「うわー、やったね! どうする、何する?」 「何故せっかくの短期休暇にまで、あなた方と一緒に過ごさなければならないんですか(朔夜は別として)」 「えー? だってみんな一緒にもらえたんだから、これってみんなでどっか行っておいでってことなんじゃないの?」 デビューからここまでほぼ休みなしに働き続けた朔夜達に、早乙女社長からご褒美という名の三日間の休暇が告げられた。 それも同時期にST☆RISHの七人一緒に、だ。 本当は彼らの専属作曲家、七海春歌もだったのだが、先日上げたBGMの仕事であるドラマで、撮影前に急遽ストーリーの一部変更を監督が告げ、用意した音楽のイメージが合わなくなったとかで、更にもう一曲作ってくれないかと依頼が入ったのだ。 そのドラマのBGMは春歌がメインで作っていたため、もちろん断るなんてことを彼女がするはずもなく。 結局、音也が「みんなでどっか行こう」と言い出したのが切欠で、こうやって今どうするのか朔夜の部屋で話し合ってる。 意外にもみんな乗り気で渋ってるのはトキヤくらい。それでも「勝手にしてください」と言って出て行かないトキヤも、多少なりともこの案に興味はあるらしい。 「海外なんていいんじゃないか? 日本から出てしまえばレディ達の目を気にすることもないし」 「馬鹿を言うな、神宮寺。たったの三日しか休みはないのだぞ。それでは休むどころか余計に疲れるに決まっているだろう」 レンの言いたいことはわかる。演技力も歌唱力もある実力派アイドルST☆RISHは、ありがたいことにすぐにたくさんのファンもつき、外を歩けばそれらに囲まれることもしばしば起こる。これが全員でいる時となったらその数は半端ない。 せっかくの休みも一旦そうなってしまえば休みどころではなくなるだろう。そう考えると、海外という選択は少なからずそれを軽減出来るいい案ではあるが、真斗の言う通り、さすがに三日という短さでは行って帰って来るのが精々でゆっくり出来ず、強行もいいとこだ。 場所によっては行くだけで終わるが。 「俺、こないだ出来たテーマパーク行ってみたい! たまにはまともなアトラクションを楽しみたいぜ……」 それは早乙女学園の敷地内にある遊園地と比較して言っているのだろう。 彼らがシャイニング事務所所属ということもあって、普段の撮影などでも早乙女キングダムを使用することが多い。 特にバラエティでは、あの遊園地のアトラクションが一種の罰ゲームみたいな扱いを受けることがあるから、普通のアトラクションが恋しくなる翔の気持ちもよくわかる。 「けど、それだとやっぱり一般のお客さんがたくさんいますから、ゆっくりは遊べないでしょうねぇ。 あ、いいこと思いつきました。翔ちゃんは着ぐるみを着ちゃえばいいんですよ! きっと、ちょーキュ〜トですっ」 「だーれが着るかっ! つか着ぐるみ着て遊ぶなんてそれこそ視線集中じゃねーか!!」 着ぐるみを着てしまえば誰だかわからない。たしかにそうだ。 だが違う意味で興味を引いてしまうのもたしかだ。那月の発想はいつ聞いても人の斜め45度くらい上をいく。 「ねぇ、サクちゃん。サクちゃんはどこに行きたいですか?」 彼らの話し合いを黙って眺めていると突然、隣に座っていた那月に朔夜は顔をのぞかれ話を振られた。 みんなでどこかに行くことには賛成だし、彼らが決めたところならどこだっていい。楽しいに違いない。と思ってはいたが、自分からどこに行きたいとは考えてなかった朔夜は、それを問われてしばらく考えてみた。 「んー、そうですねぇ。…………温泉、とか?」 それまであーだこーだといろいろ案を出し合っていた(トキヤは傍観)みんなが一斉に朔夜の方を向いて沈黙した。 (え、何? みんな、温泉嫌いだった?) バッと音がするほどの勢いで見られた朔夜は、びっくりして思わず身体を引いた。 