運命の分かれ道、今日は放課後にステージの抽選会がある。 この間決めた音也くん、那月くん、レンくんの三人にすべてを託して、私達はレッスンルームで待機中。本当ならせっかく取れた時間だしやることは山ほどあるんだけど、どうしても気がそぞろになって練習に身が入らない。 七海さんの伴奏も音が飛んだりと、やっぱり気になっているようだった。なので彼らが帰ってくるのを練習せずに待つことにした。 どうせそんなに時間のかかることではないだろうし、中途半端に練習するよりは、結果がわかってから打ち込んだ方が何倍もいいだろうから。 「なんかすっげー緊張すんだけど」 「たった一度きりのことだからな。すべてがここにかかっているとなれば、抽選に赴いた当事者ではないとはいえ致し方ない」 「わたしもさっきからドキドキしっぱなしで」 「私達の本番はあくまで卒業オーディションです。外れたとしてもそんなに気にすることはないでしょう」 「トキヤくんは冷静だなぁ。たしかにそうかもしれませんけど、やっぱり実際にステージに立ってみてわかることもあるでしょうから、その卒業オーディションのためにも、前哨戦として出ておきたいところですね」 実はそんなこと言うトキヤくんも、本当はこのステージに立ちたいと思ってるんだっていうことは、さっきの練習からわかってるんだ。だっていつもなら完璧なはずのピッチをちょっと外してたし。 そんな感じでそわそわしながら待ってたんだけど、しばらくして音也くんとレンくんが、なんだか浮かない顔をして戻ってきたのを見て、駄目だったんだと誰もが感じた。 この状況で結果を聞くのはわかりきっていて非常に気が進まないけど、聞かないと音也くん達も言い出しにくいだろうから、と思いきって聞いてみた。 「どう、でした?」 「――――はぁ、オレとしたことがツイてないな」 髪を掻き上げながら苦笑いを浮かべるレンくんに、音也くんも拗ねた声を上げる。 「本当だよ。俺、すっげー楽しみにしてたのに……」 二人の言葉からもやっぱり駄目だったんだとあらためて実感してしまって、私達は一斉に深い溜息をついた。 なんだか沈んだ心と一緒に身体まで重くなった気がする。これは気持ちを切り替えて練習するにはちょっと時間が必要そう。 学園在学中にみんなの前で、自分達だけで最初から最後まで構成したものを発表できるのは、学園祭のステージ、それから後は卒業オーディションの場しか残っていない。 レッスンで歌ったりすることはあってもそれとはまったく違うからこそ、今回のステージに立ちたかった。 「そうですか。こればっかりは、どうにもなりませんからね……。そういえば那月くんは一緒に戻ってこなかったんですか?」 一緒に行ったはずの彼だけがまだ戻ってきてない。もしかしてステージを引き当てられなくて、責任を感じちゃったりして戻って来難いというのなら迎えに行かなきゃ。 「ん、那月? 那月なら」 「サクちゃ―――ん!!」 バンッと開いた扉から那月くんが飛び込んできた。まだ扉付近に立ってた音也くんとレンくんは、それをスッとかわして横に避ける。 おおー、さすがに慣れてきたんだなぁ。って、あれ? 那月くん意外と元気。 「ほわっ!?」 華麗なその動きに気を取られて、私の名前を呼んで突っ込んで来てる那月くんを忘れてた。気付いた時にはもう目の前で、ぎゅーっと抱きつかれちゃってた。 うー、首元に顔埋められると、ふわふわの髪の毛が当たってくすぐったいんだよねぇ。 「那月くんっ?」 その体勢のまま動かなくなった那月くんはやっぱり落ち込んでるのかなぁ。でも入ってきた瞬間、ものすごく笑顔だった気がするんだけど。 「えーっと、」 「四ノ宮、気持ちはわかるがサクが困って……ん?」 何なに? 那月くんを宥めようと近付いてきた真斗くんが何かに気付いたみたい。クシャと紙の音がしたんだけど、那月くんが持ってたのかな? 「……神宮寺、これはどういうことだ」 しばらくの沈黙の後、何やら不穏なトーンで真斗くんが名前を呼ぶ。 それを受けたレンくんが、さっきまでの暗い顔が嘘のようにニヤッと笑った。 うん? なんだろう、ステージがハズレたにしては雰囲気の切り替えが早い気がする。 昔のレンくんならどっちでもいいとか言ってたかもしれないけど、今はしっかり練習してくれてるし、今回のことだって案まで出してくれて、乗り気だったんだから残念がらないはずがない。 