触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□10月  −一難去って、その後は?−
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人の口から聞かされる出来事は、間違いなく自分の身に起きたことなんだけれど、どこか他人事のように聞こえてしまう。なんていうのかな、第三者の視点で高いところから観察している気分。

まるで私からある特定の感情を引き出そうとしているみたいに、目の前にいる社長さんがゆっくり語る。


「実に興味深いな。自ら事業を起こし、地位も名声もそれなりに勝ち得た男が、こんな事件を起こすとは」


どうしてそんなことをしたかなんて、本人にしかわかるはずがない。人の思考なんて、他人は推測することしか出来ないんだから。

同じ境遇に立たされたとしても、感じることはそれぞれ違う。たとえそれが血の繋がった肉親であったとしても、ね。


「そういえば、秋くんは今16歳だったかな? 五年前と言えばまだ11歳か。――この、父親に刺された子供も当時11歳だったそうだよ」

「…………」


言ってから、わざとらしくまた書類に視線を落とす。さっきマネージャーさんと会話している間に、とっくに読み終わっていたはずのそれにだ。

くしゃりと響く紙の音が、嫌に耳に残る。


「おや。共通点は他にもあるようだな。この自殺した男の名前……秋浩輔……君と同じ苗字だ」


もういいよ、下手な茶番はいらない。
私のことを調べたと言ってこの件が出たんなら、それが誰のことで私がどういう育ちをしたのか、それを……彼はもうすべて知っているはずなんだから。


「実の親に殺されそうになった気分というのは……一体どういうものなんだろうな」

「それを僕に話してどうしようというんですか? 『それは僕のことです』とでも言えばいいんでしょうか」

「本当かい? だとしたら辛いことを思い出させてしまったね」

「いえ、まったく。というより、僕が認めなくてもそれに書いてあるんでしょう?」


それ、と彼の手元にある書類を指し示してみせる。

申し訳なさそうに見える表情を顔に貼り付けて言われたところで、私にはなんの感情も浮かばない狼狽させたり怒らせたいのなら、この話は無駄だと思う。


「実の親に殺されそうになった気分がどういうものか、お知りになりたいのでしたら教えて差し上げますよ。


『どうして?』 『痛い』


まずはそこからです。11歳なんて子供に、大人の気持ちなんてわかるはずもないじゃないですか。ましてや人を刺そうとか、考えたこともない。
痛くて、気を失いそうになりながらも自分を見て謝る父親を覚えています。それからあの人自身が命を断つところもね」


どうせならいっそ、刺された瞬間に記憶が途切れてしまえば良かったのに。そうすれば涙を流して謝るあの人も、何もかもを見ないで済んだのに。

何度そう思ったか知れない。だけど致命傷には到らなかった私の傷ではすべてを記憶したまま。今だって忘れることはない。

謝り続けた父と、息を引き取る間際に呼んだ母の名前を。

いつの間にか気を失っていた私が次に目覚めたのは病院で、周りには会ったこともない親戚だと名乗る大人が数人いた。
親戚付き合いなんて皆無だった。どういう経緯でそうなったのかは知らないけれど、父は自分の親とさえも連絡は取ってなかったみたいだし。


そんないるかどうかもわからない人物の訃報、よりにもよって心中事件で警察から呼び出された親戚は、生き残った私を厄介者という目でしか見なかった。
けれど父にはそれなりの遺産があった。だから渋々私を引き取ることにしたんだろうけど、あの頃の私は誰にも懐かなかったし、茫然自失に近い状態で喋らなくなっていたから、とても扱いにくい存在だったと思う。

結局は親戚内で押し付け合いが始まって、私は転々とさせられていたわけだ。

『どうして』が『なんで』に変わったのは、そうやってたらい回しにされてた頃かな。


『なんで、ちゃんと一緒に連れて逝ってくれなかったのか』


そうすればこんなところにいる必要なんてなかったのに。子供の自分ではどうすることも出来ずに、ただ淡々と過ぎ去る日を眺めているだけ。ただただそれだけを思って、父を恨んでいたように思う。なんで私だけ残して逝ったのか。

ちょっと前までは母もいて、絵に描いたように幸せな家庭だったのに。

両親はとても仲が良かったし、私のこともたくさん愛してくれた。ずっとそれが続くと思ってた。
けれどそれは母の死で百八十度変わってしまった。

父だって初めの頃はその辛さを紛らわすために、精力的に仕事に勤しんでたけれど、心にぽっかりと空いてしまった穴は、どうやっても埋めきれなかったみたい。

日に日に元気がなくなる父。

私もすごく悲しくてずっと泣いてばかりだったけど、そんな父を見ているうちに自分がしっかりしなきゃ、なんて思い始めて。

いつの間にか『ごめんな』、『ありがとう』が父の口癖になっていた。

一緒に起業した父の友達も気にかけてくれて、しょっちゅう顔を出してくれていたっけ。
私を見つけてくれたのもこの人で、様子がどんどんとおかしくなっていく父を心配して、家を訪ねてみれば血の海だったなんて一生もののトラウマになったと思う。

