触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□9月  -ドキドキとズキズキ-
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レンくんの発言はしっかり聞かれていたらしく、ちょっとむっとしながらトキヤくんがやって来た。問いかけてはいるけど、明らかに誰に向かっての発言なのかは理解しているよね。名前、私とレンくんしか出てないし……。


「聞いてたならわかるだろ?」

「さぁ? 私からしてみれば…………朔夜、その頬の傷はどうしたんですか?」

「えーっと、ちょっと……?」


レンくんがした時はトキヤくんに似てるなぁなんて思ったけど、それとは比にならないくらい深い眉間の皺。やっぱり本家は違う。

さっきと同じで質問されてるのはずなのに、むしろ「言いなさい」っていう威圧感。

ありのままを説明したら、女の子達にブリザードが向いてしまう危険性が大だからとぼけてみたけど、トキヤくんはお見通しだった様子で無表情で女の子達の方を見る。

何のために黙秘したんだか……。


「朔夜の名を騙って呼び出した挙句、暴力まで振るっているとは。これが早乙女さんに知られればあなた達はただでは済まないでしょう」


なんとか和やかムードが漂い始めてたのに、トキヤくんのその言葉に再び緊迫感が高まる。学園内で問題を起こしたことを、学園長に知られるということは、この学園を去らなければいけなくなる可能性が高い。
せっかく難関を乗り越えて、ここまで残ってきたのにそれほど辛いものはないだろう。

そして彼の恐ろしさといえば、下手をすれば二度と、業界で活動することさえも出来なくなるかもしれないところ。

事の重大さを理解した彼女達は、「あ…」と声を発し、ガタガタと震えだしてしまった。


「トキヤくん、僕は大丈夫ですし、彼女達も反省してくれてますから……ね?」


実際にはまだ謝罪の言葉もなにもないけれど、今更蒸し返すこともないし、レンくんやトキヤくんに憧れる気持ちがちょっと行き過ぎちゃっただけなんだから、ここは大目に見てあげて欲しい。

もちろん七海さんが許すならだけど。

私自身、今回のことで学んだことがあるから、彼女達には感謝をしなくてはならない。本来なら七海さんは私だった。七海さんよりも、ずっと彼らの近いところにいる私は本当は女で。
もし私が偽らずに、もともとの性別のままユニットを組むことになっていたら、彼女達の敵意はきっと私に向いていたんだろう。
そう考えると、七海さんにはすごく悪いことをしたと思う。

彼女達の行動は行き過ぎてはいると思うけど、これが誰かを好きなファンの心理。もしもユニットとしてデビュー出来て、ファンの人がついてくれた時、私の性別が知られれば……。

今になって面接の時の、学園長の言葉の意味が理解出来た。

『今はバレるな、とは言わない』、このまま男としてデビューすることになるなら、その後は決してバレてはいけないということ。
深く考えてなかったけど、それはファンを騙し続けるということ。
ああ、トキヤくんはこういう気持ちでHAYATOを演じているのかな。

でもそれも今更。たとえ騙してでも、私は彼らと一緒に歌いたい。それだけは絶対に譲れない。


「物事を大きくするのは、僕達にとっても望ましくないと思います。ですが、ここは当事者である七海さんに決めてもらいましょう」


嫌な思いも、怖い思いもしたのは彼女だから、彼女の気が済むようにするのが一番良いような気がする。


「君だって巻き込まれたのですから、被害者でしょう」

「僕は自分から飛び込んだだけなので、彼女達に責はないですよ。それに僕自身はどうこうするつもりもないですし。……七海さん、どうしますか?」


とは聞いてみたものの、七海さんも優しい子だから、きっと学園長に報告はしない方を選ぶと思う。

こんなこと、本当は許されるべきじゃない。それは私も思うし、仮にも業界へ進もうと考えているなら、こういう思慮に欠けた行動は慎むべきだと思う。

綺麗事だけでやっていける世界じゃないのも、多少は理解しているけれど、それでも同じ目標を持つ者同士、こんな風に対立するのは悲しすぎる。


「あの、わたしは……」


私とレンくんが来たことによって、敵意から解放され安堵したんだろう。足に力が入らなくなっていた七海さんを、レンくんと二人で支えていたんだけど、私達が交わす会話が、途中からあまりにも普段通りだったためか、それともトキヤくんも揃ってさらに安心したのか、支えがなくてもしっかりと自分の足で立つまでに回復していた。


「わたしも、もう別に……なんとなく気持ちもわかりますし……」

「……そうですか。でしたらこれ以上ここにいることはありませんね。ただし、次はありませんよ」


それだけ言うと、すでに彼女達の存在など無いもののように、意識から遮断する。


「おー、怖い怖い」

「何を馬鹿なこと言っているんですか。帰りましょう、朔夜の手当てをしないと」

「それならオレがもうしたぜ?」


ニヤリとしたレンくんに肩をポンと叩かれる。ねっ? なんて同意を求めてくるけどアレは手当てに入るのかなぁ。答えることも出来ず、苦笑いしか出てこないよ。


「こんな何もないところで出来るわけがないでしょう。……一体何をやらかしたんですか」

「そりゃあ、もちろん傷口を舐め……」

「すぐに消毒が必要ですね。行きますよ、朔夜」


私の手を取って歩き出す、トキヤくんの歩幅に引きずられないように足を動かしながら、最後の彼の言葉にすっかり畏縮しちゃってる彼女達に軽く声をかける。

すると「ごめんなさい」とか、「応援します!」って慌てて返してくれた。七海さんにも「もうしない」って宣言してるみたいだからこれで本当に決着だ。

ただ、なんとなく応援するっていうニュアンスが、なんか違うものに聞こえたんだけど……きっと気のせいだよね。


「トキヤくん、ちょっとだけペースを落としてください。七海さんが着いてくるの大変になっちゃう」


身長差ゆえのコンパスの違いで、おいてけぼりになるかもしれないと思ったけど(私でも早足で歩かれるとちょっと辛いんだから)、ちゃんとレンくんがエスコートしてくれてて安心した。


