触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□10月  −一難去って、その後は?−
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「はははっ、ぶっ。な、那月っ、お前……何一人で……っ、だ、だめだっ。ひー、腹、痛ぇ!」

「トキヤが……は、HAYATOっ! あのトキヤがっ。おは…っ、あははははっ!」


うん。この状況で私の心配なんて、とんだ取り越し苦労だったってことだけははっきりした。

ひとしきり笑いに笑った後、なんとか混み上がる衝動を収めた音也くんが立ち上がって、トキヤくんに近寄りグッと顔を覗き込む。
いつものトキヤくんらしくなく、唖然として未だ何が起こったのか掴めない彼が、その接近に驚いてビクリと身体を引いた。


「な、なんですっ?」

「あれやってアレ! 『おーはやっほー!』って! 俺、生で聞きたいなぁっ」

「なっ……!」

「ぶっくくく! いつも堅苦しいトキヤが、あれやってたとかっ! そ…想像だけで笑えるっ」


つまりはそういうことだ。
彼らはトキヤくんに怒ったりして、肩を震わせていたわけではなく、ただ単に笑いを堪えていたってこと。

そのことをやっと呑み込めたらしいトキヤくんは、眉間のシワを深くして、見えないけれど、きっとこめかみに青筋も浮かべているかもしれない。
プルプル震える拳は、こちらはまさしく怒りから来るものだろう。


「あ……あーなーたーたーちーはーっ!!!!」


地獄の底から響いてくるような、感情を顕わにすることの少ないトキヤくんの、ドスの効いた声。まぁ、そうなるのも無理はないよね。
真剣に、真摯に話して、どんな批難が出ても自分のしたことだから受け止める。そう思って彼らの反応を待っていたのに、予想外の大爆笑。
音也くんたちの気持ちもわからなくないよ? まさか、トキヤくんがあんなキャラを演じていたなんて、イメージが違いすぎて。だけどこのタイミングで笑うのは怒られても仕方ない。

けどいくら音也くんたちでも、あんな話を聞いた直後にこうなるはずもないと思うんだけど。


「わー、ごめんっ、ごめんってばトキヤぁ」

「人が真剣に、あなたたちが受け入れてくれないのならば、受け入れてくれるまで頭を下げようとまで思っていたというのにっ!」

「やべっ、それ見たかったかも!」

「……翔っ」

「じょ、冗談だって。んな怒んなよ……っ」


音也くんが突如、携帯を取り出して誰かに掛け始める。大抵、思ったことや行動が読み取りやすいはずの彼らの言動が、今日はなんだか全然わからなくて困惑する。


「あっ、七海? うん、そう。だからもう来ていいよ。……へへ、ちょっとね……それじゃ、待ってるねー」


相手は七海さんらしい。もう来てもいいってことは、やっぱり彼女もすでにトキヤくんのことを知っていたようだ。それなのに何故、この場にいなかったのかは……。なんとなくだけど想像がつく…気がする。

しばらくして七海さんも揃ったところで、トキヤくんたちが学園長室を出ていってからのことを、今度は音也くんたちが話してくれた。


「翔たちが来た後にさ、園長先生がポチってなんかのボタン、押したんだよねー。そしたらさ、」

「いきなり聞こえたんだよな、朔夜の声が」

「なんですって?」


それは……あの場での会話を、彼らもまたリアルタイムで聞いていたということだった。
だから私たちがここに帰ってくる前から、トキヤくんが話そうと思っていたことも知っていたらしいのだ。しかも聞いていたのはトキヤくんのところと私の過去だけで、性別の話は聞いていないみたい。これは良かったのか悪かったのか……。
ただトキヤくんが発言した、「彼女」ってところに音也くんは疑問を覚えてたみたいだけど、名前は出てなかったから芸能界での知り合いか何かなんだろうと、トキヤくんに尋ねてた。もちろんトキヤくんはスルー。

私たちが帰ってくるまでの間に、彼らも気持ちの整理がついていた。そうしたところに、トキヤくんがHAYATOを演じていたことにおかしさが込上げてしまったということらしい。

それから何故あの場での会話が、学園長室で聞けたかも音也くんは話してくれた。
学園長が小型の盗聴器を日向先生に渡して、先生がそれをトキヤくんのポケットに仕込んだらしい。いつ仕掛けられたかはトキヤくんが思い当たったようで、早速ポケットの中を調べると、ペンの先ほどの機械っぽいものが出てきた。
どうしてこう…………いや、いつものことだって割り切った方がいいよね。それにこれはきっと、何かあった時のためにすぐ手を打てるように、先生たちがあらかじめ予防線を張っていた……と思っていた方が精神衛生的にはいい。それにあながち間違いじゃない気がするし。


