「そういえば、サクちゃん。この間の体育祭の傷、もう治ったんですか?」 「う……痛いとこ突いてきますね、四ノ宮くん…」 「なんだ、まだ痛むのか、秋?」 「…いえ、そういう意味で言ったんではないです」 那月の問いかけに朔夜が顔を引き攣らせていると、何とも間抜けな問い返し。こういうところは天然なのか真斗が、朔夜の言った「いたい」の意味を取り間違える。 朔夜はあれを人生の汚点として思い出したくない、むしろ記憶から消去してしまいたいのだ。 「ぷっ、今思い出しても笑えるぜ。すげーダイナミックなゴールだったよな……くくく」 「翔くん!!」 翌日の動けなかった時は心配してくれた翔だったが、怪我が治るにつれ、しばらくの間はこうやって思い出し笑いをしていた。 なので余計に朔夜はこの話を蒸し返されたくないのだ。 「あまりしつこいと朔夜に愛想つかされますよ、翔」 「さすがトキヤくん、良いこと言いますね。そうです、愛想つかしちゃいますよ?」 最近の朔夜は以前のように堅苦しいイメージはなく、口調はそのままだがこうやって軽口をいい、冗談を飛ばす。 その様子はトキヤ達を心の底から認め、仲間として信頼しているのが見て取れた。 それはトキヤ達も同じで、朔夜を中心として以前とは比べ物にならない穏やかな雰囲気を醸し出している。 そして、それを見て面白くないな、と思ったのが音也である。 「ねぇトキヤ、いつから朔夜のこと名前で呼ぶようになったの? それに朔夜も。いつの間にかトキヤ達のこと名前で呼んでる……」 むぅ、と少し頬を膨らませる音也。自分達はクラスは違えどそれなりに仲が良かった。それでも未だ彼は名前ではなく苗字で呼ぶ。 それはクラスが一緒のトキヤ達もそうだったので、名前で呼んで欲しいとは思いつつも仕方ないなと諦めていたのだ。 けれどつい最近まで同じだったはずなのに、気付いてみれば名前呼び。しかも前より仲が良く見える。 その上、トキヤまでもが朔夜のことを名前で呼び合うようになっていた。クラスメイトとそうでない者の境を見せ付けられたようでかなり面白くない。 「なんだ、妬いてるのかいイッキ?」 「そんなんじゃないよっ」 否定はしているがどう見ても嫉妬しているようにしか見えない。 そして音也のそれはそのことを指摘してきたレンにも向けられる。なんだか、優越感を感じているように見える様が癇に障ったからだ。 「どうしちゃったんですか、一十木くん。何か僕達怒らせるようなこと言ってしまいましたか?」 ただ一人それをわかってない朔夜だけが不安そうな顔をして音也を気にかけた。 その顔を見た瞬間、沸き上がりかけていたなんだかわからない怒りも行き場をなくし、変わりにしゅんと肩を落とした。 「一十木くん?」 すっかり落ち込んでしまった音也は朔夜の言葉にも答えない。 それがますます朔夜を不安にさせているのだが、顔を俯けてしまった音也の視界にそれは映らない。 「ふふ、音也くんは拗ねちゃったんですよぉ」 「拗ねる? どうしてですか?」 この話の流れでそれを理解していないのは朔夜くらいだろう。他のメンバーはやれやれと肩を竦めたり、溜息を吐いたり、朔夜の鈍さに苦笑いだ。 「羨ましいですよねぇ。僕もサクちゃんに名前で呼んで欲しいです」 「へ?」 朔夜には変化球は伝わらない。特にこういうことには疎い。 こういう類以外の人の機微には聡いのに、何故だかこの手の話題に関してはこうなのだ。 まぁ、直接的な表現を使っても伝わらないこともあるので、何が正解なのか掴めないのが周りにとってやっかいなことなのだが。 |