触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□10月  −一難去って、その後は?−
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「あの車は―――HAYATOのマネージャーのものです……」

「なっ……」


その言葉に音也と真斗は息を呑む。ただ一人、レンだけがじっとトキヤを見つめて微動だにしない。

何故ここでHAYATOの名前が出てくるのか。何故そのマネージャーの車に朔夜が乗り込んだのか。
そして、トキヤはどうしてそれがHAYATOのマネージャーのものだと、瞬時に断言出来たのか。

様々な疑問が渦巻いてクラクラしてくる。疑問は疑念になり、今まで築き上げてきたもの、信じてきたものが足元から崩れ落ちるような感覚に襲われ、音也は頭を押さえてよろめく。


「待って、待ってよトキヤ。どういうことだよっ!? え……なんで朔夜が? HAYATOって……」


情報が整理しきれないわけではない。なんで、どうして、もしかして。そこから導き出される可能性がある答えを、本能が拒否しているのだ。

一方真斗は朔夜がただ外出しているのではないと、初めから疑っていたトキヤの理由を、なんとなくだが理解しかけていた。


「朔夜はっ、HAYATOの事務所と繋がりがあったってこと? 俺達と一緒にデビューしようねって言ってた――――あれは嘘だってことかよっ!?」


一番あって欲しくないことを、まざまざと見せ付けられた気がして衝動が抑えられない。

だって朔夜は自分達をひとつに纏めた中心人物で、朔夜がいなければ今頃、自分達は春歌を巡って未だパートナーさえも決まらずに、仲間としてここまで打ち解けることはなかっただろうから。


「落ち着けよ。朔夜に限ってそんなことするなんてありえないってこと、イッキもわかってるだろう?リューヤさんの言った通り、状況的に見ても進んで車に乗ったようには見えなかったしね」

「ああ。だがもし一十木の言う通りだとしても、サクがあっちを選んだのなら……俺達に止める権利はない。より自分に合う事務所からデビュー出来るとなれば、わざわざオーディションを受けることもないからな」

「っ!! でも、」


アイドルになれるならどこからデビューしても同じ。そう思って学園に通う者も少なくはないと思う。

シャイニング事務所では卒業オーディションに合格しない限り、アイドルとしての一歩は踏み出せないが、朔夜の才能を知っているこの場にいる者からしてみれば、他の事務所でならば即デビューしてもおかしくはないとわかっている。

わかってはいるが、ここまで一緒にやってきたのに、もし抜けるなどと言われでもしたら……。それは裏切りに等しいと思ってしまう音也の気持ちもわからなくはない。

朔夜がいたから、お互いにライバルとして認識して相容れるはずのなかった自分達は、こうして集まり一緒にデビューを目指すと決めたのだから。春歌の曲を、朔夜と歌うために……。それなのに、その本人がいなくなるかもしれないのだ。

だが朔夜が望んで行ったわけではないことなど、あの映像から伝わってきた。音也もそれは理解しているのだが、衝撃的な映像とトキヤの言葉に頭が混乱してしまった。


「イッチーは……、いや、ここにボスとリューヤさんがいるってことは、三人はこれがどういうことなのかわかってるんだろ?」


平素は見せない鋭い目つきで、促すように、レンは三人へ状況の説明を求める。

映像から判断するならば悪い予感しかしないし、ここで問い質すよりも一刻も早く朔夜の後を追った方がいいのかもしれない。けれどどういう意図があってこういう事態になっているのか、それは把握しておきたい。それによって対応が違ってくるからだ。


「どうする、一ノ瀬」

「――――詳しいことは翔達も一緒の時に話します。今は朔夜がどうなっているのかだけ、簡潔に」

「わかった。来栖達にも一応連絡は入れてある。しばらくすりゃ来るだろう」


トキヤがHAYATOだという真実は、この段階でもまだまだ言い逃れは出来る。双子の兄である彼から事前に事情を聞いていたとでも言えば、聡いレンや真斗は無理でも音也は騙すことは可能だろう。

しかしいつかは話さなければならないと思っていたことだ。今まで秘密にしてきたのは、保身のためなんかではなく、余計な騒ぎを起こしたくなかったに他ならない。

けれど今回、当事者でもあるHAYATOには、何の連絡もなく事務所側が勝手に動いた。

トキヤも決断する時が来たのだ。

あの時社長は、朔夜を早乙女が手放さないだろうと言い切った。なのにこうして行動を起こすとは、それなりの勝算があってのことのはず。

それがどういう手段なのか想像はつかないが、手荒なことをするとは思い難い。それはトキヤ自身が一番わかっていることだが、こんなにも不安なのは何故だろう。


「HAYATOの事務所社長が、彼とユニットを組ませるために朔夜が欲しいと言いました。朔夜はそのために呼び出されたのでしょう。
この話自体は今まで朔夜には伝わっていなかったはずです」