表面上は『大丈夫だ』なんて言ってる父を見るのがたまらなく辛くって、必死に私は明るく振る舞ってた。

そんな父の細く弱くなった、辛うじて繋がっていた糸が切れたのがあの日だ。

とても剛毅な人だったあの人の、根底を支えていたのは母だったんだろう。心の拠り所、いつでも還る場所。それを突然喪って、父は一人で立つことが辛くなってしまった。そして起こした事件。

引き取られたどの先でもずっと部屋に閉じこもって、学校にも行かず誰とも話さないで、聞こえてくる会話といえば私や両親の悪口となれば、私の精神も耐えられなくなってきてもおかしくないよね。

だから――――本当はどうなってもいいと思って家を飛び出たんだ。

人はいっぱいいるのに誰も私を知らなくって、気にかけてくれる人もいない。そんな中で『やっぱり自分はひとりなんだ』って再確認しちゃって、一体何がしたかったんだか。

数年間ほぼ無気力で生活した上、当てもなく家を飛び出して、自分で両親のもとに行く勇気もなくって。

だからあの時あそこで聞こえてきた音楽は、ある意味私にとっては運命の導きだったのかもしれない。

どれほどの衝撃が私に走ったかなんて、言葉では言い表すことも出来ないくらいで、今まで深い興味もなかったものにこれほど深く感動したのは、それだけ私が弱っていた証拠なんだろう。

あの時あの音に、声に触れなければ、きっと今の私はなかった。

あそこであの人達と出会って、また私は昔のように笑えるようになった。人の温かさ、優しさ、そして音楽。これらは私にいろいろなことを教えてくれたし、思い出させてもくれた。

だからこそ父の想いを……私なりに納得の行く形で理解したと思っている。

自分の中で上手く消化出来たから、どんな風に語られようと、感情が起伏することはない。だって、他人よりも私の方が父のことを理解出来てるはずだから。

たとえ子供がいようとも、子供への愛と母に対する愛の深さはまた別物で、とても深く、大きなものだった。

母を心の底から愛していた父は、喪ってしまった事実に耐えられなかった。だから自分から母のもとへ逝った。

けれど私のことも愛してくれていたから、一人で残していくことは出来ないと思った。だからこその心中。でも同時に愛しているからこそ、死んで欲しくないという気持ちが働いて致命傷を残せなかった。

父の涙の謝罪は、そういう意味だと今の私は解釈している。

勝手な決断をしてごめん。我侭な父親でごめん。愛してる。こんなことまでしたのに、やっぱり君を残していく愚かな父親でごめん。

そうやって自分の中で答えが出たから、今更、誰に何を言われようと隠すことはひとつもないし、恥じることもない。


「僕の父親がこんな事件を起こした者だからアイドルになれない、というのならば、それはあなた達にとっても同じなはず」


別に問われればこれからだって隠すつもりはないけれど、芸能界、ましてやアイドルなんて夢を与えるような職業上、望ましくない経歴と言えなくもないと思う。

父は――殺人を犯そうとした犯罪者であるのは動かしようもない事実。
その相手が自分の子供であり、その子供が彼のことをとっくの昔に許していたとしても、だ。


「まぁ、そうなるな。しかしこの業界、知っての通りシャイニング早乙女の力をみんな知っているからね。彼に関わることを調べようとする馬鹿な関係者やマスコミはいないのだよ」

「では何故わざわざこのことを持ち出したんですか? あなたが知っているということで僕を脅そうとでも? 生憎ですが、別に隠そうとも思ってないので公表してくださっても構いません」

「それはそれで『悲劇のアイドル』として売れるかもしれんな。
だが別に我々はそれをどうこう言うつもりはないのだよ。すでに終わったことだ」


彼の言う馬鹿な行為をしてまで調べ上げたそれを、どうするつもりもないと言い切る。これは―――本当なんだろう。

私のことを調べて、こういうことが出てくるなんて思いもしなかっただろうし、HAYATOのように明るいキャラクターと売り出すなら、こんな話はない方がいい。

ということは、残るはもう一つの方。


「詳細までは調べられていないが、今度の学園祭で君はグループで歌うそうじゃないか。その中にあの御曹司達もいると聞いている。彼らには熱狂的ファンもついているそうだな。特に神宮寺家の」

「みんな素晴らしい才能の持ち主ですからね、学園での人気も高いですよ」


グループと言われて一瞬ビクリとしてしまったけれど、肝心なところはまだ知られていないようで安心した。

この先に言われることも想像がつく。例の七海さんの件以来、私もずっと考えてきたことだから。










大変遅くなりました! この一話で詰め込もうと思ったら予定外に長く……。またもや中途半端な所で終わって申し訳ありませんっ。
朔夜のこの設定は作った時から考えてたものでして、微妙に他で使った設定に似通ってるのはスルーしといてください(苦笑)
とりあえず、今回のお話で書きたかった朔夜ちゃんの過去話は入れることができました。
暗い設定が苦手な方は大変申し訳ありません。

それから、レンくんが朔夜呼びしてますが、これは間違いじゃないですのであしからず。

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