触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□10月  −一難去って、その後は?−
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静まり返った部屋。重苦しい雰囲気。


「すみませんでした」


いつの間に連絡を取っていたのか。正門のところで日向先生の車から降りた私達は、「イッキ達は部屋で待ってるってさ」というレンくんの言葉を受けて、トキヤくんの部屋でもあるそこにすぐに向かった。
中には音也くん、那月くん、翔くんの三人が揃っていたけれど、七海さんの姿が見当たらない。てっきり彼女にも連絡がいっているものだと思ってたんだけど。

出迎えてくれた音也くん達は私の顔を見て、ほっとした表情を浮かべたけど、間髪入れずにトキヤくんが「話があります」と切り出したため、すぐに緊張した面持ちになった。

この部屋には人数分の席がないから、音也くん達に席を促し、合流した私達は立ったまま。レンくんと真斗くんは部屋の隅の壁に寄りかかり、私とトキヤくんは話がしやすいように彼らの前へ。
私が出て行った後、彼らの間でどういう会話がなされたのか。そしてどう行動し、あそこに来ることになったのか。
翔くんと那月くんは音也くんから掻い摘んで聞いていたみたいだけど、その間のことは私にはまったくわからない。だからなんだろう、トキヤくんは初めから順を追って説明してくれた。

黙って行ったつもりだったけど……そうだよね、カメラって正門のところに設置してあったよね。

学園長の部屋で映像を確認して、それで私がどこに行ったのかトキヤくんにはすぐわかったと、そういうことだったのか。

トキヤくんは、私の乗った車がHAYATOのマネージャーの物だと瞬時に判断出来た理由、それから私が、HAYATOの事務所に誘われているのを何故知っていたのかも、彼らに説明しないまま私のところへ駆け付けてくれた。
きっと残った音也くん達にとって、私達が帰ってくるまでの間は、いろいろな疑惑疑念が浮かんでしまう、とても長い時間だったに違いない。
そしてトキヤくんは、その間彼らにどう思われるかも承知の上で、私を優先してくれた。すべては……自分の決断が遅かったせいだと責めて。


「初めは言い逃れることも考えました。『HAYATOから聞いて知っていた』、『マネージャーの車は今までも何度か見たことがある』。筋は通りますし、決しておかしくはない。けれど……そうやって隠したままでは何も変わらない。HAYATOを辞めたとしても、今度は『HAYATOを演じてなどいない一ノ瀬トキヤ』を演じることになるでしょう」


嘘を隠すために更に嘘をついて、そうして逃げ道をなくし、殻に閉じ籠る。そうなってしまえば、彼はもうありのままの彼ではなくなる。
本来の目的であった『一ノ瀬トキヤとして歌う』ことから、かけ離れてしまうことになるだろう。

だって、どんなに否定しても彼がHAYATOなのには変わりないから。


「朔夜からもらった言葉の意味も、もう一度考え直しました。『私だからこそHAYATOで有り得た』。私はHAYATOではありませんが、HAYATOはたしかに私が作り上げた。彼を否定することは、すなわち自分で自分自身の行為を否定することになるのではないか、と。
私を見てくれる人がいて、心の余裕が出来たからなのかもしれませんが、演じるキャラクターとして見るならば、彼は本当にやりがいがあったことを思い出したのです。でなければ、初めからオーディションなど受けには行きませんしね。
そうやって受け入れるのに少々時間がかかりましたが、今は……そう、思うことが出来ます。ただやはり、あの性格だけは理解出来そうにありませんがね」


そう言って苦笑するけど、その顔は晴れやかだった。


「今まで騙し、嘘をついていてすみませんでした」


音也くん達だけじゃなく、レンくん、真斗くんにも向き直り、頭を下げる。

その言葉は胸にチクリと痛い。
だって、私も同様に彼らを騙し、嘘をついていた、そして今尚ついているから。
どうしてあんなにもすんなり受け入れられたのか、未だもって謎だけど、何も言わずに許してくれた彼らの優しさに甘えてしまっている自分が恥ずかしい。そして、まだそのことを知らない音也くんや七海さんのことを考えると、いっそここで私も話してしまった方がいいのではないかと考えたけど、この件に被せるように話してしまってはそれこそ申し訳ない。これは私の問題だから、今回の件とは別にしっかり謝罪しないとダメだ。


「トキヤが……HAYATOなんだよね?」

「はい」


いつもの陽気な雰囲気はまるでない、トーンを抑えたボソボソとした音也くんの声。それに否定することもなく、トキヤくんは誠実に答える。

どんな批難の言葉も覚悟の上だと、トキヤくんはしっかり三人を見つめているけれど、その視線がかち合うことはない。
彼に対する事務所の扱いから、トキヤくんが何故この学園に入学したのかまで、すべてを語っている間中、彼らは眉根を寄せて下を向いてしまっていたから。


「お前はアイドルになるための学園に通ってんのに、すでにアイドルだったってことだよな」

「そうです」


それが望んだ姿じゃなかったとしても、本当の自分を取り戻すための入学だとしても、偽っていたことには変わりない。


「サクちゃんは……。サクちゃんは知ってたんですよね……」


静かに、確認するように呟く那月くんに私も濁すことなく答える。


「はい。HAYATOのことはあるきっかけがあって、なんとなくですが気付いてはいました。直接トキヤくんに聞いたのは夏休みです。
話せなくてごめんなさい。でもトキヤくんはみんなを騙すつもりで黙ってたわけじゃなく、」

「ごめん…………俺、もう無理っ」

「気持ちは……わかる、ぜ。俺だって……」


そんな。
どんな思いを抱えて今までやってきたか。それはすべて話し終えたし、十分に伝わっているはず。だけどそれらを考慮しても、彼らはトキヤくんが語らなかったことを許せないと……。


「くっ……」


じっと堪え、だけど押さえきれない想いが音也くんと翔くんの身体を小刻みに震わせているんだろうか。膝の上に置かれた手も、爪が食い込んでしまいそうなほど、強く握りしめていて。

たったこれだけのことで、瓦解してしまう、そんな危うい繋がりだったんだろうか。
音を、七海さんの曲を、歌を通して固く結ばれたと思っていたのは、私ひとりだったの?


「ごめん、サクちゃん」


まるで悲痛な叫びのように絞り出された声に顔を向ければ、那月くんが視線を上げ、泣きそうな瞳をして私を見ていた。


「ちょっと待ってみんな。今のトキヤくんの話、聞いてたでしょう? すべてを呑み込めとは言いません。けどトキヤくんはっ!」

「ぷっ………」

「へっ?」


瞬間、パッと口元を押さえる音也くんと、「バカっ」と小さく叫ぶ翔くん。


「ごめっ……でも、だめっ、俺もう我慢出来ないっ! あ、あははっ! ははははははっ!!」


突然大声を上げて笑い始めた音也くんを見て、呆気に取られてる私とトキヤくんを尻目に、今度は翔くんまでもが吹き出す始末。


「おまっ、ぷっ! もうちょっと我慢し……くっ、ぷはっ!!」


……えーっと? これは、どういうことなんでしょうか。


「うわっ!?」

「ごめんね、サクちゃん! 僕は反対したんですっ」


彼らに気を取られてる間に、いつの間にか立ち上がっていた那月くんにぎゅっと抱き締められた。
ああ。だから悲しそうな顔をしてたのか、納得。って訳がわからないから納得も出来ないよっ。







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