそれらは登録されていないので入り口で龍也と待ち合わせ、中へ入れてもらうことになっていた。 「おう、時間ぴったりだな」 エントランスに着くとすでに龍也が立っており、一同を待ち受けていた。 「んじゃ行くか、お前らの鍵は後日渡してやる。今日は手順だけ覚えとけ」 「手順…とか、なんだか難しそうですねぇ。僕、一人で入れるかちょっと心配になってきました」 「あー…那月だったらありそうだよな」 機械音痴の那月が、最新セキュリティを無事に通過出来るかと言えば確かに怪しい。 一緒に行動している時ならいいが、今後もしそれぞれに仕事が入った場合、このエントランスを抜けられない可能性が出てくる。 「音声案内付いてるから大丈夫だろう。その通りにやっていけば普通に入れる」 「…だといいのですが……」 「……そんなに、か?」 思案気に呟く真斗に、それほど酷いのかと龍也が問いかけると那月以外のメンバーがこくりと頷いた。 「そうか……とりあえず四ノ宮はよく見とけ」 「わかりましたぁ」 龍也がカードキーを差し込むと、言ったとおりその後の手順を音声がナビゲートしてくれる。 これならいきなりでも迷わずキーを解除出来そうだ。 案内に従って龍也が手際良くひとつひとつクリアしていくと、ものの数秒で入り口のドアが開く。 「わぁ、簡単そうだし何よりおもしろそうですねぇ! 僕も大丈夫かも」 「おら、入れ」 促されて一同が足を踏み入れると、そこは学園の寮よりも広いロビーが広がっていた。 中央にはホテルのようなカウンターがあり、その奥には部屋があるようだ。 小さな小窓が付いていて、中を覗いてみるが人の姿が見当たらない。 「ここって管理人さんがいたりするんですか?」 本来ならいるべき人物が見当たらないので、朔夜は龍也に聞いてみる。 「あ、ああ。だがそこにいたことは見たことがないな。いや、そこだけじゃねーな。いるにはいるが姿は見たことねぇ」 「リューヤさん、それ学園の寮の時も言ってなかったかい?」 「俺も覚えてるぜっ! 結局…あっちでも見ることなかったよな……」 「何ですか、それ?」 入寮する時に説明を受けずにそのまま即部屋を与えられ、男装の手ほどきを受けていた朔夜は知らない。 未だかつて誰も姿を見たことのない管理人。しかし確実に存在している。 寮で迷惑行為をしたり寮則を破ったりすると地味に嫌なお仕置きを受ける。 本当に地味なのだが実際にやられるとこれほど堪えるものはないというものばかり。 なので密かに怖れられる存在ではあったのだが、その姿を見たものは確実にデビュー出来るという噂もあったため、その姿を日夜捜し求める学生も多かった。 「向こうと一緒でこっちでも管理人を怒らすんじゃねーぞ」 「まさかまた…風呂場の湯が冷水に変わったり、夜中に電気が点滅したり、冷蔵庫の電源だけ切られたりするのですか?」 「そんな甘いもんじゃねーよ」 龍也の声のトーンがぐっと下がって、まるで恐ろしいことでも思い出したかのようにブルリと身震いをする。 「そ、そんなに?」 普段にないその様子に音也はごくりと唾を飲む。龍也ほどの人がこういう反応を取るとは、並大抵のことでないことは確かだ。 「学生の時以上に問題起こすなよ。もし管理人が怒った時は……」 「時は……?」 音也が龍也に一歩詰め寄る。 「……消える」 「なんですって?」 トキヤに限って問題行為をすることもないだろうが、龍也のその言葉に不穏な気配を感じ反応せざるを得なかった。 何が消えるのかはまだ龍也は言ってはいないが、何が消えるにしろ穏やかではない。 「消えるって何がですかぁ?」 「部屋だ」 「え?」 「部屋が消える」 「何を言ってるんだい、リューヤさん。部屋が消えるなんてそんなことある訳ないじゃないか。 どうせ、荷物を放り出されるとか、そんなところなんだろう?」 「いや、言葉そのままの意味だ」 文字通り部屋が消える。跡形もなく。部屋の入り口も消えるから入りたくても入れない。 いや、扉があったとてドアを開けてもそこにはなにもないだろう。開けた瞬間に壁だ。 普通なら有り得ない話ではあるのだが、すでに摩訶不思議なことには慣れてしまっている一同は納得せざるをえない。 「なるほど。それは……学園での仕置きなど些細なものに感じるな」 「部屋がなくなっちゃうってことは……、」 「管理人さんの怒りがとければ再び部屋は元に戻るのですか?」 「それについては本人の誠意が管理人に……」 「誰かの部屋に泊めてもらえばいいよねっ! 朔夜、その時はよろしくっ!!」 「へ? えーと、」 部屋がなくなったなら誰かの部屋に行けばいい。全くもってその通りなのかもしれないが、根本的解決にはならない。 そして音也の発言にはもうひとつ突っ込まなければならないところがある。 「まずはそういう状況にならないようにするのが普通でしょう」 「それにもしもそうなったとしても朔夜の部屋はねーよっ」 「そう?」 「有り得んな」 「オレもそれは認められないな、イッキ」 「音也くん、だめですよサクちゃんの部屋は」 「ちぇー」 とぼけた受け答えをしているが全てわかって言っている。朔夜を除く全員が確信した。 |