触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□9月  -ドキドキとズキズキ-
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林檎に連れられて教室へと入ってきたのは見慣れない少女だった。

胸元まで伸びた緩いウェーブのかかった髪、パッチリとした目元、桜色の口唇、透き通るような白い肌、思わず守ってあげたくなるほどに華奢な身体つき。そのどれもが意識を捕らえて離さない。

こちらと視線が合うと恥ずかしそうに顔を真っ赤に染め、慌てて視線を落としたその姿は可愛らしくもあり、美しくもある。

トキヤ達は言葉もなくしばらく見惚れてしまった。


「リンゴちゃん、そのレディは?」


しかしやはりというか、初めに動いたのはレンだった。

この学園では見たことないと思うのだが、水着を着ているということは身体測定を受けるためだろうし、ということは生徒で間違いはないだろう。

タンキニのトップスに2段フリルのスカート、更には大きめのパーカーまで羽織っているから水着というには極端に露出は少ないが、それでも十分すぎるほど魅力的であり、むしろその露出の少なさが彼女のイメージに合っている。


「カワイイでしょ〜っ?」


うふふと笑う林檎だが彼女が一体誰なのかは言わない。

クラス合同授業でこんな生徒見たことがないから、彼のクラスではないことは確かだろうが、だとすればS、A以外のクラスに絞られてくるのだが、交友関係の広かった(今は朔夜と共にいることの方が多いので、以前ほどではない)レンでも見たことのない美少女だ。

どう見てもアイドル志望にしか見えないけれど、入学説明会のオリエンテーリングでも見かけた覚えがない。

そうやってひとつひとつ消していくと彼女は作曲コースの人間か、まったく学園に関係ない、しかし林檎の知り合いである人物となる。学外の人物だとすれば、林檎に無理やり着替えさせられこうして恥ずかしがっているというのも頷ける。プールに入るわけでもないのに水着なのだから。

だがその場合、彼女はどういった知り合いであるのかがまた謎になる。

芸能関係だとすれば、テレビで話題にならないはずがないし(これほどの美少女、マスコミが放っておくはずがない)、そうなると林檎の親戚関係だろうか。血縁関係にあるとして見たところ似てる所は見受けられないが、随分と親しく、懐いているようだ。血が繋がっていなくても親戚関係にはなれるから、この線は合っているような気がする。

などと三人は脳内でいろいろと仮説を組み立てていた。しかしそれならそうで彼女の素性を教えてくれても良さそうなものなのだ。

わざわざ自分達の前に連れてきた。そこに意味があるに違いない。

未だ恥ずかしそうに林檎の服の裾を離そうとしない彼女に興味津々のレンは、怖がらせないようにすっと傍に寄り、いつもの彼曰く、子羊ちゃん達に向ける微笑を彼女に向ける。

どんなに想う相手がいても、女性を前にして何もしないのはレンのポリシーに反するのだ。


「………」

「オレの名前は神宮寺レン。レディ、キミの名前を聞かせてもらえないかな?」

「……………」


口を開かず、じっと見つめてくるレンと隣にいる林檎の顔を目で行ったり来たりしている。どう見ても困惑しているように見えるその様子にレンは首を傾げる。


(前にもこういうのあったような気がするな)


ちらりと林檎を窺い見るも、にこにこと笑っているだけでやはり種明かしはする気がないようだ。かと言って正体不明の本人に尋ねても黙秘を続けるだけで答えてはくれない。

そうしてレンが彼女とのコミュニケーションをどうにか計ろうとしてると、トキヤと翔もいつの間にか近くに寄って来ていた。


「レンに話しかけられて反応なしって、珍しいタイプだよな」

「そうですね。それにしても月宮先生、本当に彼女は誰なのですか?」

「謎の美女っていうのも、なかなかそそられるね。けどその秘密を解き明かすのもおもしろそうだ。
リンゴちゃんがオレ達のところに連れてきて、こういう態度を取ってるってことは、オレ達が知っている人物と見るのが正しいだろう」

