「HAYATO、お前はあの秋朔夜とかいう人物と知り合いか?」 「朔夜くん? お仕事で会ったっきりだけど、彼がどうかしたかにゃ?」 「そうか。彼の歌は良いな。お前も彼と歌っている時は伸び伸びとしていていい歌を歌っていると感じたよ」 「本当に? 嬉しいなぁ」 この人がまさかこんなことを言ってくれるとは思ってもみませんでした。 「お前はずっと歌いたがっていたからな。もしお前が望むなら、歌手活動をもう少し精力的にやっていっても良いと思っている」 「!! 本当ですかっ!? …っ、」 「ああ。お前の歌を改めて聞いて俺はそう感じた」 思いがけない話に、一瞬HAYATOを忘れて素を出してしまいました。けれど彼はそれを咎めることはしなかった。いつもならここできつい注意を受けるのですが……。 何かがおかしい。HAYATOは今はバラエティに全力を注いでいる。事務所の方針もそれに変わりはないはずです。現に歌番組なんかよりもそういう仕事の依頼の方が確実に多いのですから。 それを今ここで路線変更をしようとする意図は? けれどたとえ歌の仕事が増えることになっても、私はもう、HAYATOとして居続けることにピリオドを打つと決心した。 アイドルとして人気が出始めたHAYATOをここまで育ててくださった恩義は今でも感じています。たくさんの仕事を取ってきてもらい、例え自分の望む道とは違ったとしても彼はアイドルとして成功した。そのネームバリューだけでも番組やCDがヒットするくらいに。 けれどどれだけ人気を得ようとも、私を否定された中ではどんどんとHAYATOに対して敵愾心しか感じなくなり、このままでいけば私はいずれ、この手でHAYATOを壊していたかもしれません。 だけどそうならなかったのはHAYATOのすべては私だからこそだと、認めてくれた人がいたから。未だに私はHAYATOで在り続けられる。 そんな彼女と共に、私は彼らと歌うことに決めた。 今の私はただ歌うことが好きだった昔の私ではない。彼女と歌うと言うことに意味を見出したのです。ただ歌えればいいというわけではない。 ずっと悩み、考えに考え抜いて出した結論の末、早乙女学園に入った以上、そんな申し出ももう何もかも遅いのです。私は一ノ瀬トキヤとして自分の歌を歌いたい。 「そこでだ……」 まだまだ残暑厳しい九月。 まったく、身体測定であんなに注目浴びるだなんて思ってもみなかった。自分でも別人に見えたのに、もしかしてやっぱりみんなにはわかられてるんじゃないかなんて思ってすごくヒヤヒヤしたなぁ。 結局は私の思い過ごしで、誰にも私だってバレなかったけどね。でもさすがに音也くん達に遭遇した時はかなり焦った。 「誰、誰っ?」なんて問い詰めてくる音也くんを、三人がさらりとかわしてくれたからなんとか喋らずに済んで、彼らにも私のことはわからないままだった。真斗くんと那月くんは私のことを知ってるから教えても良かったんだけど、音也くんにはまだ言ってなかったし、とにかく三人が誰とも話さないでいいようにずっと一緒に回ってくれたからそれに甘えちゃった。 一人で放り出されてたら間違いなく挙動不審だったと思う。 なんだかいろいろ大変だった気もするけど、学園長の取って付けたような理由通り、見られることに慣れるっていう目標は達成したと思う。 「さて、今日も頑張りましょう」 「なんだか気合いが入ってるね、アッキー」 もうオーディションまで半年もないのだから、自然と気合も入るってものでしょう。そう言うと翔くんもうんうんと頷いてくれる。 「おう! ま、優勝は俺達が頂くのは目に見えてるけどなっ」 つい昨日、ユニットでのオーディション参加は全校生徒の知るところになった。 パートナーの決まってない人達には追い込みの時期にもなるし、そろそろ誰がパートナーが決まっていて、誰が決まっていないか明確にするためらしい。 たしかに七月に彼女と組むことになってからも、私やトキヤくん達のところにパートナー希望者が来る、ということは何度もあった。その度に丁重にお断りはしていたんだけど、これでそういうこともなくなる。 クラスメイトの反応は様々だったけど、思っていた通り抗議の声は上がった。 一曲に集中したのはきっと七海さんだけではないだろう。その中でパートナーを組めた人も全員ではなかっただろうし、そういう人達から見れば私達はたしかに反則技だと思う。 自分がこの人だと望んだ人とパートナーが組めた。しかも望んだ全員が。 そして何より個々で曲を作ってもらうのではなく、ひとつのグループとしてオーディションに望むというのだから、もし私がそれを聞かされる側だったとしたら……脅威を感じる。 パートナーと二人っきりで挑むはずなのに相手は八人なんだから。 しかも歌唱力で言えば学園トップとも言われてるトキヤくんや、女の子達に絶大な人気があり、観客を魅了するパフォーマンスに長けているレンくん、音楽的センスが天才的な那月くんなどそれぞれ実力がある人ばかり。 逆に作曲コースの人達からすれば、一人にアイドルコースの者が集中してしまえば、その分組めるパートナーの選択肢が減るのは明らか。 私達だってまさかこうなるとは初めは夢にも思っていなかった。でも条件を提示されたあの時、やってみたい、やりたいと望んだのは私達自身。私だけじゃなくてたぶん他の皆もそうだと思うけど、彼女の曲を歌えないのであれば、他にパートナーを選ばなかった確率の方が高かったと思う。特にレンくんは、もしかしたらこの学園を去っていたかもしれない。 結局、今回のことは理事長からの提案であり、彼を納得させることが出来ていなければそもそもこの話はなかったことなど、それらをすべて日向先生が説明すればみんなも言葉を失った。 あの学園長を納得させるのは一筋縄ではいかないことくらい、容易に想像がついたからだと思う。さすがに伝説のアイドルと呼ばれているだけあって、特に曲や歌に関しては厳しい人だから。 「文句があるなら社長に言え」なんて言われたら、恐ろしくて何も言えないよね…。 特例を作ってしまったのは学園側だから、どうしてもグループでやってみたいという生徒がいるなら受け付ける、というのも効いたのだろう。ただし、やはりこれも学園長を納得させられれば、という条件付だけどね。 それでも新しい可能性として視野に入れてみようと思った人達も何人かいたんじゃないかな。 どうせなら自分達の歌で彼らを納得させたい。誰もが認める、そんな曲に仕上げられると自負している。 |