講習会という名の、シャイニング事務所所属の諸先輩方が出演されるステージが、早乙女学園の講堂で開かれていた。 もちろんこれには教師陣である日向龍也や月宮林檎なども同様に出演しており、現役のトップアイドル達により繰り広げられる歌やトークは、この学園でアイドルを目指す学生達にとって何よりの勉強となった。 そんな中朔夜は一人、静まり返った教室で机に伏していた。 (ダメだ……、あの人込みは最早凶器でしかない) アイドルを目指す朔夜もまたこの講習会は大変楽しみにしており、さっきまでは他の生徒同様に講堂でステージを見学していたのだが、あまりの熱気に人酔いをして眩暈と吐き気を覚え、ステージを終えた龍也に退出の旨を伝えて教室に戻ってきていたのだ。 「うう、医務室で寝ようと思ったのに、まさか保険医までステージ見に行ってるとは思わなかった!」 部屋には鍵が掛けられていたため、こうして教室で休むしかなかったのだ。 それでも慣れ親しんだ教室は妙な安心感をもたらしてくれ、ゆっくりとだが朔夜の体調も落ち着きつつあった。 しばらく目を瞑っていると、どこからか廊下を走る足音が聞こえてきた。 次第にその音は大きくなり、誰かがこの教室に向かって来ているのだと朔夜が思った瞬間、ガラッと教室のドアが開き、 「やっぱりここにいたのねっ! サクちゃん大丈夫っ!?」 姿を現したのは月宮林檎だった。 「月宮せん……せ。どうしてここに? ステージは終わったんですか?」 「アタシの出番は終わったわ。龍也にサクちゃんの様子を聞いてすぐに医務室に行ったんだけど、閉まってたからここじゃないかと思ってね!」 そう言うとゆっくりと近近付いて、朔夜の前の席へと腰を下ろした。 それから朔夜の頬に右手を当て、反対の手で冷や汗により額にはりついていた前髪を掻きあげる。 「まだ顔色悪いわね。医務室の鍵もらってきたから移動しましょう。ベッドで横になった方がいいわ。……サクちゃん、もしかして女の子の日だった?」 「!! ……違いますよ、人込みに酔っただけです」 いくら外見が女の人に見えても林檎は列記とした男性である。 そんな林檎に「女の子の日」と言われ一瞬思考の固まった朔夜だったが、すぐに冷静さを取り戻し短く告げた。 「すみませんが、まだ動けそうにありませんのでここで大人しくしています」 落ち着いてきてはいるが、ここで動くとまたぶり返しそうな気がしたのだ。 「そう。ならしばらくじっとしてて」 言うなり立ち上がった林檎を見て、このまま講堂に戻るのだろうなと思った朔夜が「ありがとうございました」と小さく頭を下げようとしたのだが、予想に反して林檎は朔夜の机をどけ、驚く朔夜を尻目に背中と膝裏に手を差し入れそのまま抱き上げた。 「うわっ!? ちょ、月宮先生??」 「じっとしててって言ったでしょ? 医務室まで運んであげるからそれまで我慢してね」 身長は然程朔夜と変わらないはずなのに、軽々と抱き上げた林檎の腕の中は意外にも逞しく、安定感があった。 (見た目は可愛い女の子なのに、やっぱり男の人なんだな) そんなことを考えてしまい、その男性に抱き上げられているのを自覚して、朔夜は顔に血が上るのを抑えられなかった。 「……先生のステージ見たかったなぁ」 無言で移動する中、林檎の男性的な力強さを意識してしまう自分の気を逸らそうと、朔夜がポツリと言ったその言葉に林檎はくすりと笑って返した。 「それなら大丈夫よ。今後の授業の教材にするためにカメラに収めてあるから見ることは出来るわ」 「そうなんですか。ああ、でもやっぱり生で見たかったです……。きっと凄かったんだろうな」 「ふふ、ありがと。具合が良くなったらアタシの所までいらっしゃい。今日の映像を解説付きで見せてあげるから」 にこりと微笑んだ林檎に朔夜も笑顔を返し、礼を述べる。 さっきまでのドキドキはすっかり消え去り、朔夜は静かに目を閉じた。 「先生」 「なーに?」 「これ、外見的に見たら男が女に抱き上げられてるように見えますよね……」 「あははは、そう見えるかもね! でも、生徒も教師も今はみーんな講堂にいるから誰も見てないわっ」 けれど林檎は気付いていた。 どれだけ見た目が少年っぽく見えたとしても、朔夜がきちんと女の子の格好をすれば、とびきりの美人になるだろうということを。 「先生」 「はーい、なに? サクちゃん」 目を閉じ腕の中で大人しくしている朔夜に視線を向けて林檎は答える。 か細くなっている声は眠りにつこうとしているのか、自分を信頼して身を任せてくれている朔夜を愛しく感じた林檎だった、が。 「せん…せ……。この、浮遊感が…………キモチワルイ」 うっぷと手を口にあて、顔を真っ青にした朔夜を見て慌てて走る。 「きゃあああ、待って、待ってぇ!! すぐトイレに向かうから!!! それまでがまんして!? ね? ね!?」 「さらに揺れが…うぇ…ううう……」 「ぎゃああぁあああ」 もしもそれを見ている人物がいたとしたらこう言っただろう。 その時の月宮林檎の全速力の走りは誰が見ても「男」だったと……。 下から奪うようにちゅーする時の林檎くんのあのスチルが大好きです。 まぁ、Tシャツはいただけませんがw |