「サクにその意思がなければわざわざ出向かなくとも、その場で断ることも出来ただろう」

「かと言って用件も伝えないようなやつの車に、朔夜が乗るとも思えないしな」

「それじゃ……、朔夜が着いていかなきゃいけなくなるようなことを、相手が言ったってこと?」


マネージャーの言葉からトキヤの仕事が終わっているのを聞き、学園前で彼らが鉢合わせしたらと考え、それを回避するために朔夜は行ったのだが、それをここにいるメンバーが知るはずもない。その理由を推測するにはあまりにも情報が少なく、もし脅されて乗り込んだとしても、その内容が想像し難い。

自分達が知っている朔夜には、何も後ろめたいことなどあるようには思えないし、強いてあげるならやはり偽りの性別くらいだろう。それにしたって自分達に話さないまま一人で行くようなことではない。


「行くつもりなのか、一ノ瀬」


トキヤ達がこの部屋に足を踏み入れてから、ただその動向を見守っていた早乙女が、それぞれ思考を巡らし、場に沈黙が落ちたのを見計らって、やっと口を開いた。

問いかけてはいるが、トキヤが何を考えどう行動するのかを知っている口振りで。


「――――はい。このままには、もう……しておけませんので」

「帰る場所がなくなるとしても、か?」


その言葉にトキヤはフッと自嘲の笑みを浮かべる。もともとあそこに『自分』の居場所などなかった。必要とされているのはHAYATOであってトキヤではない。

何より今は―――。


「帰る場所ならここにありますから」


もともと一からやり直すつもりでここに入ったのだ。たとえ今まで培ってきたものをすべて捨て去ったとしても、ここにはトキヤ自身を必要としてくれる人がいる。

朔夜以外のメンバーにはまだ話してはいないが、どんな反応であれ受け止める覚悟はとうの昔に出来ていた。


「それに……今は離れたとしても、すぐに戻りますよ。私は―――私達は、必ず優勝しますからね」


あの世界に、今度は『一ノ瀬トキヤ』として。


「……いい目をするようになったな。龍也サーン!」

「んだよ、社長」

「車を出してあげてクダサーイ! 行き先は」

「はいはい、言わなくてもわかってるって。表に回してくるから一ノ瀬は向かってろ」

「!! ありがとうございます!」


勢い良く早乙女と龍也に頭を下げたトキヤは、レン達を振り返ってもう一度告げた。


「帰ってきたらすべてを話します。翔たちにもそう、説明しておいてください」


それだけを告げると先に出た龍也を追いかけるように、早足で部屋を後にする。
それに一拍遅れるようにして、レンも部屋を出ようと足を向けるが、音也に呼び止められ肩越しに振り返った。


「レン?」

「ごめん、イッキ。おチビちゃん達に説明しておいてくれ。オレも行ってくる」


朔夜がどういう状況下にいるのか把握することは難しいが、やっかいなことになっているならば。
分野は違うが、ある程度の圧力を掛けることが出来る名前を自分は持っている。頼りたくはない力ではあるが、朔夜のために使うのならば、たとえ頭を下げるようなことになっても厭わない。

その意図が読めたのだろう、真斗も動いた。


「ならば俺も行こう」

「えっ、マサも?」

「俺たちの家名が役に立つかもしれんからな」

「……そっか、そういうことか。わかった、翔と那月には俺から言っておくよ」


アイドルになると言ってこの学園に入り、猶予期間をもらっておきながら、こんな時だけ虫のいい話だとは思うが、使える力があるのに使わない手はない。

きっとシャイニング早乙女が動けばすぐにカタがつく話ではあると思う。しかし事務所が不利益を被っているわけではない現状で動いては、後々変な波風が立つ可能性があると考えれば、彼の協力をアテにするのは無理な相談だろう。

それになんと言っても朔夜は仲間だ。自分達の手でなんとかしたい。


「すまんな。行ってくる」


ただ待つことしかできない己を歯痒く思う。けれど一緒に行ったところで自分が打てる手など何もないことを自覚している音也は、二人にしっかりと頷き、立ち去るその後ろ姿を見つめた。

何事もなく、無事にみんな揃って帰ってくるようにと祈りを込めて。







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