レンが寮の部屋のキッチンを使うなど、珍しいこともあるものだなと真斗は思った。 小さい紙袋を持って帰ってきたと思ったら、どこか機嫌良さげに鼻唄などを歌いながら、そのままキッチンへ直行。 レンがそこに入ることなんて冷蔵庫を使う時か、飲み物を入れる時くらいしか見たことがない。 なのにカチャカチャと金属製の音が鳴ったと思ったら、今度は何かを切る包丁の音。 一体何をするつもりなのか。疑問に思った真斗はそこへ近付いた。 「……何をしているのだ」 レンが料理というのもただでさえ珍しい光景なのに、手元を見て更に眉間に皺が寄る。 「カレーの……ルー?」 ここに入るまでカレーというものは、いろいろなスパイスやパウダーを混ぜ合わせて作るものだと思っていた真斗は、音也から「カレーは簡単でおいしくって大好き!」と聞かされて心底驚いた。 あれほど手間のかかる料理を簡単だと言う音也はたいしたものだな、と。 しかしその後、市販されているカレーのルーを見せられて感動したのを覚えている。 今レンが刻んでいるものは、まさにそれに真斗には見えたのだが。 「どこをどう見たらそんなもんに見えるんだ? 大体、匂いからして違うだろう」 言われてみれば香辛料独特の匂いはしておらず、かすかに漂う甘い香り。 そもそもカレーだとして、ルーを刻む必要などないのだからその発想自体がおかしいことには、「レンが料理」ということに気を取られていた真斗は気付かなかった。 「チョコレートか。なんだ、お前が今日もらったもので何か作るつもりか?」 「せっかくオレにくれたレディ達の愛に手を加えるわけがないだろう。これはオレが用意したものさ」 出かける前に学園から一旦寮に帰ってきた時のレンは、ラッピングされた包みが大量に入った袋を手に提げていた。 それは今はテレビの前のテーブルへと置かれている。 バレンタインデー。 日本では一般的に女性から男性へとチョコレートを贈る日、愛の告白が出来る日など捉え方は人それぞれだが、レンにとってはある意味拷問にも近い日だったと真斗は記憶している。 何故なら、彼の誕生日が今日、2月14日で、昔からプレゼントといえばチョコレートという図式が成り立っており、さらに女性に人気のあるレンの受け取る数は半端ない。幼い頃からモテまくったレンが、毎年のようにもらうそれらのせいで、もともとそう甘いものが得意でなかったのに、チョコレートはいつしか『得意ではない』が『苦手なもの』に変わったのを知っていたからだ。 そのレンが自ら買ってきてそれを使って何かを作ろうとしている。真斗の衝撃は計り知れたものではない。 だが真斗の中の知識を総動員しても、今日何故そんな行動を取るのかがわかりかねる。 先も述べたように今日は『女性』から『男性』にチョコを贈る日だと、真斗が認識しているからだ。 レンの不可解な行動を見て、おかしな方向に脳内回路が接続されている真斗には、そこから導き出されるこれまたおかしな答えをよく考えもしないで口に出してしまい、レンの動揺を誘う。 「お前にチョコレートを渡したい男がいるとはな……」 「はぁああああ!? 痛っ」 揶揄したわけでもないその本気のトーンに、手元が狂って動かしていた包丁で指先を軽く切ってしまった。 「大丈夫か?」 「お前がバカなことを言うからだろう、聖川。何でオレが男なんかにやらなくちゃなんないんだよ」 「バレンタインとは女子が男子にチョコレートを贈る日だろう? 神宮寺が誰かに……しかも男にやるということ自体想像出来んが、本来の趣旨に則って考えるならば贈る相手はやはり男子になる」 世間の常識から少しズレてるところがあるとは思っていたが、まさかここまでとは。 本来の趣旨以前に、常識的に考えて……いや。 レンが誰を想っているかだなんて当の昔に知っているはずなのに、こういうボケをかまされるとは。 「まぁ、ある意味間違っちゃいないかもな」 「なんだと?」 レンが想う相手はただ一人。身内の間では知られていることだが、それ以外からは性別『男』として認識されている。 そういう意味で考えるならば贈る相手は男、だと捉えてもおかしくはない。実際には違うが。 「逆チョコって知ってるか?」 「逆、チョコ? チョコレートが逆……理解不能だな」 「もともと海外ではレディ達がチョコを渡すって限定されてるものじゃないんだぜ?日本だけだよ、その習慣は。 しかも最近は男の方が女性にチョコを渡すっていうのも流行ってるらしいぜ。それが逆チョコ。 自分の誕生日ではあるけど、プレゼントを用意するのってなんか楽しくないか?」 そう、誕生日だからこそ自分のためにいろいろな用意はされているだろう。 そして他のメンバーにはバレンタインデーという贈り物も。 真斗がここにいるのは、いつものように内緒で準備を進めるためにレンの足止めを頼まれているはずだ。 だったらその時間を有効に使おうと思った結果がこれ。 だけどそんな中で自分だけが『彼の人』にプレゼントをする。 きっとそんなこと考えてもいないだろうから、びっくりした顔を見せてくれることだろう。 本当なら真斗にも黙っていたかったのだが、学園ではレンの取り巻きが離してくれないだろうし、他に見つからない場所が思い浮かばなかったからしょうがない。 「では、それはもしかして……サクに?」 「ご名答。本当はどこか系列のところのを買ってこようかと思ったんだけど、それじゃ面白くないからな」 話しながらも指の処置を終えたレンが再び作業に戻ると、横にすっと真斗が並んだ。 「なんだよ」 「お前の舌はたまにおかしくなるからな。サクに激辛チョコレートなどという、ゲテモノを食べさせることがないよう、俺が見張っておこうか と」 「とか言って、便乗する気じゃないだろうな?」 「そっ、そんなことは……」 「――――オレの邪魔はしてくれるなよ」 時間は無限にあるわけではないので、レンはそう言うと手を動かし始める。 部屋で作ることになるからには、もしかしたら真斗がそう言い出すのではないかと思っていた。 だから少し余分に材料を買ってきてはいる。 自分でも何故こんなに寛大なことを言えたのか。本当なら自分ひとりだけの秘密として朔夜を喜ばせたい気持ちがあったのは確かな のに。 ただ―――――こんなに心が躍るバレンタイン、誕生日は初めてだったから。 |