―― 学園祭 1週間前 ―― 「おかえり、トキヤっ」 ベッドの上で寝転がって音楽を聞いていた音也は、トキヤが帰ってくるなりバッとヘッドフォンを外し、すぐに近付いてきた。 「何度か電話したのにトキヤ、全然出ないんだもん」 「え? ああ、確認するのを忘れてました。何か用事でもありましたか」 そう言われて鞄を机の上へと置き、携帯を確認してみれば、音也からの着信が数件表示されていた。 自分が外出時に電話に出ることはほとんどないのを知っているはずなのに、そうとわかっていても何度も掛けてきた音也の行動が理解出来ずに、内心首を傾げる。 だがそれはトキヤから問わずとも、すぐに彼の口から聞かされることとなった。 「朔夜から連絡とかないよね?」 「? 何故です?」 彼らが集まっていたならば、何か変更することでもあったのだろうかと思うところだが、今日の練習はなかったはずだ。 そもそも朔夜なら自分がその時間帯に何をしているか知っているので、わざわざそれを連絡してくることはありえない。寮でも教室でも会うのだから急ぐ必要がないからだ。 どうしても前もって知らせておきたいことならば、メールを送ってくるはずだろうが、それも特に来ていない。 「朔夜、出掛けてるみたいなんだけどさ。トキヤはどこに行ったか知ってるかなって」 「朔夜が?」 「うん、部屋にいないんだ。電話もしてみたんだけどトキヤと一緒で出ないんだよね。だからもしかしたら一緒なのかなーって思ってトキヤに掛けてたんだけど」 「レンや翔のところには?」 「俺もそう思ってマサと那月のところ行ったけど、いなかったんだよね」 時に問いかけを挟みながら、音也が話すのをじっと聞いていたトキヤの眉間の皺が、質問を重ねる度に深くなる。 「最後に見たのはいつですか?」 「学園でかな。今日、練習なかったじゃん? 俺は久しぶりに翔とサッカーする予定だったから、翔のとこ行った時に教室で」 授業が終わってからトキヤが帰ってくるまでは三時間ほど。これくらいならどこかに出掛けているとも考えられなくない。しかし電話に出ないというのが気にかかる。 トキヤの携帯からも彼女に掛けてみるが、音也の言うように繋がらない。そもそもの電源が入ってないようだ。 とにかくいつ頃まで寮にいたのか。まずはそれを確認しようとトキヤはドアへ向かった。 「どこ行くの?」 「レンのところへ。朔夜と一緒に寮に戻ったのは彼でしょう」 音也もすでに訪ねてはいるが、彼から話を聞くよりも直接レンに聞いた方がより詳しく聞けるだろう。 「俺も行くっ!」 慌てて後ろを着いてくる音也に目もくれずに、トキヤは一路レンの部屋を目指す。 ここのところずっと練習ばかりだったし、羽を伸ばすためにただ外出しているだけだと思いたい。けれどトキヤの頭の中には、どうしても拭えない不安があった。 「ああ、寮までは一緒に帰ってきたぜ?」 音也と共に部屋を訪ねたトキヤを訝しげな顔で迎えたレンは、朔夜の名前を聞いてすぐ反応する。もちろんそれは部屋にいた真斗も気になったようで、読書を中断して話に加わる。 「一時間くらいは部屋で、ああ、この部屋だよ。そう怖い顔すんなって。ここで話してから部屋に帰った」 「俺もいたからそれは間違いない。その後出掛けたとしてもまだ約二時間だ。騒ぐほどのことでもなかろう」 「だけどさ、電話に出ないんだよね。俺が掛けた時はコール音したけど、さっきトキヤが掛けたら電源入ってないって」 音也が朔夜のところに電話を掛けたのが今から約一時間程前で、実際に部屋を訪ねたのがそのまた更に十分前。レン達と別れ、次に音也が訪ねるまでの時間は五十分前後、外に出るには十分用意する時間があるし、特におかしなところもない。 ただやはり気になるのは電話が繋がらない点だ。 「どこかに出掛けるとは聞いてないけどね」 「用事を思い出して、という場合もあるから一概にないとも言い切れん」 「朔夜、たまに携帯忘れるじゃんっ。もしかして部屋に置いてって充電切れたとかかな?」 あり得ないことではない。朔夜は携帯は持っていても今まであまり使うことはなかったようで、なければないで構わないというようなところがあった。あまりに放置しすぎて充電が切れる、なんてことも実際にあったくらいだ。 何度か連絡しようとしてそういうことが重なったため、レン達がなんとか改善させた、はずではある。 最近でこそ自分達と出掛けることが多くなったが、一人でふらふらとするのが好きなことも知っているので、やはり考えすぎなのではないかとトキヤを除く三人は思うのだ。ただ、どうしようもない胸騒ぎがするのは何故だろう。 「こないだの、七海みたいなこと……じゃないよね。だって朔夜は男だし、女子とか見てても朔夜は好かれてるもんなぁ」 ぽつりと呟いた音也の言葉に、三人は一瞬その可能性も考えた。 もしも自分達以外の誰かに彼女の性別を知られたならば? たしかに呼び出しには応じざるを得ないかもしれないが、それはシャイニング早乙女も龍也も知っていることであるし、もとはと言えば学園からの指示の上だ。