※ ハルちゃんがちょっと虐められています。嫌悪感を抱かれる方は回避してください。(暴力とかはないです) 放課後、みなさんとの練習の時間まではまだ時間があったので、教室で時間を潰そうということになりました。本当なら秋くんや一ノ瀬さん達と合流した方が曲のことも煮詰められるのですが、たまには息抜きもいいだろうってことらしいです。 そうやってしばらく一十木くん達と話していたんですけど、 「七海さんはいますか?」 呼ばれて振り向くと、知らない方が教室の入り口でわたしを呼んでいました。 「ええっと、七海はわたしですけど……あのー?」 「良かった、まだ教室にいたのね。朔夜くんが呼んでるんだけど一緒に来てくれます?」 「秋くんが? 一体何の御用なんでしょうか。この後会うのに……」 用事があるならメールでもいいと思うんですが、何かそれじゃいけないことでもあったんでしょうか。うーん、わかりません。 「急いでるみたいだったけど、どうするんですか? 一応連れてきてくれって頼まれてるんだけど」 「あっ、行きます! ちょっと待ってください」 秋くんが待ってるなら行かないと。でも一十木くん達にも説明しておかないといけませんよね。 たぶん時間までには戻って来れるとは思いますけど(秋くんも練習あるんですし)、それでも何も言わずに行くわけには行きませんもんねっ。 「どうしたの、七海」 「秋くんが呼んでるらしいのでちょっと行って来ますねっ」 「サクが? 一体何の用だ。話があるのならばこの後でもいいだろう」 「……何か僕達には言えないことでもあるんじゃないですかぁ?」 「何それ。俺達に言えないって」 「例えば……告白、とか」 「えええっ!? 朔夜って七海のこと好きだったのっ!!?」 「例えばのお話ですよぉ」 び、びっくりしました。そうですよね、秋くんがわたしに告白なんて話あるわけありませんよねっ。 秋くんはとても優しくって綺麗で、普通の男の子とは違ってふわふわと柔らかいイメージがあります。いつもみなさんの中心にいてにこにこ笑ってるんですよね。 音楽にすごく真摯で、今回のユニットを組むに当たっても聖川さんや翔くんとお話をしたりと、いろいろ奔走してくださったんだと後で聞かされて、それだけで胸が熱くなりました。 一見穏やかで口調を荒げるところなんて想像もつかないんですけど、一ノ瀬さんの加入の件であの学園長先生に、一歩も引かずにはっきりと意見をぶつけたりするような熱い一面も持ってて……。 とても不思議で、魅力溢れる方だと思います。 「ちょっとぉ、行くんですか〜? 行かないんですかぁ〜?」 「す、すいませんっ、すぐに行きます!!! それじゃわたしっ」 「戻ってくるまで待ってるよ〜」 「はいっ!」 ついつい一十木くん達と話し込もうとしてしまって、お待たせしているのを忘れてましたっ。 急いで教室の出口に向かいながら一十木くんに返事を返しました。待ってて頂けるんなら早めに戻って来ないとですね。 「きゃっ!?」 「あんた、どういうつもりなわけ?」 掴まれていた手ぐいっとを引かれて壁側へと押しやられる。 幸いにしてそんなに強い力ではないため、普通なら打ち身を作るほどのものではないのだが、あまり運動が得意でない春歌は、勢いを殺せずに肩から壁へとぶつかってしまった。 突然こんなところに連れて来られてただでさえパニックを起こしているのに、『どういうつもり』などと問われてもなんのことやらさっぱりわからない。 どこまで行くのか、朔夜はどこで待っているのか。尋ねても答えてもらえず、さすがにおかしいと思って教室に戻ろうとしたのだが、時すでに遅し。 いつからいたのか、後ずさりした春歌の周りを、すっと寄って来た女生徒達に囲まれ腕を取られてしまっては、逃げ出すことが出来なかった。声を出そうにも恐怖からか、一言も言葉が出てこずに助けも求められなかった。 「な、なんのことですか……っ」 やっと喉の奥から絞り出すことが出来た声も、か細く震え、なんとか聞き取れるくらいの弱々しいものになってしまう。 「白々しい」 「そうやって純情ぶってあの人達にも近付いたってわけ」 純情ぶる? 近付くって……。ますますわけがわからない。