「私もそう思います。しかし記憶と照合してみましたが、彼女と一致する女生徒はこの学園にはいないと思われます。結果もし学園内の者だとするならば……」

「……リンゴちゃんに魔法をかけられて姿が変わった、と見るのが正しいかな。まるでシンデレラだな。いや、なかなか声を聞かせてもらえないから人魚姫かな?」

「声……? もしかして、それじゃねーの?
声に特徴があるから隠さなきゃなんねーってこと…だ……ろ………」


言いながらそれに当て嵌まる人物を思い出したのか、だんだんと声が途切れ途切れになる。翔の言葉にトキヤ、レンも同一の人物を思い浮かべ、バッと少女を見た。

その勢いに押され、少女が林檎の後ろに隠れる。その反応がびっくりしてなのか、当たりだったからなのかちょっと判断し難い。けれどその線で考えれば納得のいく部分も出てくる。

華奢な身体はもちろんだが、身長だって朔夜と同じくらいだし、意識してみれば瞳の色だって同じだ。髪の毛の色が違うのはきっとウィッグですっぽりと隠してでもいるのだとすれば何もおかしくはない。

そして決定打は彼女を連れてきた林檎が否定しなかったことだ。


「ふふふ、さっすがね♪ ほ〜ら、みんな気付かなかったでしょ? 女の子はメイクで全然変わるんだからっ!」


後ろに隠れた少女に向かって「言ったでしょ、サクちゃんっ」と林檎がその名を呼んだことで確定した。これは間違いなく朔夜なのだ。

けれどその名を聞いてもまだ信じられな思いを三人は抱えている。

たしかに朔夜が女だということはすでに知っているし、一度はその姿も見た。ナチュラルメイクだと林檎が言っていたその時でさえ、自分達は一瞬誰なのかわからず戸惑っていたのだ。今回はその時以上に別人だ。


「本当に朔夜なのかい?」

「……はい」


どうしても目の前にいるのが朔夜だとは信じられず、レンは再び問いかける。すると彼女の口からは聞きなれた特徴あるハスキーボイスが零れた。ずっと傍で聞いてきた声だ、聞き間違えるはずもない。

つい先程自分は彼女の水着姿を見れるものなら見てみたいと思っていた。もちろん彼女が性別を偽って学園に通っている以上、それが無理なこともわかっていた。しかしこうして目の当たりしてみれば、どうだ。自分の想像が甘かったことを知った。

普段は隠された身体のラインが露になることに本人は慣れていないのだろう、羞恥心で頬を染める姿は間違いなく女の子で。

常日頃男装していても頭の中では朔夜は女の子なのだと意識はしていたし、認識もしていた。もともと綺麗な顔立ちをしていたから、男だと思っていた時でさえハッとしたこともあったが、まさかこれほどとは。


「えっと、本当に僕だって気付きませんでした?」


今の格好を考えてみれば、女装した時と露出がほとんど変わらないと思い至った朔夜は、林檎の後ろに隠れるのをやめて、彼らの前に移動した。


(水着と思うから恥ずかしいんだよね、うん)


そして近くにいるレンの顔を覗きこむ。

着替えとメイクが全て終わってから、林檎はまたもや鏡を見せずに部屋を連れ出した。

朔夜からトキヤ達が教室で待っていることを聞き、彼らの反応を見るために。朔夜はいくら林檎が言ってもきっと信じない。だから一番親しい彼らの言うことならば彼女も信じるだろうと。

そしてついでに、彼らをびっくりさせるために。


「あ、ああ。朔夜が声を出すまでは誰だかわからなかったよ」

「本当ですかっ?」


誰にも気付かれるはずがないという林檎の言葉を、これでやっと信じることが出来た。もちろん彼の言を疑っていたわけじゃないけれど、自分のことを良く知っている人が見たら絶対に気付くんじゃないかと思ったから。

そんな状態で身体測定を受けろなんて言われても、怖くてとてもじゃないけど無理だ。


「トキヤくんと翔くんも気付きませんでしたか?」


この学園で一番自分のことを知っている三人。彼らが揃って気付かなかったというならば、クラスメイトやその他のクラスの人は絶対に気付きはしないだろう。


「えっ!? お、おお! どこのクラスのやつかと思ったぜ……。いや、マジで朔夜なんだよな?」

「本当に……女性だったのですね」

「えっ、突っ込みどころそこなんですか?」

「……冗談です。でもレンや翔の言うとおり……誰だかわかりませんでした」

「そうですか。それじゃこの格好で身体測定受けても全然大丈夫ですねっ」

「「「えっ!?」」」


水着を着ているということは確かにそうだ。でなければ着替える必要もない。だがこの状態の朔夜をみんなの前に出す……?







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