触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□9月  -ドキドキとズキズキ-
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迷路自体はそんなに複雑ではなさそうだけど、広い。何にしろ広い!これはもう、私も壁を登って上から周りを見た方が早いんじゃないかなと思ったその時、携帯の着信音が鳴る。


「もしもしっ! いましたかっ」

『ああ、ずいぶんと奥の方まで入っている。まだ距離はあるが一番近いのはお前だ、サク』

「誘導、お願いします!」


真斗くんの声に従って内部を駆け抜ける。指示通りに動いていると自分の中では方向感覚が狂ってきちゃって、ちゃんと七海さんの元に近付いているのかわからなくなってくる。

けれどしばらく走っていると、微かにだけど話し声が聞こえてきた。


『次を左へ。あとは道なりに二度、右に曲がれば姿が見えるはずだ』

「ありがとうございます! 僕はこのまま向かいますので、真斗くんは他のみんなにも連絡をお願いします」

『わかった。遠くて良くは見えないがあまりいい雰囲気じゃない。サク、気を付けろよ』

「はい」


通話を終了して携帯をポケットにしまう。いい雰囲気じゃないなら、余計に七海さんが心配だ。

話すために落としていた速度を再び上げて、真斗くんの言う通りに迷路を進み、最後の角を曲がったところに七海さんの姿を見つけた。

ここからはなるべく刺激しないように近付きたい。ゆっくり慎重に、一歩ずつ歩を進めると会話の内容も明らかになってくる。


「パートナー、解消しなさいよ」

「みんなを侍らせてお姫様にでもなったつもり? あなたが彼らの曲を作る資格なんてないんだからっ」


昨日自分達の教室で不満が上がったように、やっぱり他のクラスでも不満が挙がっていたということが、今回の事件の引き金か。
当事者がいるクラスでは、その辺のことは詳しく話されたのかもしれないけれど、それ以外ではどんな風に説明されたかわからない。少なくてもAクラスでも同じように反発や動揺があったみたいだし。

七人のアイドルコースの者をを抱えているということで彼女が責められているんだとしたら、それは彼女に非があるわけじゃない。私達みんなが彼女の歌を歌いたいと、そう願ったんだから。


「わたしはあの方達を音楽家として尊敬しています。みなさんが言っているようなことは一切思ってもいません」


あの七海さんが対峙している女の子達を見据えて言う。


「わたし達は学園長先生の課題に合格して、ユニットを組むことになりました。わたしはみなさんのために曲を作りたいんです!我侭なのはわかってますっ。でも、あの素敵なハーモニーをここで終わらせたくはないんです!
だから……何を言われようとパートナーを解消するつもりはありませんっ」


素晴らしい才能と音楽センスを持っているのに、どこか自信のなさ気な彼女はここにはいない。私達をパートナーだと、どんなに批難されようと一緒にやりたいのだと言ってくれた。それがとても嬉しい。けど……、


「っ、何よそれ! 黙って聞いてればいい気になって!!!」


考えるより先に咄嗟に身体が動いていた。


「ぃ、っつー……」


頑として彼女達の要求を跳ね除ける言葉を紡いだ七海さんに、場の緊張していた空気は一気に張り詰め、そして逆上した一人の子が手をあげたところへ辛くも滑り込めた。


「秋くん!? どうしてここへ……!」

「!? 朔夜……く、ん。……あっ、わ、私……!!」


誰もが硬直した後、一瞬遅れて七海さんが名前を呼ぶ。叩かれると思った瞬間に目を瞑っちゃったんだろう。そして周りの子達も、頭に血が昇ってて私が近付いているのに気がついてなかったみたい。

七海さんの前に躍り出た私の名を口々に叫び、そして手をあげた子は叩いてしまったことにショックを受けたのか放心してしまった。


「少しだけ会話を聞かせてもらいました。もしユニットのことで七海さんを責めているなら、彼女は悪くないんです。
……ユニットに異論が出るのは最初から想定済みでしたから、あなた達のその怒りは僕が聞きます。だって発端は僕なんですから」