それによくよく考えてみれば、音也くんもなんか想像してたリアクションじゃなかったし。彼ならもっと落ち込んでいても良かったと思うんだけど、落ち込むというよりは本当に拗ねた感じだったよね。 「あのー、どういう状況なのか説明してください」 「こんな時に嘘をつくなど、お前はどこまでもふざけたやつだな」 「嘘?」 「聖川さん、それを見せてもらえますか」 那月くんが離してくれないせいで首が回らないんだけど、さっき真斗くんが見つけたらしい何かを、今度はトキヤくんが確認してる……のであってるよね? それに続いて翔くんや七海さんも一緒に動くような気配を感じた。すごく気になるから私も見たい。 「那月くーん、ちょっと一回離して……」 「聞いてくださいサクちゃん!! 僕やりましたっ!」 「へ?」 ください、と最後まで言う前にガバッと顔を上げた那月くんが、瞳をキラキラさせて満開の笑みを咲かせてる。 「マジかよっ!!」 「やりましたねっ」 と同時に翔くんと七海さんの喜ぶ声も聞こえてきて……え、……え? ここまでの状況を推測するに、辿り着く答えは一個しかないんだけど、すみません、誰でもいいので私に確かな情報を教えてくださいっ。 と思った心の声が聞こえたのかどうだかはわからないけど、トキヤくんがふぅとひとつ息をついてから教えてくれた。 「どうやら私達は……学園祭のステージに出れるようですよ、朔夜」 「……本当ですかっ!?」 予想はしてたけどやっぱり信じられなくて、くるりとトキヤくんの方に自由になった顔を向けると、「ええ」と満面の笑みを浮かべていて、もし肯定の言葉なんてなかったとしても、その表情だけで本当だとわかるほど。 「それにしても、レンも音也も一体どういうつもりで先程の発言をしたのか。きっちり説明をして頂きましょう」 「え? 俺なんか悪いこと言ったっけ?」 「別に嘘は言っちゃいないぜ? ただツイてないって言っただけさ。なんたってシノミーが、」 「ピピッとお星様が教えてくれたものを引いたら、当たりだったんですっ!」 今度はレンくんの言葉を遮って、那月くんが興奮気味に話す。 こう言ってはなんだけど、褒められるのを待ってるワンちゃんみたいにワクワクした顔で見つめてくるから、とりあえずその頭を撫でてみる。どうやらその反応で当たりだったみたいで、またぎゅーってされそうになったところを、後ろからレンくんに止められてた。ほんと、反応良くなったなぁ。 「誰から先にくじを引くかじゃんけんで決めてね。シノミーが一番だったんだけど、その時点で第一希望を引き当てちゃって、おかげでオレの出番はなし。せっかくスマートに当たりを引き当てて喜んでもらおうと思ったのに、まったくツイてないよ」 「俺もー! くじ引くの楽しみにしてたからさぁ、気合い入れてた分なんだかガックリきちゃった」 ああ、だから拗ねた顔をしてたのかぁ。そういうの好きだもんね、音也くん。 「……お前達……、それならそれで朔夜が聞いた時に、まずステージは当たったと先に言うべきだろう!」 「言ってなかったっけ? ああ、そっか。レンがツイてないとか言うから、ついそれに反応しちゃった」 「おいおいイッキ、オレのせいにする気かい?」 「音也の理由は……、まぁ、音也ですからと納得せざるを得ませんが、レン。あなたはわかってて言ったでしょう」 「ちょっとしたイタズラじゃないか。ダメだと思ったのに大丈夫だったってことになれば喜びも大きいだろう? オレなりのサプライズさ」 サプライズですか……。うん、それはものすごく驚いたしレンくんの企みは大成功だよ。でも脱力したっていうか……。とにかく嬉しいことに違いはない。 詳しく話を聞くと、那月くんが遅れてきたのはどうやらステージの順番を決めるためだったらしい。 私もさっきみんなが見ていた紙を貸してもらって目を通す。ステージは第一希望の講堂、しかもそこのラストステージだ。 「これはすごくやりがいがありますね!」 「メインステージのトリだもんなっ! 客も最高潮に盛り上がってるとこに、俺様達の出番ってわけだ」 「講堂でいっちばんいいステージにしよう!! それまで見たものが霞んじゃうくらいのさっ!」 他のみんなも、ものすごく力入れてくるだろうけど負けられないよね。 優劣をつけるための発表の場じゃないけれど、他のどのステージよりも、見ている人達を楽しませたいって気持ちは抑えられない。 |