触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□10月  −一難去って、その後は?−
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当時の新聞なんかでどういう書かれ方をされたのかなんて、私は一切興味はないけれど、未成年である私のことなど詳しくは書いていなかったはずだ。もし命を失っていたとしたら詳しく書かれていたかもしれないけど、その後の生活のためにも、きっと極僅かなことだけ。クローズアップされたのは父の経歴の方だろう。
けれどそんな僅かなものでも、必要な情報なんてそこからいくらでも得られる。たとえば……。


「君が女性だと知れば、学園の彼らのファンはどう思うかな?」


ほら、来た。
私の名前が出ていなくても、そこには情報として男児・女児のどちらかと、年齢くらいは書かれていただろう。

そこから得られる私の性別は『女』。表向き、周りが知っているのとは正反対の性別。
みんなの前で、『私は男です』と宣言したわけでもないから、勘違いした方が悪い。なんて屁理屈をこねるわけにもいかない。少なくとも私は偽っていると認識していたし、誰だって男子用の制服を来て、男子寮に入っていれば、そう考えるのが普通だもの。
まさか疑いも持たれずにすんなりと受け入れられるとは、話を受けた当初は思いもしなかったけど……。今考えてもものすごく悲しい事実だ。

もしも私が開き直ってそう言ったところで、誰も納得なんかしないし、逆に反感を買うだけだ。騙していた自覚が私にはあるし、罷り間違ってもそんなこと言えるはずがない。


「君の言った通り、相当人気のある男子生徒達の中に、嘘をついて一緒に活動してる女生徒がいたら、憤懣やる方ないだろうな。君自体にもファンはついていただろうし、もしかしたら君のことを好きな生徒もいるかもしれない。その子達にとって君は、自分を欺いてきた人間というわけだ」

「―――そうですね」


勧んで騙そうと思っていたわけじゃないとしても、最終的には自分で決めたことだし、彼らを好きな人達からすれば、私は『そうやって彼らに近付いた女』と見られるだろう。
七海さんの時と一緒で―――本人にそのつもりがまったくなかったとしても、だ。
私のことを好きな子が……っていうのは考えたこともなかったけど、うん。実は同性でしたってなれば、込み上げる怒りは相当なものになるだろうことは想像に難くない。

自分の性別を隠す意味。それが明るみに出た時の周りの反応。
七海さんの一件以来、そのことは私の頭から 離れることはなかった。

好きな人の傍に他の異性がいたら。
それは早乙女学園の、あの校則の趣旨と同じことだ。
大好きなアイドルに彼女がいたらすごくショックだし、悲しい気持ちになるんだろう。そしてその相手に嫉妬する。
それまでは一緒に歌えることが楽しくって、深く考えることがなかったこと。あんなことがあって初めて、本当の意味でのファン心理ってものを理解した気がする。

けど、どう考えても七海さんの件より、私のことがバレた時はもっと批難は浴びることになるだろう。
男だと思ってくれているから、ふざけてじゃれあっていても微笑ましいし、ずっと傍にいても仲が良いなと思ってくれているにすぎない。それに七海さんは作曲家としてアイドルを支える立場で、表舞台にはそうそう立つことはないけれど、私は彼らの仲間として常に傍にいるんだ。見たくなくても見えてしまう位置に。
そんな私が一転して、女だとわかってしまえばどうなることか。

そうやって考えてはいたけれど、行き着く先は一緒で、『彼らと一緒に歌いたい』。それだけは私の中で変わることがなかった。女の私が彼らの傍に立つ資格がないなら――――、もうこれ以上は隠し通せないというそのギリギリまで、男の子になりきろうと。


「我々もすっかり騙されていたようだ。いや、それにしても信じられんな」

「残念ながら、一般的な女の子のような体格はしてませんので。脱いでみますか? 昔の傷痕もまだお腹にありますので、お見せ出来ますよ」

親戚の家にいる時は見るのも嫌だったこの傷も、私の考え方が変わると同時に証になった。
父が母を、そして私を愛しいていたという証にね。だから恥ずべきことはない。誰にだって胸を張って見せれる。


「いや、結構。それよりも本題に入ろうか。このことが知られればどうなることか、君も十分に理解しているようだから、細かい説明は抜きにしよう。君と組んでいる子達も事実を知れば驚くだろうな。そこでだ、それを黙秘するかわりに、」

「どうぞ」

「何?」

「秘密にしておいて欲しいならばHAYATOと、と仰りたいのでしょうが、話して頂いても僕は一向に構いません」


きっと彼らと組めていなかったら、七海さんという作曲家を知らなかったら、これもひとつの道として考えていたかもしれない。
けれどこういうやり方をされたら、意地でも頷けない。HAYATOと仕事がしたくないわけじゃない。トキヤくんと一緒ならやり甲斐は十二分にあると思う。
けれど何かを楯に取られた上での交渉は最早交渉ではなく、単なる脅しでしかない。

それに私にとって、みんなに知られてしまうことはそれほど重要じゃないんだ。知られても別に構わない。怖いのはそれで今の状態が崩れてしまうこと。だけどそれも避けられない。