彼らがそれの何に反応し、何故そのような態度を取るのか朔夜には検討もつかない。 「温泉……ですかぁ」 「温泉といえば」 「(温泉…朔夜の浴衣姿かぁ)」 「(浴衣を着て、下駄を鳴らしながら温泉街を二人で…実に趣があるな)」 「(湯上りのサクちゃん。きっと、とぉーっても可愛いでしょうねぇ)」 「(朔夜の浴衣姿には実に興味をそそられますが、彼らも一緒というのが難点ですね。まぁいい、どこかで抜け出しましょう)」 「(お、温泉っていったら、こここ混浴だよなぁ!? 朔夜と混浴……ぶはっ)」 「(濡れ髪で浴衣を着た朔夜はエロティックで魅力的だろうね、うん)」 彼らも年頃の男の子だ。いくら仕事上では同じ男として振舞っていようとも(たまに隠しようのない愛が溢れていたとしても)、朔夜はれっきとした女の子である。 そして、一様に彼女に対して好意を抱いている彼らにしてみれば、『温泉』という言葉は妄想を掻きたてる魅惑溢れるキーワードだ。 「いいですねぇ、温泉。でもそうするとサクちゃんが女の子だってことは秘密ですから、普通のとこには行けないですよねぇ」 そう、先も述べたように朔夜は男の子としてデビューしてるため、おいそれと人がいるところで肌を見せることが出来ない。 普通に考えれば広いお風呂に浸かってゆっくりと、なんて真似、出来るわけがないのだが。 「おい神宮寺」 「うちはダメだな。どちらかと言えば洋風な造りの方が多い、それじゃあ風情も出ないだろう。今回はお前の所の方が良さそうだぜ、聖川」 「ふむ、そうだな。では急いで手配しよう」 レンの言葉に頷き、慌しく携帯電話を取り出して席を外す真斗。 彼らの遣り取りで何をしようとしているのかを悟った他四名は、これで話は決まったとばかりに心の中でガッツポーズを取る。 対して、ただ呆然とそれを見ていた朔夜に那月がふふっと笑って頭を撫でる。 「よかったですね、サクちゃん。真斗くんがなんとかしてくれるみたいですよ?」 那月にそう言われ、真斗がなんのために電話をかけに行ったのかを理解した朔夜は なんだか自分の不用意な発言で迷惑をかけてしまっては申し訳ない、と慌てて否定をする。 「何も考えずに言っちゃっただけですから、今の発言はなかったことに…」 「でも朔夜は温泉、行きたいんでしょ? でなきゃ口に出るはずないもんねっ」 「そうだぜ? お前、あんまり普段これしたいあれしたいとかって我が儘言わねーんだから、こういう時は素直に甘えろっての」 「た……たしかに行きたくないとは言いませんが…。お手間をかけさせるくらいなら他のところに……」 「その必要はない。もう済んだ」 席を外していたはずの真斗がいつの間にか戻ってきていた。時間にして僅か十分程度。 「さすがに急な話だからな。いくら一般の休日とずれているからと言っても、聖川系列の旅館では宿泊客が誰もいないところがなかった。 だがそのうちのひとつの客全てに、近くの別の旅館に移ってもらうように頼んだ。料金はそのままで最上級の部屋を用意させたのだが、断る客が出なかったのが幸いだったな。 そういうわけで系列の旅館を貸し切った。従業員も最低限の人数にするように話もした。 うちのやつらは口が堅いから、もし見られたとしても心配することはないだろう」 聖川家のお墨付き、しかも最上級の部屋に泊まれるとなれば誰だって断りはしないだろう。と朔夜はつっこむのをやめた。 それはひとえに真斗が自分のことを思って動いてくれたことなのだから。 「やったぁ!! これで朔夜も気兼ねなく温泉に入れるねっ」 「そうですね、ありがとうございます。真斗くん」 「いや……せっかくの休暇だ、サクがいないとなれば…行く意味もないからな」 |