「秋くん……」


レンくんの発案が功を奏してユニットを組むに至ったけれど、素を辿ればどう考えても私のあの曲が始まりだ。

もっと掘り下げれば、あの日、おはやっほーニュースでHAYATOと歌った時。原点はあの時だと思う。


「僕達が彼女の曲をレコーディングテストに選んだことは、すでに知ってると思います。僕自身は入学して間もない頃、まだ彼女の名前も知らない時から、彼女の作り出す音に惹かれていたんです。
彼女の音には力がある。そして同じように彼らも思ったに違いありません。
グループとして活動を意識したのは僕が最初なんです。過程がどうあろうとそれに違いはありません。今回こうして組めたことは奇跡だと思ってますし、ある意味運命だったのかなとも思います。あの学園長がこんな提案をしてくれたこと、すごく嬉しいんです。
彼女の曲以外では……彼らと一緒に歌わないなんてもう出来ないんです。僕は夢の先を見てしまった。今更諦めることなんて出来るわけありませんっ。だから……ごめんなさい」


何が言いたいのか自分でもわからなくなってきた。

七海さんの曲が私達を歌わせてくれる。他の人が作ったものを否定するわけじゃないけど、彼女以上に私達を表現出来る人はいないから、だから。どんなに責められようとパートナーは解消出来ない。それは七海さんと同じ気持ちだ。


「そうやって一人で背負い込むのは違うだろう、アッキー」


ジャリっと砂を踏む音と共に、不意にレンくんの声が聞こえてきた。真斗くんから連絡がいったんだ、良かった。


「別に誰も悪くなんてないよ。オレ達は自分達で選び、自分達の力で道を切り開いた。そうだろう?
それにアッキー、たぶんレディ達はユニットを否定してるんじゃな……」

息の乱れひとつなく近付いてくるレンくんだけど、一体どこから聞いていたんだろう。そこまで言うと言葉を止めた。

私の隣まで来ると歩みを止め、眉を寄せる。じっと見つめた後、更に眉間の皺を深くしている様は、まるでトキヤくんのようだ。

もしかしてさっき叩かれたから赤くなってたりして、それが気になったのかもしれないなぁ。


「もしかしたらこういうことになるかもしれないとは思っていたけど、それは一対一で組んだ時だけだと思ってたオレが甘かったな。
レディ達は思い違いをしているよ」


ユニットを否定していなくて、思い違いで七海さんを呼び出した? んと、ちょっと意味がわからない。

そう言って彼女達の方を振り向いたレンくんの顔は、いつも見慣れた、優雅で思わず見惚れてしまう笑みを浮かべながらも、ちょっと空気が冷たい。

それを敏感に察知した何人かの女の子達は、レンくんを見てビクリと肩を揺らす。でも表情が表情だけに気のせいだったんだろうと思って、すぐに彼を見て頬を染めてた。


「大方、オレ達が子羊ちゃんに骨抜きにされたんじゃないかって、やきもちを妬いてるんだと思うんだけど、」


「どうかな?」と確認するかのように首を少し傾げれば、途端に真っ赤になる女の子達。

ええと、やきもち?

レンくんやトキヤくんのような才能を独り占めしてしまってる、から?むしろそれは逆で、私達が七海さんしか選ばないって言ってるようなものなのに。

彼女達の反応は、レンくんの言うことが大当たりだと言うように、俯いたり視線を逸らしたりしてる。

あ……。やっとわかったかも、彼女達の言いたいことが。

レンくん達みたいなカッコイイ人達の中に女の子が一人だけってなれば、そうか、羨ましいとかそういう感情が沸くこともあるか。

あの時レンくんが、知った顔がいると言ってたっけ。彼女達の中に、彼のファンがいると仮定すれば(絶対にいるんだろうけど)、七海さんに嫉妬しちゃったりもするんだろう。

だけどそれが理由で、こういうことをするのは駄目だ。七海さんにその意思はないわけだし(たぶん)、一方的に責めるのは筋違いだと思う。


「たしかに子羊ちゃんの曲は良いと思うよ。けど、それだけじゃオレは本気にはなれなかった」


再び向き戻ったレンくんが、私の頬に手を当ててくる。少し腫れてるからなのか、添えられたレンくんの手の温度が気持ち良い。なんて思っているとピリッと頬に痛みが走ったから、思わず顔を歪めてしまった。