「ホントは言いたいこととかすげーいっぱいあるけど、あんなの聞いたら、怒るに怒れねーじゃん」

「もしも僕がトキヤくんの立場だったら、と……そう考えたんです。自分を偽って他者を演じ続ける……果てない闇、ですよね」

「もともと業界に入ったきっかけはどうあれ、本当にやりたいことは歌だろ? それもさせてもらえない、『お前はHAYATOだ!』なんてことになったら、俺はあんな風に笑えねーと思った」


でもそれをやり続けたのが、トキヤくんのアイドルとしてのプライドなんだろう。歌でもそうだけど、やるからには完璧に。
だからこそ、どんどん自分がわからなくなって耐えられなくなった。


「うん、俺もそう思う。もしその立場だったらきっとさ、周りのことなんて考えないで、仕事放り出しちゃうかも。
なんで遅れてくるんだろうって不満に思ったことはあるけどさ。そんな状況におかれてたのに諦めないで、トキヤは俺たちと一緒にデビューを目指してたんだなって」

「HAYATOくんとして仕事をこなしつつ、トキヤくんの夢を叶えるために、逃げずに前を見続けていた。そんなトキヤくんを僕は尊敬しますよ。
もしも理由を聞かず、HAYATOくんだった。ただそれだけを聞かされていたら、もっと違った反応になっていたでしょうけど、それでもきっとトキヤくんのことです、何か理由があるんだろうと思ったでしょうね」

「『馬鹿にしてんのかっ!?』って一発殴ったかもしんねーなっ。けどやっぱ、そういう風に考えんのも、『あー、トキヤだな』って思っちまうんだから、俺たちにとってトキヤはどこまでいってもトキヤだってことだよな」


ずっとずっと、入学した時から私たちはトキヤくんと絆を育んできた。HAYATOでも他の誰でもない、トキヤくん自身と。
レンくんだって真斗くんだって、あそこに来るまで事情は知らなかっただろうに、何も言わずに受け入れ、変わらず接している。私を、受け入れてくれた時のように。
だから音也くんたちがトキヤくんを受け入れられない、なんてはずなかったんだよね。


「だけどさ……あのトキヤが……っぷ」

「そうそう! 日頃、『あなたには関係ありません』とか言ってるやつが……ぶっくく」


トキヤくんの声マネまでして翔くんがそう言うのに、今度こそトキヤくんは我慢ならなかったようで、再びお腹を抱えて笑い始めた二人にゴツンとげんこつを落としていた。ものすごくイイ音してたから叩かれた二人はもちろん、トキヤくんも痛かったんじゃないかなぁ。


「あれっ? そういえばレンくん。音也くんとここに来る前に電話してましたけど……もしかしてその時」


音也くんたちが事前に聞いていたと知っても、何の反応も起こさなかったレンくんと真斗くん。突然二人が笑い出してびっくりしちゃって、反応を見ている余裕がなかったけど、でも私やトキヤくんより反応が薄かったのは確かだ。


「うん、知ってた。電話した時、イッキから全部聞いたからね」

「それを神宮寺に聞かされた。―――どうかとも思ったのだが、一十木たちの気持ちもわからないではなかったのでな……」

「大体、朔夜だけ知ってるなんて、抜け駆けもいいところだぜ(二人だけで分かり合ってる、みたいなとこがムカついたし)」

「ああ、そうですよね。話せなくて、本当にごめんなさい。みんなだってトキヤくんの仲間なのに……」

「……あー、まぁ……そういう反応になるわな……はぁ」


なんか見当違いなこと言ったっけな? がっくりと肩を落としつつも、上目遣いにトキヤくんをじとっと睨む翔くんに首を傾げていると、トキヤくんがコホンと咳払いをして顔を背けた。

何はともあれ、みんながいつも通りならそれでいい。一週間後の学園祭も、それから卒業オーディションにもこのメンバーで挑めるのなら、これほど嬉しいことはない。

「ああっ!! トキヤがHAYATOだってことは……、お前、おはやっほ―の時、人のこと散々チビって言ってからかってくれたよなぁ!?」

「……何のことですか?」

あの時、翔くんはHAYATOにいじられて余所行きの顔を外しちゃったんだっけ。
さっきと同じように顔を背けてシラを切るトキヤくんに、部屋の中は笑いで包まれた。二度とこういう時を過ごせないかもしれない、なんて思ってたからなんだか無性に笑いが込上げてきちゃったんだよね。






後半をあげようとしたら字数制限に阻まれました…。中途半端ですが、一旦ここで切ります。


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