長編設定SS

□誰の、プリンスさまっ?
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その時談話室に集まっていた六人は驚いた。


最初は四人だった。音也、真斗、那月、翔。
彼らが集まって雑談を交わしていると、ころにどこからか帰ってきたレンがそこにたまたま通りかかった。

何やら楽しげな雰囲気だったのでそれにレンも加わり、ここまで集まったんだしどうせなら、と言い音也が無理やりトキヤを部屋から連れ出した。
トキヤにしてみれば迷惑極まりなく、且つ別に話すことなどなかったので、一応は彼らの会話に耳を傾けつつも部屋にいる時に読んでいた本の続きに目を通す。

理由も告げられずに腕を引かれ部屋から出されたので、持っていた本もそのまま一緒にここに来たのだ。

六人は同室やクラスの繋がりから何かとこうやって集まることが多かった。
しかし普段ならばここにもう一人いるはずなのだが今日は姿が見当たらない。

それを指摘したのはトキヤで、気付いたのは最後に合流したためだろう。彼らの話によると誘いはしたのだが、やることがあると断られたそうだ。


端から見て纏まっているようなこのグループも実際にはそれぞれ思うことがあり、本当は全然まとまっていないのだが、それを繋いでる人物がここにはいない秋朔夜だ。

何故かこの六人は朔夜のことをいたく気に入っており、それを表に出すか出さないかは個々によってそれぞれだが、何かしらの好意を持って朔夜に接していることは間違いようのない事実だった。

そうなるとここで普通に会話をしているのはAクラスの三人と翔のみで、レンは同室とはいえ真斗のことを敢えて避けているし、トキヤに至っては前述した通り無理やり連れて来られたのだから会話をする気もない。

一見和やかそうに見えてそうでもないその雰囲気を破ったのは他でもない、この六人を繋げる朔夜だった。


普段ではありえないほどに血相を変えて談話室に飛び込んできた朔夜に、彼らの視線は集中する。


「どうしたの、朔夜?」

「顔、真っ青だぞ。何かあったのか?」


真っ先に朔夜に近付いたのは音也と翔。用事があるからと部屋にいたはずの朔夜はそこから走ってここまでやって来たのだろう。

青褪めた顔色をしつつ息を切らしている。それを心配そうに眺めた音也が落ち着かせようと背に手を回した時に気付いた。

僅かにだが震えている。

思わず眉間に皺を寄せた音也の様子を見て取った翔もそのことに気付き、音也に声を掛け両サイドから朔夜を支えるようにして自分達のいたテーブルへ誘導し、ゆっくりと座らせた。

事の次第を見ていた他のメンバーも何かを感じ取ったらしくそれぞれ表情を険しくさせる。

促されるまま席に着いた朔夜は一向に口を開く様子がない。どうしたのかと戸惑い、誰もが次の行動を起こせない中、先に動いたのは那月だった。朔夜に近いイスに移動し、その頭を優しく撫でる。


「大丈夫ですよ〜、サクちゃん。ここにはみぃ〜んないますから。何にも怖がることはありません」


那月の声は優しく穏やかで、動転している気を静めるためには最適だろう。そう判断した真斗は立ち上がる。


「マサ?」

「すぐ戻る」


音也の呼びかけに短く返し真斗は部屋を出て行った。
そして言葉通り数分も経たずに戻ってきた真斗の手には、湯気の立ち上るマグカップが握られていた。


「飲むといい。少しは落ち着く」


血の気の下がってしまった朔夜の身体を内側から温めようと、熱すぎず温すぎない適温に調節されたホットミルクを淹れてきたのだ。

差し出されたそれを受け取ろうとしない朔夜の手を取り、真斗はカップを握らせるが、力の入っていない様子の朔夜にそのまま己の手で両手を支える。

カップの温もりと真斗の手から伝わる温かさに少し落ち着いてきたのか、朔夜の手に力が戻ってきたのを真斗は包み込んだ掌の上で感じた。

それを伝えようと周りで見守っている面子に軽く頷いた。まだ完全に元に戻ったわけではないが、何の反応も見せなかった朔夜が少しでも気を取り戻したことに一同は安堵する。


「一体どうしたというんです」

「大丈夫、朔夜?」

「泥棒でも入ったのか? まさか変質者とか!?」

「でも敷地内のセキュリティは万全ですよぉ? それはないと思います」


安心した途端、何故このような状態に陥ったのかという疑問が彼らの脳裏に浮かび口をついて出る。だがそれを止めたのはレンだった。


「おいおい、そんな一斉に問われても答えられないだろう。それに、まだアッキーは本調子じゃないんだぜ?」


いくら力が戻ってきたとはいっても、未だ顔は青褪めているし話し出す気配はない。今は朔夜が自分から口を開くのを待つことしか出来ない六人は、もどかしい気持ちを抱えつつも耐えるしかなかった。

