※ オリキャラのみの登場です。プリンスが出てきません。 もしかして実は偽者? なんて思うような怪しい道に行くこともなく、車はオフィス街にあるビルの駐車場へと入って行った。ちらりと確認のために観察してみたけど、たしかに何処かの芸能事務所っぽい名前の看板が掲げられてる。ただし、私がHAYATOの所属事務所の名前を知らないから、それが合ってるかどうかまでは判別出来ないんだけどね。 マネージャーさんの話の内容から本物と判断したわけだけど、そんな確証もない状態で面識もない人の車に乗るだなんて無謀もいいところ。これをみんなに知られたらものすごく怒られそうな気がする。 先に降りた彼の後を案内されるままにエレベーターに乗り込み、着いた先には一人の女性。ここが事務所の全部ってわけじゃないだろうから、何フロアか所有しているのかな。その人とマネージャーさんが少し話し、大きな封筒を受け取ってた。 それからまた後をついていって、ある扉の前で立ち止まる。 標準的な事務所の大きさがわからないんだけど、きっとそれなりに大きなところなんだろうな。如何せん学園の施設や社員寮なんかが規格外すぎるほどに大きいので、そういうことに関してかなり感覚が麻痺しているように思う。 「さぁ、どうぞ」 ノックをしてから開けられた重厚な扉。先に入るように促されて足を進めたその中には、五十〜六十代くらいの気難しそうな男性が、大きなデスクの向こうに腰掛けて入ってくる私を見つめていた。 造りは学園長室と同じような感じ(もちろん西洋の鎧とかそんなものは置かれてないけど)だし、貫禄から見てもこの人がここの社長さんなんだろう。 目を細めこちらを値踏みするかのような視線がちょっと感じ悪い。自分が呼んだくせに。 軽く頭を下げて立っていると、マネージャーさんに中央に用意されている、応接セットの革張りのソファに座るように勧められた。だけど別に長居をする予定はないから、その近くに移動するに止めておく。 「初めまして、秋朔夜くん」 視線だけを寄越して短く挨拶をされたので、私も再度頭を下げてそれに応えた。 「初めまして。直接お話をとのことでしたので伺いました。出来れば手短にお願いします」 ここに来るまでに音也くんから電話が掛かってきた。 今現在の状況をどう説明すればいいか思い浮かばなかったし、すべてを話すことも出来ない。それに嘘はつきたくなかったから出ずにそのままにしておいた。しばらく鳴り続いた後、切れてからは再度掛かってくることはなかった。 部屋を訪ねて私がいなかったから、とりあえず電話をしたってところかな。緊急の用事ではなかったんだと思う。 こうやって社長さんを前にして、また掛かってきても困るから少し前に電源は切っておいた。 再度音也くんが掛けてきてくれていたら―――もしかしたら心配をかけてしまっているかもしれない。 誰にも告げずに出てきてしまったし、先月の七海さんの件もあって、余計な気を揉ませてしまうだろうから少しでも早く帰らないと。 そう思っての発言だけど、暗に連れてこられたそれに関して、『その意思はない』と伝えるためでもある。 「穏やかそうな見た目と違ってなかなか勇ましいな。それくらいの強気がなければ芸能界は渡ってはいけない……、が時と場合、相手を考えて発言したまえ」 威圧的で尊大な言葉にムッとなるけど、それに気圧されて萎縮することはない。腹立たしさの方が勝ってるからと言えばそうなんだけど、これも一種の学園効果でもあると思う。 あの学園長の本気は半端ないもん。恐るべしシャイニング早乙女、さすが伝説のアイドル(が関係あるかどうかは謎だけど)。 「礼を以って接する場は心得ているつもりです」 「ここは、私はその相手ではないと?」 「そういうわけではありませんが、ここへと来ざるを得なかった僕の心情をご理解していただければと」 「ふむ、うちのは少々強引がすぎたようだな」 この件は自分が命じたわけではないとでも言いたげに、やれやれと肩を竦めてマネージャーさんを横目で見る。それを受けて「申し訳ありません」と頭を下げる彼も、本心からの言葉じゃないだろう。 こういうお互いの腹を探り合うような言い回しは好きじゃない。 けれど断ろうとした私をわざわざここまで連れてきたのだから、何かしらのアクションがあると思ったんだけど、これはもしかして、王道の権力をかさにってパターンですかね?それとも社長さんを目の前にして、はっきりと拒否すれば「そうですか」って帰してもらえるとか。 ――――それはないか。 