触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□10月  −一難去って、その後は?−
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私の携帯が着信音と共に震えたのは、レンくんと真斗くんの部屋から自室に戻り、さっき二人と話してた時に思い浮かんだイメージを忘れないうちに音にしたいと、制服を着替えもせずにピアノを弾いてた時だった。

いつもなら着信相手を確認して、知らない番号から掛かってきた場合には絶対に出ないんだけど、その時は頭の中で音を組み合わせることに集中していたから、それを乱すように響いた音に条件反射で通話ボタンを押しちゃったんだと思う。


「もしもし」

『秋朔夜くんですか?』


知らない男の人の声。聞いたことのないそれは私からすれば間違い電話かと思いたくもなるが、向こうはこっちが誰だかをわかって掛けてきている。
となれば自然と警戒心も高まるのは当たり前だろう。


「どちら様ですか?」


少し胡乱気にそう尋ねれば、相手にもこちらの雰囲気が伝わったんだろう。第一声で聞こえた声よりも柔らかい口調で、すぐに身元を明かしてくれた。


『ああ、すみません。私はHAYATOのマネージャーの―――と申します』

「HAYATO、さんの?」


共演したのはたったの二回。そのどちらの現場でも彼のマネージャーさんと会ったことはなかったから、顔はおろか声なんて知ってるはずがない。

だからこれが本当にHAYATOのマネージャーさんかどうかさえ、私には判断出来ないから返答に困る。もしもそうじゃない場合だとして、それを名乗って私に電話を掛けてくる意味もわからなくて、ますます頭は混乱する一方だ。

だけど相手が誰であろうと今現在の段階では特に支障はないし(不気味ではあるけど)、本物なのかどうかは話を聞いていけばわかるはずなので、適当に話を合わせておくことにしよう。


「その節はお世話になりました。失礼ですが、どうして僕の連絡先を?」

『誠に勝手なことなんですが、君に話したいことがあったので、おはやっほーニュースのスタッフに、誰か連絡先を知っている人がいないか問い合わせたんですよ。気を悪くしたなら謝ります』


これがHAYATOに聞いたということなら嘘だとすぐに見抜けたけど、おはやっほーのスタッフに聞いたとなるとなるほどと頷けてしまう。

前に寮まで迎えに来てもらう話が出た時に、わざわざ部屋まで訪ねてもらうのは申し訳ないと、近くに着いたら電話を掛けてもらえるよう番号を教えていたから。


「突然のことなので驚いてはいますが、そんなことは。それで、どういったご用件でしょうか?」

『HAYATOと共演した君を、うちの社長が気に入りましてね。ぜひ話をしてみたいと』

「はい?」


最後に番組に呼ばれたのはもう二ヶ月も前のことだ。このタイミングでそんな申し出を受けるなんて思ってもみなかった。


「それは学園を通して頂ければと存じます。僕はここの生徒で学園預かりの身ですので」


別にそういう決まりがあるわけではないし、ただの学生である私と話すのにわざわざ学園を通す必要はない。実際、学園で学んでいた人の中にも他の事務所からデビューが決まって辞めていった人もいる。

ただ私の場合は少々特殊だし、ある意味推薦入学といえなくもないから、やはり学園長の許可なく迂闊なことはしたくない。


『はっきり言いましょう。うちの事務所にあなたが欲しいんです。だから学園を通して早乙女社長に言うのもおかしなことでしょう?
それにあなたはまだ、ただの学園の生徒というだけでシャイニング事務所のものではないのですから、遠慮はいらない。と、これは個人的には思うことですけどね』

「それは……」

『あなたにHAYATOと組んでユニットとしてデビューしてもらいたい。この話はHAYATOも知っています。うちに来てくれればすぐにでもデビュー出来ますよ。どうですか?』


なんだかとんでもない内容を耳にした気がする。

HAYATOと私がユニット?

いや、それよりも気になったのはHAYATOもこの話を知っているということ。だけどHAYATO……トキヤくんからはそんなこと一言も聞いたことがない。


「それは、歌をメインで活動出来るということですか?」

『もちろんです。今まではバラエティーメインでしたが、君と組むならば、HAYATOには歌手活動に専念してもらおうと考えてますよ』


この話をトキヤくんはどんな思いで聞いたんだろう。歌を歌える。たとえHAYATOという姿だったとしても。それがもっと早くから出来ていれば、彼は今とは違った形でHAYATOと向き合えていたかもしれない。

