触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□10月  −一難去って、その後は?−
16ページ/21ページ




「トキヤくんの苦しみを和らげHAYATOを続けさせる方法、それで思いついたのが『歌』だったんでしょう? ずっとトキヤくんが歌いたがっていたのは本人から聞いて知っていたようですし。
このままではトキヤくんはますます元気をなくす。かといってHAYATOを辞めさせるわけにはいかない。だけどトキヤくんは救いたい。矛盾した思いを抱える中、閃いたのが歌だ。――――せめて彼の望むものを、歌を、最大限で活かせる形で叶えようと思った。

自分で言うのはなんなんですが……、僕と歌った時のHAYATOがまだここに来たばかりの、昔のように見えた。心から楽しんで歌っているように思えたあなたたちは、そこで今回のことを思いついた。
そして僕が彼のことを知っているとわかったからこそ余計に、少々強引にでも僕をここに入れようと思いついたんじゃないですか? トキヤくんの負担をなくすために、たとえ『一ノ瀬トキヤ』としての彼を表舞台に出すことは出来なくても、彼の隣に支える存在を置いて、ずっとやりたがっていた歌を、路線変更をしても歌わせようと思った。これ以上、彼が壊れないように」


私とトキヤくんがそれなりに親しい間柄でなければ、今回のことはそこまで強引に進まなかったように思う。もし決断していたとしても、もっと慎重になっていたはず。マネージャーさんはトキヤくんの性格を熟知していたようだし、何も知らない人物を、彼の隣につけても彼の負担は減るどころか、ますます溜まる一方だってわかってただろうから。

HAYATOだけで歌を歌わせるよりも、トキヤくんのことを知っている人物と一緒なら、HAYATOの存在に苦しんでいるトキヤくんの心の負担は、もっと軽くなるだろうと思って。

トキヤくん自身、それを悟らせるようなことは大っぴらにはしたつもりもなかったかもしれないけど、私でもわかったくらいだ。付き合いの長い社長さん達は、その心の機微にいち早く気付いていたと思う。日に日に思い悩む様子の見え隠れする彼に、限界だと判断した。だから最も効力が発揮されるデビュー後を待たず、機が熟しきる前に行動に出なければならなかった。


「オレには詳しいことは分からないけど、朔夜がそう言うってことは、何かそう感じた根拠でもあるのかい? キミには悪いけど、外から聞いていた限りじゃそんな風には全然聞こえなかったね。それに――――それがたとえ事実だったとしても、こんなこと許されるべきじゃない」

「俺も同感だ。一ノ瀬のことを今まで知らなかった俺達には、今のこの状況がすべてだ。お前が何らかの理由でここに来ざるを得なくなり、そして無断で過去を掘り起こされ、秘密をネタにHAYATOと組むことを強要された。
たしかにこの時期では有効な手ではないし、犯罪行為、と呼べるほどのものではないが、俺達にしてみればそれで十分だ」


たしかに、外で聞いている分にはそういう風に聞こえなかったかもしれない。というか、まったく聞こえなかっただろう。実際に対面していた私だって、表情や声からは社長さんがどういう考えで行動したのか、初めはわからなかった。前にも言った、ある一点に気付くまではね。

冷静になるまではただの耳障りな音にしか感じなかった。でも紙を捲っているわけでもないのに、頻繁にそれが鳴る意味を考えたらすぐにわかった。音が鳴るということはそれに力を込めているということ。表面上は余裕な顔を取り繕ってはいたけど、その手が何より雄弁に語っていた。そしてそれに気付いたことによって、表情からも微かに感情が読み取れるようになった。

そうやって私が感じたことを述べれば、「なるほどね」と理解はしてくれたけど、だからといってその行動理由が免罪符になるわけでもない、とその表情が言っている。たしかにそうではあるんだけどさ。