「それにですね、ここへ来ることを誰にも伝えてこなかったので、あまり遅いと心配されますから」 「なるほどな、たしか早乙女学園の寮は二名一室だと聞く」 私が一人部屋だということは言わずにそれに黙って頷いておく。 同室者がいてその一方の帰りが遅い、もしくは戻って来ないなんて話になれば教師、ゆくゆくは学園長も知ることになる。ないとは思うけれど、いざという時の保険という意味でも話すべきではない。 ま、どっちみち明日も学校だし、頭の片隅で危惧しているようなことにはならないだろうけど。 「社長、これを」 張り詰めていた空気が少しだけ緩んだところを見計らって、マネージャーさんが部屋に入る前に受け取っていた封筒を社長さんに渡した。すぐに封筒から仕事の書類なのかな、それを取り出してサッと目を通す。 学園長ってこういう仕事は全部日向先生に押し付けてるっていうし、やっぱりこれが社長さんのあるべき姿だったりするんだろうなぁ。 それにしても話をしたいと言っていたはずなのに、全然本題に入る素振りがない。早く帰りたいとも伝えてあるのに。 とりあえずそっちが話さないなら、と思って疑問に思ってたことを聞いてみることにした。 「あの、一つ質問してもいいですか?」 「何でしょう」 答えたのはマネージャーさんの方だった。社長さんの方は書類に目を落としたまま反応なし。うん、まぁ答えてくれるならどちらでもいいんだけどね。 「僕が何故、トキヤくんのことを知っているとわかったんですか?」 学園は事務所やテレビ局があるような都心部からは少し外れている。 けれど早乙女キングダムやショッピングモールなど、一般の人も気軽に来れるところにだって私達は普通に出掛けてもいたから、それを見られていたのかもしれない。 だけどトキヤくんが学園に通っていることが知られている風でもないから、そういうところを目撃されたわけでもなさそうなんだよね。 表向きそれを装っているのか、それとも全然別の理由があるのか。 「テレビ局で、HAYATOが君を楽屋に招いたでしょう?」 私が見ていなかっただけでマネージャーさんはあそこにいたらしい。 でもそうだよね、よっぽどのことがない限り、タレントさんがいるところにはマネージャーさんはいるものだろう。 「知っての通りHAYATOはトキヤです。初めてトキヤを見た時、驚きませんでしたか?」 「え、はい。まるっきり別人だと……」 私にとってはトキヤくんの方が馴染み深いから、HAYATOがトキヤくんだと知って驚くというよりも、トキヤくんがHAYATOだったということに驚いたんだけどね。同じように思えるかもしれないけれど、これは大きな違いだ。 「そうですね。トキヤは誰の前でもHAYATOでいます。だからこそテレビ局、打ち合わせ、事務所でもHAYATOがそうであるように誰とも気兼ねなく話す。 しかし本来のトキヤはそういう性格ではありませんから、その正体を知られまいと、不自然にならない程度に人とは距離を置きます。決して深い付き合いはしない」 正体を知られないようにというよりは、彼自身のパーソナルスペースを守るためなんじゃないかな。 HAYATOとしてそこにいる以上、傍に人がいればそれを演じ続けなければいけない。表面的な付き合いであれば仕事場だけで済むそれも、プライベートでもそうなってしまえば、彼が『一ノ瀬トキヤ』に戻る時間はほとんどなくなってしまう。 「そんな彼ですから、いくら打ち合わせだといっても楽屋に人を招くことはそうそうあることではないんです。特に自分から言い出して、相手と二人っきりになるだなんてことは皆無と言っていいでしょう。なのに君を招いた。 それがどういうことなのか考えましてね」 きっと彼が楽屋にいる時は、マネジャーさんでさえもあまり近寄らないのかもしれない。 HAYATOを演じる時は、自分を殺して集中力を相当高めないと出来ないと言っていたくらいだから、この人達もそれを知ってるに違いない。 「あの時以来、HAYATOの肩の力が抜けたように見えました。その時にでも君に話したのかなと。 あのHAYATOが何故、君に話したのか。ずっと不思議でなりませんでしたが、今回直接君と話してみてなんとなく理解出来ましたよ」 そんな細かいところに気付いて、彼が自分のことを私に話したのだろうと、推測するほどに気にかけているんだったら―――そこまでわかってるなら、トキヤくんがどれだけ悩んでいたのかだって気付いてもいいはずなのに。 もしかして知っていて尚、そのことには見て見ぬ振りを続けてきたというのだろうか。 文字数限界だったので中途半端なところで切ってます。すみませーん。 |