触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□10月  −一難去って、その後は?−
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ボスの部屋を出てからすぐにイッチーを捕まえて同行することを伝え、リューヤさんの車に乗り込んだ。
道中は誰もが無言で、たぶん頭の中では朔夜のことだけを考えていたんだと思う。

どこをどう走ったのか。気にしてる余裕がなかったから全然わからないけど、目的の場所に着くまでの時間はかなり早かった。本来なら倍の時間が掛かりそうなものなのに。――――まさか、ボスは公道にまで専用の隠し道路なんて用意してるんじゃないよな? なんだかありえそうで笑えない。

他の事務所の人間がアポなく入ると話がややこしくなる。そう言ってリューヤさんは車で待機。オレ達はイッチーの後ろについて、エレベーターに乗り込んだ。
顔見知りと見られるスタッフ達が、イッチーに気軽に挨拶するけど、硬い表情を崩さずに挨拶を返すこともしないあいつを見て、不思議そうな顔をしてる。まるで『こんなの初めて見た』って驚きの顔も混じってるな。
隣で聖川も何か言いたげな顔をしてるけど、今は口を開くべきじゃないってことはわかってるんだろう。というより、これで事情がすべて飲み込めたはず。

クラスの違うこいつらや、ちょっと鈍いおチビちゃんは気付かなかったみたいだけど、オレは薄々感じてた。
オレが真面目に授業を受けなかったり、課題を放置してればうるさかったリューヤさんが、遅刻や早退を繰り返すイッチーに何も言わないなんて不自然すぎるだろ。

だから初めから疑っちゃいたんだ。双子だなんだって言うのは真っ赤な嘘で、イッチーがHAYATO本人かもしれないってことは。
その疑いが濃くなったのは、学園にHAYATOが来た時。イッチーは用事があるとかで見学にも来れないって話だったけど、何の用かも言ってないのに、これまたリューヤさんの指名を即断って、それが受理された。元々HAYATOを嫌いな素振りを見せていたからおかしくはないのかもしれないけど、アシスタントとはいえ全国放送に出られる。そんな美味しい仕事、普通アイドルを目指してるやつなら何を措いても出たがるだろう?
人一倍、歌とアイドルになることに関しての執着は強かったくせに。だから、もしかしたらってずっと思ってた。

朔夜はすでに気付いていたか、本人から聞いていたんだと思う。ある時を境に、たまにオレ達に聞こえないように会話をしているような時も見受けられたしね。

だから今回朔夜が一人でここに来たのも、イッチーのことを誰にも話せなかったからなんだろう。

躊躇いもなくエレベーターのボタンを操作し、着いた先でも迷わずに一点を目指すイッチーの足取りは、このビルの間取りや配置を知らなければ出来ないことだ。これだけピースが揃ってれば、どんなにニブいやつだって気付かなきゃおかしい。

前を歩く後ろ姿を追って進んでいくと、女性の声で制止がかかる。


「今、そっちは誰も近付けるなと」

「私の知り合いが来ているはずです。社長にも用事があります」


静かな怒りほど恐いものはないね。睥睨するイッチーに、相手は竦み上がってる。
レディはもっと優しく扱わないと。だけど……今はオレにも庇ってあげられるような余裕はないかな。

ここでのイッチーがどういう存在なのかは推測するしかない。だけどさっきからの反応を見るに、みんな一様にまるで知らない人物を見たかように動きが止まる。にこにこ笑みを浮かべながら近付いてくるスタッフも、今のイッチーに気圧されて、表情が凍るんだ。

この先への進入を止めようとするスタッフを、そのひと睨みで黙らせたイッチーは、奥にある扉につかつかと歩いていく。でもそれを開けようと手を伸ばしたところで、その手が止まった。

中から、朔夜の声がしたからだ。
しかもその内容は、今までオレ達の誰も知らなかった、朔夜の過去。

あの時のあの言葉の意味は一体どういう意味だったのか。オレはずっと引っかかっていたんだ。今となっては、それを聞くタイミングはすでに失ってしまっていたから有耶無耶になっていたけど。

聞こうにもすぐにはぐらかされてしまったし、まずは子羊ちゃんのメンタル優先だったから、あの時は追求出来なかった。
子羊ちゃんを庇う為に、代わりにレディに叩かれた朔夜の顔に付いた、一筋の傷痕。せっかく綺麗な顔をしてるんだから、ちゃんと手当てをするように勧めた言葉に対しての彼女の返答。


『今更このくらいの傷残っても』


この言い方は、すでに痕に残っているような傷があるってことだろ?
その時のオレの知っている限りでは、顔はもちろん、罰ゲームとして女装させられた時や、身体測定の水着の時に見ることが出来た足も、傷ひとつない白くて綺麗な肌だった。

だからもし、本当に朔夜の身体に傷痕があるとするなら、それはきっと上半身。オレはそう、予想を立てていた。

夏でもイッチーと同じく、あまり肌を露出させない格好をしてた。あの言葉を聞くまでは、それは単に日焼けすると肌が痛いからとか、女性的な細さや柔らかさを隠すためなんだとずっと思ってたんだけど、どうやら見当違いだった。そしてその傷のついた経緯は想像をはるかに越えていた。







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