「ごめん、痛かった? 切れてたみたいだ、血が出てきた」


もしかして爪が引っ掛かったのかな。ヒリヒリと熱くなってる方に気を取られて気付かなかった。ほら。と指を差し出されたのを見てみればたしかに血が付いてる。


「綺麗な顔なのにこんな傷作っちゃって」

「何言ってるんですか。綺麗とかはレンくんやトキヤくんでしょう。ただのかすり傷でしょうし、それよりも七海さんがこうならないで良かったと思いますけどね」


矢面に立たないように背中に隠していた七海さんに、レンくんも来たし「もう安心していいよ」と言おうと思ったんだけど、私の顔を見た途端に涙を浮かべちゃった。

彼女を庇って叩かれたことに、責任を感じてしまったんだろう。七海さんが気に病む必要はないんだよ、という気持ちを込めて頭を優しく撫でてみる。


「まったく、キミって子は……。とにかく、子羊ちゃんに腹を立てるのは筋違いだよレディ達。
他のやつはどうだか知らないが、オレ個人としては、アッキーと歌いたくてユニットに参加することに決めたんだからね。骨抜きにされたって言うなら、アッキー……の、歌声に、かな」


血の着いた親指を舐めて女の子達の方を向き、きっぱり。

血は舐めちゃ駄目だよ。舐めたって美味しくないんだし。って、そうじゃない!

それって今度は私がやきもち焼かれる立場……にはならないか。だって彼女達からすれば、男の子同士なんだし。

あれ、なんだか話がおかしな方向に流れてる気がしないでもないんだけど大丈夫かな?何にしろ七海さんから注意が外れるならいっか。

なんて思ったところで、レンくんがまた指を頬にの傷に沿わせてきたから、濡れて滲みる。


「ちょっ、レンくん! 指が汚れますっ」

「傷は舐めておけば治るだろ? 直接舐めたら怒られそうだからさ」

「それは間違った情報ですよっ。しかも直接ってどういうことですか、ほら、彼女達も呆れてるじゃないです……か……?」


何故疑問系かって?

それはさっきまで私達に、こんな現場を見られて縮こまっていたり、おどおどしていた子達が、何故か私とレンくんの遣り取りに、一様にポッと顔を赤らめたり、小さく悲鳴を上げたりしているからで。

この反応ってどう取ればいいのかな…。というより、どういうことなんだろう。私とレンくんを、代わる代わる見るその理由が不明なんだけど、さっきまでの殺伐とした雰囲気はなくなったからよしとしよう。


「というわけなんで、卒業オーディションで競うみなさんに、こんなこと言うのはおかしいかもしれませんが、応援してはくれませんか?
僕達の中に女の子一人だけって思うと、あまり良い印象を持たないのかもしれませんけど、七海さんが例えば男の方だったとしても僕はパートナーを組んだでしょうし、変えることはありません。申し訳ないですけど、やっぱり僕は、彼らと一緒に歌いたいんです」

「と言うことなんだけど、レディ達。オレも今更パートナーを変えるつもりもないしね。
練習のせいでレディ達のお相手が出来ないのは残念だけど、その分歌に愛を込めるつもりだよ」


レンくんが女の子達にウインクを送ると、熱い溜め息が零れ、彼女達は蕩けた視線になる。
こういう場面でも彼の魅力で場を治めてしまえるなんて、なんて言うか……レンくんらしいし、すごいと思う。


「オレとアッキー、それからまぁ、他にも余計なのはいるけど、オレ達の歌、聞きたくないかい?」


その問いかけに、それはもう激しく同意して頷く女の子達。良かった、これでもうさっきまでの雰囲気はどこかにいっちゃった。

でもまたこんなこともあるかもしれないから、七海さんにも音也くん達にも注意してもらった方が良いかな。


「誰が『余計なの』なんですか」














ハルちゃん本当にごめんっ。書いてて気が重くてなかなか書けなかった1話でした。
彼女に「彼らの曲を自分は作りたいんだ」と強気に出て欲しかったんです。

そしてまたもや変なとこで切ってしまいました。
レン君がちょっと押せ押せぎみです。重い雰囲気を明るくしたかった!
その分ハルちゃんが空気化してますが、これはハルちゃんから注意を逸らす為でもあり、結局のところまぁ、レン君ですから。(爆)

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