那月が頭を撫で、レンが背中を摩り宥めるといった具合にいつの間にかぐるりと朔夜を取り囲むように、六人はイスを動かし見守っていた。

真斗の言葉を受けて少しずつホットミルクを口にしていた朔夜が、しばらくしてようやく声を発した。


「すみません、みなさん……。お手数をお掛けしてしまって」


落ち着きを取り戻した朔夜は弱々しい笑顔を見せて謝罪した。明らかに無理をしてるとわかるそれを六人は痛々しい面持ちで見つめる。

他人を気遣い、落ち込んでいる人を見ればそっと傍に寄り元気付けるという印象が強い朔夜の、こんな弱った面を見るのは初めてなのだ。


「もう、大丈夫ですか? よければ何があったのか話していただけませんか。ゆっくりでいいですから」


トキヤは朔夜が萎縮してしまわないように殊更優しく、丁寧に問いかけた。

いつもの彼からは想像もつかないその口調は、この場にいる誰も聞いたことのないもので、唯一それに近いものを聞いたことのある朔夜を安堵させ促す手助けとなった。


「はい、実は……非常に言いにくいというか、情けないというか…」

「言いにくいんだったら言わなくてもいいよ? 朔夜が元気になってくれればそれだけでいいんだから」


気にはなるが、それで朔夜がまたさっきみたいになるのなら。そう思い音也は言ったのだが、言われた朔夜は首を横に振る。


「いえ、みなさんに心配させてしまったんですから僕にはそれを言う義務があります。でも…内容が内容なだけに、ちょっと恥ずかしいというか……」


頬をわずかに赤く染めながら俯く朔夜。さっきまで青かったことを考えるとほぼいつもの状態に戻ったと言ってもいいのだろう。
言う義務があると言いつつもいつまでも躊躇い、口にすべきか悩む朔夜に焦れたのは翔だった。


「あー、もうっ。なんも気にすることなんてねーんだよ。最後までちゃんと聞いてやっから言ってみろっ」


その発言に勇気付けられてか、朔夜はその重い口を開く決心をした。


「実はその……、部屋に…虫がいまして……」


ボソボソと僅かに恐怖を滲ませながら告げられたそれに六人は、


「はぁ!?」

「え?」

「!!!」

「そうなんですかぁ」

「えーっと」

「………」


様々な反応をした。もっと大事を想像していたのにたかが虫程度であの様とは。

「そんなことで?」とか「男だろう」とか突っ込みたいところはあるのだが、それをさせなかったのは朔夜がその発言をしただけで再び顔を青くさせ震えだしたからだ。


「ごめ…なさい。みんなにとってはくだらないだろうことはわかってます。だけどっ、僕はっっ」

「落ち着いて朔夜」

「サクちゃんにもそんな可愛いところがあるんですねぇ」


よしよし、と那月は朔夜の頭を撫で続ける。


「僕、ほんと虫だけはだめでっ…、ああ、マジ無理、思い出すだけで悪寒が……」


普段六人の前では使ったことのない言葉が飛び出したことにいささか吃驚するも、朔夜の動揺ぶりと、いかに虫が嫌いなのかを思い知る。

ぎゅっと瞳を瞑って自分を抱きしめるように腕を回し、小さくなって震える朔夜は「そんな些細なことで」と思うよりも「守ってあげたい」と思わせる雰囲気を纏っていた。

男相手にこんなことを思うなんて、と彼らの胸中も若干パニックを起こしているが。

たかが虫、されど虫。そのことを十分理解しているのは同じように虫嫌いの真斗だけだろう。
未だ握り締めていた手を更に強く握り「わかる、わかるぞサク!」と何故だか熱く語っている。


「自分が構えてる時に見る分には……なんとか、耐えられるんですけど。…あんな風に突然…しかも自分の部屋にいるなんて…耐えられないんですっ」


伏せていた顔を上げ、バッと六人を見るその瞳は恐怖からか潤んでおり、どこか艶っぽい。
見たことのない朔夜の表情をばっちり目撃してしまったは「うっ」と言葉に詰まり、直視していられず慌てて顔を背ける。


(わわ、なんか朔夜ちょー色っぽいんだけど!)

(サクちゃんとっても綺麗。ああもう、ぎゅーってしたいっ)

(なんだ、この胸の高鳴りは! 相手は男だ、しっかりしろ真斗!!)

(ちょっ、朔夜すっげーカワイイ! なんだよこれ、なんだよこれ! なんなんだよこれっ!!!)

(そこらのレディ達よりよっぽど色気があるじゃないか。やっぱりアッキーは女……? いや、そんなことはない、そんなことは…)

(………………………………)


手で口元や顔を覆ったり、頭を抱えたり、頬を抓ったり、叩いてみたり、持っていた本を落としたりと彼らの動揺具合は凄まじいもので、逆にそれを目の当たりにした朔夜は恐怖もどこかへ行ってしまい、きょとりと首を傾げた。


「あの…みなさん、どうかしましたか……?」


朔夜の呼びかけによってハッと我に返った六人は、なんでもない、気にするな、と口々に言い居住いを正す。

あれは気のせいだ、気の迷いだ、幻覚だ。今見たもの感じたものはすべて夢だったのだ! と彼らが心の中で葛藤していたかどうかは定かではない。











そして朔夜に懇願され虫退治に出向いた六人は(若干一名役に立たないのはこの際置いておいて)、無事に任務を果たしたことで朔夜からとびっきりの笑顔を見せられ、再度悩むハメになる。

その後、こんな顔をする朔夜を野放しにしては危険だと、「朔夜に(いろんな意味で)虫を近付けさせない会」が発足されたとかしなかったとか…。







いろんな意味でお約束。パラレル風味の姫ポジ確定エピソード。

えー、若干人格崩壊してたりむっつりがいますが気にしない方向で←


まだこの時彼らは朔夜ちゃんが女の子だとは知りません。なので凄まじい葛藤があるかと。

でもホラ、カワイイ弟だと思えばそれなりに……なんねーか。


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