「まったくイッチーには冗談も通じないのかねぇ」

「日頃のあなたの行動からして、あり得なくはないでしょう」


追い付いたレンくんの方は見ないまま、迷う足取りも見せずにトキヤくんは迷路内を進んでいく。きっとここまでの道、全部覚えてるんだろうなぁ。一度入ったこともあるんだし、覚えてないって言ってたけど、トキヤくんなら覚えてそうだもん。


「で、本当のところはどうなんです?」


ここで敢えてレンくんに聞くんじゃなくて、七海さんに振るあたりなんというか、もしかしたらさっきまでの気分を紛らせようと、気を使ってのことなのかもしれないけど、聞かれた七海さんは、まさかそんなことを問われるなんてこれっぽっちも思ってなかったから、アワアワとしちゃってる。

なんだか小動物を見ているみたいで和むのは私だけじゃないはず、うん。


「えっ!? あっとそのっ、あんな場面だったって言うのにちょっと……ドキドキしちゃいました……」

「ほほう……」


いや、ドキドキするようなところなんて、何にもなかったよね?

七海さんの発言で、なんだかトキヤくんの視線が痛いんだけど、私が悪いわけじゃない……はずなんだけど、自信がなくなってきたな。別に本当に舐められたんではないし、そもそもレンくんも私をからかってたと思うし。

あれ、なんでそれでトキヤくんの機嫌が悪くなっちゃうのかな?

また無防備すぎるとか言われるのかも。

普段からもう少し警戒心を持つよう、ことあるごとにみんなに言われてるけど、相手はレンくんで、仲間だし信頼こそすれ警戒はしなくてもいいのに。


「レンくんは嘘を吐いちゃだめですよ。舐めたのは僕の血を拭った自分の指っ。そのあとすぐにまた触られたのはヒリヒリして痛かったですけど…、」

「朔夜」

「ん、どうかしましたかトキヤくん?」

「君は……いえ、なんでもありません」


チラリとこちらを振り向いて、何かを言いかけたけど、溜め息吐いて小さく首を横に振るだけに留めた。うわ、その反応は予想外。


「そんなことよりっ、七海さんは怪我ありませんでしたか?」


いつの間にか私の話ばかりになってたけど、ここで私達がまず心配しないといけないのは七海さんのことだ。

あの場に辿り着くまでに、そんなにタイムラグはなかったと思うけど、それまでに何かあったかもしれないんだし、先にそちらを確認するべきだった。


「わたしは大丈夫です! ただ、あの…みなさんみたいに運動神経が良くないので……肩を、ちょっと壁にぶつけたくらいです」

「それは大丈夫とは言えないんじゃないかな。子羊ちゃんにしてもアッキーにしても、もう少し自分を大切にした方がいい」

「まったくですね。七海さんも湿布を貼るなりしてきちんと手当てをしなさい」

「あ、はい。でもわたしのは本当に大したことなくって、よろけてぶつけちゃったみたいなものです。それよりも秋くんですっ、わたしを庇って叩かれたんですから……」

「七海さんじゃなくて良かったです、間に合って良かった。ぶつけたところ、痣になっちゃうかもしれませんね。女の子の身体に痕が残ったら大変ですから、やっぱりちゃんと手当てを……」


どの程度打ち付けてしまったのかわからないけど、痛みが残るようなら腕を上げるのも辛くて、ピアノを弾くのにも影響が出るかもしれない。なんて心配してると、今度はトキヤくんだけじゃなくて、レンくんにまで揃って溜め息吐かれちゃった。


「アッキーこそ、顔に傷だなんて……アイドル目指してるんだ。残らないように、しっかりと治療しなきゃダメだぜ?」

「大丈夫ですよ、このくらいならすぐに治りますし。今更このくらいの傷残っても」

「? どういうことだい?」

「いえ。とにかく平気ですって!! 本当に、七海さんじゃなくて良かったです」


こんなに可愛い七海さんの顔に、傷だなんてことになってたら、慎重さを取って事態を少し見守っていた自分の行動を、悔やんでも悔やみきれなかっただろうから。

本当にギリギリで割って入れて良かったと心底思う。


「……早乙女さんには報告はしないにしてもその頬、明日までに腫れが引かなかったらどう説明するつもりですか?傷の方は確実に完治はしないでしょうし」

「え……」


そうだった! まだ週が始まったばかりなんだから学校は明日もあるわけで。
腫れは多少は引くかもしれないけれど逆に腫れてくる可能性もある。そして傷は…一日じゃさすがに消えないよね。







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