そうやって理解出来ずにいれば、またそれを責められる。 「だいたい二人一組なのは最初から決まってたはずでしょうっ? なのに特例とかあり得ないわ」 「自分の曲を選んでもらったからって調子に乗ってるんじゃないわよ!!」 「その特例っていうのもあなたが何かしたんじゃないの? 取り入るのが上手いみたいだし?」 『二人一組』、『特例』。この二つの言葉から想像出来るものなんてひとつしかない。そしてそれを想像出来ないほど春歌にとってそれは他人事ではない。彼女達は昨日知らされた春歌達のユニットについて腹を立てているのだ。 しかもユニットという特例に文句があるのではなく、『彼ら』と組んでいることが気に入らない。 朔夜が女だと知らない彼女達からすれば(もちろん春歌も知らないが)、春歌は八人中唯一の女の子で、しかもレンのように女生徒から人気のある人物や、トキヤのように学園でもトップの歌唱力を誇る者など、そんな風に学園でも注目株の者達に囲まれている春歌が妬ましい。要するに嫉妬だ。 それぞれ公にも密かにもファンが着いており、学園でも特に目立つ存在である彼らだからこそ、こうしたことになってしまった。 「パートナー、解消しなさいよ」 「みんなを侍らせてお姫様にでもなったつもり? あなたが彼らの曲を作る資格なんてないんだからっ」 感情に任せてぶつけてくる彼女達の理不尽な言葉は、春歌の心をいたく傷付ける。 春歌だってパートナーは二人一組、アイドルと作曲家一人ずつで曲を作るものとしか思ってなかった。 課題が渡された時にまだパートナーに目星をつけていなかった彼女は、もしも自分の曲を選んでくれた人がいたら、その中からパートナーを決めることが出来ると聞いて期待と不安でいっぱいだった。 自分の曲を気に入ったということは作りたいものが一緒であるということ。そういう人とパートナーになれたら曲作りも楽しいに違いない。けれどまったく選ばれない可能性もあるわけで。 当日までは曲を選んでもらえたのか、また選んでもらえていたとしたらそれは誰なのか一切知ることは出来ない。 曲が選ばれたと、当日の朝聞いた時は飛び上がるほど嬉しかったのを今でも覚えている。 同じ日にテストに入るという音也達と一緒に指定されたレコーディングルーム前へと行ってみれば、彼らの他にも知ってる顔がいた。そしてその後呼ばれた名前……この人達がみんな自分をパートナーに望んでくれているなんてあり得ないと思った。 本来ならテストが終わったその場で一人選ぶことになっていたけど、とてもじゃないが選べないと思った。みんな素敵で、それぞれに良さがあり甲乙なんてつけれない。それどころかそれぞれに曲を書いてみたいと思った。 テスト中だというのに、彼らの歌声を聞いてるだけで体の中から新たなメロディーが湧き出てきたからだ。 そんな中での朔夜とレンの歌だ。 単体でも心の震える歌だったのに、異なる声質が合わさりひとつのハーモニーを奏でる。 自分とは全く違った編曲にまずびっくりし、それから楽しそうにいろいろな歌い方をしてみせる二人に、ワクワクとドキドキで鼓動が高鳴った。一気に彼らの世界に惹き込まれた。 だから学園長の提案にも傲慢だと思いつつもすぐに首を縦に振ったんだ。 ユニットソングというのはまだ自分にとって未体験であるけれども、創作意欲を激しく揺さぶられた。彼らみんなの声が合わされば、どんなに素敵なものになるか。それを考えただけでさっきとは違うメロディーが流れ出してきたから。 みんなの魅力を最大限に引き出せるよう苦心して作った初めてのユニットソングを認められ、今だって彼らと共にいるだけで、次から次へと溢れ出してくる音楽は止まることを知らない。 もし彼女達が自分の音楽の未熟さを責めているならいくらでも聞く。もっともっと勉強して良い曲を書けるように今以上に努力する。そしてそれでも彼らの才能を潰してしまっているというのならパートナー解消も吝かではない。 けれど彼女達が咎めているのは音楽に関してではない。 何度も自信を失くしそうになったけれど、その度に彼らは言ってくれた。春歌の曲が一番好きだ、自分達の曲を作れるのは春歌だけだと。 だから、こんな言葉には屈しない。 (わたしはあの方達のパートナーなんですから) |