その場合はきっと相談してくれただろう。一人で向かうはずはない。 となるとやはり出掛けているだけなような気がするのだが、トキヤだけは楽観視出来ないで考え込んでしまう。 「血相を変える、とまではいかないけど明らかにおかしいぜ? イッチーはアッキーがいないことに心当たりがありそうだ」 「俺の目にもそう見えるな。ただの外出ではないかもしれない。そう一ノ瀬が思う根拠はなんだ?」 「………………」 どことなくトキヤが何かを知っているような、そんな態度。 問われたトキヤが沈黙してしまえば、その予想が外れていないことを意味した。 だがレンも真斗もそれを聞こうとは思わなかった。何か危惧していることがあるならば、ここで問い詰めるよりも朔夜の所在確認が先だと思ったからだ。 「どうしよう。部屋、開けてもらう?」 「気は進まないね。まだ緊急事態だと決まったわけじゃないし、それは最後だろ」 (それに、主のいないレディの部屋に入るなんてマナー違反だ) とはレンだけじゃなく、トキヤや真斗も思ったことだろう。 「イッチー?」 何も言わずに携帯を取り出したトキヤは、すでに誰かに掛けているらしく、レンの呼び掛けには答えなかった。 「一ノ瀬です。すみませんが正門付近の監視カメラの映像を確認していただけませんか。 ……いえ、まだ決まったわけではありませんが、一応確認のため。はい、大体時間は――――ですね。よろしくお願いします」 通話を終えたトキヤは、レン達を見つめ静かに話す。 「聞いていたと思いますが、日向さんに監視カメラをチェックしてもらうように頼みました」 「何でリューヤさんのナンバーを知ってるのか気になるところだけど、なるほどね。それでアッキーが敷地内を出たのか、出たとしたらいつ頃だったのかわかるってわけだ」 そこはダミーや隠しカメラではないので、生徒もみんな知っているポイントでもある。レンの言葉に更に付け加えるなら、正門の前の通りまではっきり映し出すので、どちら方面に向かったかで、ある程度ではあるが朔夜の行動も推測出来るかもしれない。 「映像を確認し次第、折り返し連絡をくれるそうです」 常に稼動しているそれに映っていなければ、朔夜は敷地内にいるということだ。もしかしたらどこかの部屋で練習をしているのかもしれないし、さっきの音也の想像通り、誰かに呼び出し―――悪い意味でなければ、告白のための呼び出しなども考えられるだろう。 などと説明してる五分ほどの間に、トキヤの携帯が鳴り響く。 おそらくトキヤと話をしながらもすでに動いていたのだろう。でなければこんなに早いはずはない。たかだか生徒の二時間ほどの外出だ。他愛ないこととして、まともに受け取ってもらえない可能性だってあったはずなのに、これだけ即座に反応出来るということは、やはり彼らの間で何かしらこういうことが起こりうると危惧していたからなのだろうと、レンと真斗は判断した。 未だ状況を把握しきれない音也も、何か『大変なことになっているかも』というのは雰囲気から感じ取れるため、電話に出るトキヤを緊張した面持ちで見つめる。 「はい。―――――そうてすか。今から伺います」 朔夜が映っていたのは間違いなさそうだ。 レンと真斗は、トキヤの短い通話中にすでに上着を羽織り、いつでも出れる準備を整えていた。 「学園長室へ行きます」 「……学園長も、か」 低く呟いた真斗の声は聞こえなかったことにして、部屋を出るトキヤの後を三人も追った。 学園長室にはプロジェクタが用意されており、四人が入室すると同時に室内の明かりが落とされた。 前置きも何もなく映像が投影され、しばらくは平常と変わらない正門の様子が映し出されるだけで、特におかしなところはなかった。 しかしそれに杞憂だったと安心するのは早かったようだ。 「午後五時四十分過ぎ、そろそろ秋が映る」 龍也の言葉にハッとして、四人のスクリーンを見つめる瞳に自然と力が籠もる。 人影が現れたと思ったら、様々な角度から捉えられた映像に切り替わり、その中のひとつに朔夜の顔をアップに映したものを見つけた。 どこか強ばった顔をして早足で正門を通り抜ける。カメラはその後姿を追い続け、小さくなっていく朔夜の背中を映し出していた。 ただ道なりに歩いているかと思われた彼女が、車道を横切り一点を目指していく。 そこで一時停止をし、龍也がリモコンを操作すると朔夜の姿が拡大、また処理が施されて映像が鮮明に映る。コマ送りで動かしながら龍也が再び口を開いた。 「秋は停車していた車に自分から乗り込んだ。どういう事情があったかはあいつに聞かなきゃわかんねーが、それまでの表情と動きからして、進んでってわけではないだろうな」 カメラは車の後部を捉えているため、運転席に座る人物まで知ることは出来ない。だがその車がはっきりと映し出された瞬間、トキヤが息を呑んだのに誰もが気付いた。 そして確信を持って吐き出された言葉。 「!! あの車は………」 |