だけど一ノ瀬トキヤという存在を認めてもらえないならば、遅かれ早かれ、彼の心は閉ざされていってただろうとも思う。

彼がこの話を私に言わなかった理由。

そうなれば話は簡単、彼自身はこの話に興味を示さなかったということだ。だから言うまでのことはない、と。

デビューこそ決まっているわけではないけれど、私達は最高の仲間と、今まさにユニットを組んでいる。トキヤくんはトキヤくんとして歌うことが出来る今に、すべてを賭けたということ。


「大変ありがたいお話ではありますが、」

『秋くんは、一ノ瀬トキヤという人物を知っていますか?』

「っ、……」


いきなりトキヤくんの名前を出されて言葉が詰まる。何が目的なのかわからない。


「……聞いたことのない名前ですね。すみません、恥ずかしながら業界の方はあまり詳しくなくて。アイドルの方ですか?」


トキヤくんを知っている人にとってはHAYATOは双子の兄。だけど反対にHAYATOだけを知っている人からすれば、トキヤくん自身がHAYATOそのものなのだから、彼の存在は極一部の人しか知らないことなっているだろう。

だからこの受け答えで間違いはないとは思うけど、きっと誤魔化しきれてはいない。
この人は頭の切れる人だ、さっきの動揺は少なからず見抜かれていると思う。

そして彼の口からトキヤくんの名前が出たことで、疑いようもなく彼が本物のマネージャーなのだと信じることが出来たのは、良いことなのか悪いことなのか。こんな面倒な話になるんだったら、いっそ名前を騙った人だったらよかったのに。


『HAYATOが君を気に入っているのも頷けるな。頭の回転が良さそうだし、何より口が堅い。ますます君が欲しくなりました』


この人は駄目だ。頭の片隅で警鐘が鳴り、そう告げてくる。話し続ければいつかこれ以上にボロが出てしまうかもしれない。


「申し訳ありませんが、」

『実は今、学園の門の外にいるんです』


さっきから強引に話を切っては、こちらに否を言わせないようにしている。

その度に気になる発言をしてこちらの興味を引こうとしているが、これにはさすがに焦りを感じた。

トキヤくんは今日仕事のはずなのに、そのマネージャーさんが学園まで来ている。それは彼の仕事がすでに終わっているということになる。

もしかしたらずっと付いているわけではないのかもしれないけれど、もしそうなのだとすればこのままではマズイだろう。


「HAYATOさんは今日はお休みなんですか?」

『いや、もう終わりましたよ。自宅へ送ってすぐにこちらに来ましたから』


困ったことになった。

トキヤくんは事務所の人にバレないように一度その自宅(結構立派なマンションらしい)に帰り、しばらく時間を置いてから寮に帰るのだと前に話してくれたことがある。

仕事がいつ頃終わったのかはわからないけれど、下手をしたら鉢合わせてしまうかもしれない。

私がHAYATOの正体を知っているというのは何故だか知っているみたいだけど、さすがにここにトキヤくんが通っているということは知らないみたいだから、なんとかして帰ってもらわないと。


『君が話を聞いてくれると言ってくれるまでは、ここを動くつもりはないです。強引だとは思いますが、それくらい君のことを買っているんですよ』

「だけど僕は」

『トキヤのことを思うなら、事務所まで来てもらえませんか』


強引も強引すぎる。大体こちらの都合なんてまったく考えてないし、意見を聞くつもりもない。しかも言うに事欠いて、『トキヤくんのことを思うなら』?


彼のことを思ってないのはあなたたちの方じゃないか。トキヤくんを見ずにHAYATOを押し付け続けた。その結果、好きな歌を楽しんで歌うことさえも忘れ、トキヤくんは苦しんでいたっていうのに……。

断ることは出来る。

トキヤくんだってすでに自分の道を決めて歩き出しているんだから、従う必要はまるで感じない。けれど私がそう言ってこの人が本当に帰らなかったら、彼が学園に通っていることが知られてしまう。

たとえここで知られたとして彼自身の決心は揺らぎはしないだろうけれど、それはあくまで彼自身が決着をつけることで、不本意のうちに知られてしまうことはあってはならない気がする。


「……そういう言い方は卑怯ですね。わかりました、お話だけは伺いますよ。今から外に出ます」


腹が立ってきたからそれだけを告げて携帯を切り、足早に部屋を出る。
どうせ断るつもりなんだから、それなら会って直接文句でも言ってやろうじゃないですか。







時間軸が前後してますが、学園祭前のお話です。
もちろん咲太ですから、事件という事件になるはずもありません。

とりあえずそろそろ決着をつけたいHAYATOと事務所の話ですが
うまく書けるかどうか……はうはう。
ちなみに事務所とマネージャーはゲームやアニメ設定とは違うつもりで書いてますので(若干ゲームより)あの社長や、氷室マネさんではありませんっ。

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