その時抱えていた感情が焦燥なのか、それとも私に対しての罪悪感なのかはわからないけれど、たったひとつ言えるのは、トキヤくんを思っての行動なんだということ。


「本当、なんですか? 社長……」


まるで信じられないといった顔で、小さく問いかける。トキヤくんはずっと彼らを信じてきたと言った。それと矛盾しているように感じるかもしれないけどそうじゃない。

彼が信じていたのは、事務所の『HAYATO』に関することだ。自分を出すことは出来なくても、HAYATOというキャラクターを確立させるためには、そしてそんなHAYATOを応援してくれているファンにとっては、間違いなくそれが一番良いことなのだと信じてきた。

だからトキヤくん自身を、そう思っていたことを信じられないんだろう。


「ずっと……あなたたちは、私のことなど見ていないと思っていました。HAYATOというキャラクターを買われ、そして仕事場以外でもHAYATOを演じさせられ続けてきたのですから、この事務所にとって必要なのはHAYATOであって、私ではないと……」

「――――子供向けのヒーロー物の中身と同じことだ。それを演じているとなれば夢が壊れる。だからあえてそのままのキャラクターを押し通すことを決めた。
事務所に来る前から、HAYATOの人気はそこそこあったとはいえ、一部にすぎず、全国的に見ればまだまだな時期でもあった。今は芸能界も人口過多だ。どんなに容姿が優れようが、個性も何もないアイドルなどすぐに埋もれて消える。
この世界で人気は必要不可欠。人気さえ出れば……トップに立てば、後からどんなことでも挑戦出来る。後続に抜かれないためにも、最低限のラインは死守しなければならない。――――初めはそう思っていたのだがな。

いつの間にかHAYATOは、周囲も認める人気アイドルになっていた。そうなれば、我々のような弱小事務所は……現状では満足出来ずにもっと先を求め、欲をかいてしまう。同時に心配にもなってくるのだ。
さっきも言ったように、この世界は人口過多だ。今は望まれていても……そのうち飽きられる時が来るんじゃないかと――――。そう思ってしまえば、経営者としては『稼げる時に稼いでおかねば』、そんな思考に切り替わるのだよ。
お前を、HAYATOを思ってしていたことだったのに、いつの間にか利益を追い求めていた」


ぽつりぽつりと語られるそれは、これから目指す芸能界の現実。そしてそれを支える事務所側の葛藤。


「だから気付くのが遅れた。お前がそこまで思い悩んでいたことに。後は――――秋くんが言ったとおりだ」

「社長……」


そっか。私達としては、やりたいことを叶えるために事務所に所属しようと頑張るけど、事務所も一つの会社で、アイドルのマネジメントで生計を立てている。アイドル自身のやりたいことよりも、まずはどう売り出すか。いかにして芸能界という厳しい世界で、長く息をしていられるかを優先させることもある、ということか。

アイドルを、タレントを生かすも殺すも事務所次第。一歩でも売り方を間違えれば、陽の目を見ることなく消えていく可能性もある。
夢のない現実的な話だけれど、そういう考えを持ってしまうというのは、たしかに納得出来る部分はある。

だけど彼らの最大の見誤りは、トキヤくん自身の魅力を活かさなかったことだと思う。彼ならたとえどんな状況からだって、その熱意と努力できっと、HAYATOのような誰からも受け入れられるアイドルになれたはずだから。
だってやっぱり、トキヤくんとHAYATOとのギャップは見ていて面白いし(ごめん、トキヤくん)、何よりその変わりように驚かされるほどの演技力を持っているんだから。


「そんな風に考えて頂いていたなんて、思ってもみませんでした」

「いや。結局のところ、事務所の今後を考えてやっていたことには違いない。お前のためだなど、言い訳にすぎんよ」

「そうだとしても、私の存在を否定していなかった。それだけで……今までのことが報われるような気がします」


トキヤくんがトキヤくんとしていれないなら、遅かれ早かれいつかはHAYATOを辞める決断していたのかもしれないけれど、それでもここまで彼と事務所側が擦れ違うことはなかったように思う。事務所の意向を伝えた上でそれを公表せず、トキヤくんがHAYATOを演じていたなら、彼の苦しみも少しは……。

自分自身を見て欲しい。その想いはトキヤくんに限らず、人間誰しもが持つ想いだと思うから。







次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