「彼らは僕のことを知ってますよ。……まぁ、若干名知らない方もいらっしゃいますが。
いつまでも隠し通せるものでないことは、初めからわかっていたことです。知られることによって彼らに迷惑を掛けるのが辛い。今のユニットが空中分解してしまうかもしれないのが怖い。学園の中には僕のことを不快に思う方も出てくるでしょうから、そうなる前に僕は自分から辞退しますよ。彼らのハーモニーがなくなるくらいなら、僕一人がいなくなる方が何倍もマシだ。

だからと言って秘密を保ったまま、こちらに来てしまっては僕の望みは叶いません。僕は我侭なんです。夢も、そして仲間も手放す気はないんですよ。
もしも周りに納得してもらえずに、彼らと一緒に歌うことが出来なくなったとしても――――僕は、彼らの傍にいることを望みます。

『秋朔夜』としてアイドルを目指し、彼らと同じところに立つ。立ってみせる」


本音を言えば同じメンバーとして歌いたい。あの夏の日から、みんなで一緒にデビューを目指して今日まで来たんだから、今更一人で頑張るっていうのはやっぱりちょっと淋しい。

いくら学園長の指示だとはいえ、私が性別を偽っていたのは事実だから、批難でもなんでも甘んじて受けるつもり。けれど私がいることでユニット自体の存続の危機なんてなるくらいなら、今回のことはみんなにはまったく関係のないことなんだし、たとえ『逃げ』だと思われようと私は抜ける。彼らには何の落ち度もないんだし、学園のファンの子達もそれを望むだろうから。
七海さんの曲を最大限に活かせることの出来る彼らの奏でる音楽を、こんなところで終わらせられない。

同じ世界でというならば、どこの事務所からデビューしても変わらないかもしれないけど、やっぱり同じ事務所と他では会うこともままならなくなりそうだし。あそこの社員寮でなら今と同じように、みんなと切磋琢磨しながら未来を目指せると思うんだ。
もともとは二人一組のパートナー。本来の形に戻るだけ。すべてを知られた時、私と組んでくれる人がいるかどうかは不明だけど、たとえ一人だとしても絶対に合格してみせる。入学した当初とは想いが違う。ただ歌を歌えればいいだけじゃないから。
そして、いつかはまた彼らと奏でられるように、自分を磨く。
例え話ではあるけれど、こうやって新たな目標を持つほどに、彼らは私にとってかけがえのない人達だから。

それにこの事務所の人達はまだ知らないけれど。
トキヤくんは近いうちに、HAYATOを辞める決断を下す時が来るはず。
私がこの件に乗ってしまって、トキヤくんの気持ちが動くことはないと思うけど、何か責任を感じてしまってHAYATOから抜け出すことを諦めてしまう、なんてことになったら、私自身を許せなくなりそうだからね。
彼は十分に苦しんできた。ならもう、そこから解放されてもいいはず。


「と、まぁ。僕の気持ちは初めから固まっているので、バラしたいならどうぞ。でもちょっと甘いですね。僕のことがバレれば結局のところ、こちらの事務所に来ることも叶わなくなる。大人気アイドルHAYATOと女性のユニット――――そちらの方がまだデビューしてもいない学生よりも、全然話題性はあるわけですから、マスコミやファンの食いつき度合いも段違いでしょう」


この脅し文句ではこの事務所のメリットの方が少ない気がする。それとも私があの事件のことで動揺して、ここまで考えられないとでも思ったんだろうか。―――だとしたら、詰めが甘い。

むこうとしても事件のことや偽りの性別のことを、私がこんなにもあっさりと語るとは思わなかったのかもしれないけどね。
トキヤくんがHAYATOと同一人物で、事務所にも秘密にして学園に通っていることを私が知らなければ、それこそ話は変わってきただろう。でも彼らは知らないことだから、そこまで読めるはずはないか。

それにしても非道にはなりきれていない。私がトキヤくんのことを知らないという前提でこの話を進めてくるならば、もっと効果的な使い方があったはずなんだ。
まだデビューが決まったわけでもない今の私には、学園だろうが芸能界でだろうがたいした話題にもならない。それこそあっという間に風化して忘れ去られるくらいに、当事者や関係者でなければ興味も持たれないことだと思うし。
反対にこれがもしデビューが決まり、早乙女学園初のアイドルグループとして、シャイニング事務所が大々的に発表した後なら、有利な手札になっていたと思う。
芸能最大手のシャイニング事務所が放つアイドルグループ。マスコミの注目はそれなりに集まるだろうし、そんな中での暴露話ともなれば私も考えたと思う。その時点で私だけの問題ではなくなるし、メンバーのみんなだけじゃなく、事務所にまで迷惑が掛かってしまうことになるから。

時期尚早。だけど今でなければならなかった理由。
そんなのひとつしかない。だけど動くのが遅かった。もっと早くに違う決断をしていれば、きっと今でも。


「そう、たかが学生のことだ。学園内では話題に上ったとしても、外にまでは漏れんよ。たとえ漏れたところで、しばらく待てばほとぼりも冷めるだろう。その後でHAYATOと組ませればいい」

「それもそうかもしれませんね。学園は全寮制で、外部との接触は極端に低いですから。ですがどちらにせよ、僕にはこちらの事務所に来る意思はありません。それでたとえ彼らと歌えなくなったとしても」

「そうはさせませんよ」







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