触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□9月  -ドキドキとズキズキ-
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日向先生に見つかったら絶対突っ込まれるだろうし、問い詰められる気がする。

わー、どうしよう。(思わず遠い目になっちゃうよね)


「あ、猫パンチもらったとか!」

「本気で言ってるわけではないですよね? それにもしその場合でも傷はついても腫れません」

「子猫ちゃんという名のレディのことを指すなら、明日からはアッキーに関する噂で持ちきりだろうね」

「それは……秋くんファンの方の反応が怖そうですね……」


私のファン? そんなのいたんだ、初めて知りましたよ。

でもトキヤくん、冗談にもしっかり返してくれるなんて優しいなぁ。

肉球で叩かれたらさぞかし柔らかくて気持ちいいんだろうし、その姿に癒されそうだ。……なんて言ってる場合じゃないよね。


「それじゃあ……レンくんと殴り合いのケンカを…」

「ないよ、絶対に」

「そんな即座に真顔で否定しなくても」

「他のメンバーとやりあうことはあっても、アッキーとだけはないからね」


男の子って殴り合って友情を確かめて絆を深めたりするイメージがあるんだけど(何かのドラマで見たのが印象深かったんだよね)、私とはないって断言されてちょっと悲しい。本当の性別を知ってるから、フェミニストのレンくんにそれが出来るはずがないのもわかる。実際にケンカをしたいとは思ってはないけど、なんかちょっと、ね。


「それじゃトキヤく……」

「無理です。私はそういうキャラじゃありませんし、朔夜を殴るなど私達にとって歌を辞めると言うのと同じくらい有り得るはずがないのは、日向さんだってわかっているでしょうから」

「秋くんはみなさんに慕われてますもんねっ」

「そんなにですか? ケンカくらい僕達もすると思うんですけど……うーん。って、否定ばかりしてないでいい案考えてくださいよぉ!」


レンくんもトキヤくんも実はこの件が表に出てもいいと思ってるらしくて、真面目に答えてくれる気がないのが丸分かり。七海さんは私以上にとぼけたことを言ってくれたから癒されたけどさ。

結局いい案が思い浮かばなくて、問われたら全力でとぼけようと気合いだけは入れた。




















あの日、事務所の社長から持ちかけられたのは『朔夜を引き抜くこと』。おはやっほーニュースで受けの良かった朔夜を事務所に入れ、HAYATOとユニットを組ませてデビューさせる、それが彼の狙いでした。

HAYATOの歌は朔夜と歌うことで良くなる。忘れていた歌の楽しさを思い出させてくれたのが彼女だからだ。

しかし私も伊達にこの世界でアイドルをやっているわけではないので、そこはあまり違和感なく歌えてると思います。もともとがああいうキャラクターですから、楽しんで歌っているのが普通ですしね。


「彼をうちに欲しい。もしそれが叶えばお前と組ませようと思っている」


あれだけの容姿、そして歌声。本当なら今までどこにも声をかけられていないのが不思議だったのです。


「だけど彼は早乙女さんのとこの学生さんなんだよ〜? 引き抜きだなんて早乙女さんが知ったら怒られそうだにゃ」

「そんなことはわかっている。だが本人自ら来たいと言えば話は別だろう。あそこではまだ半年は学生だ。そして半年経ったとしてもオーディションで合格しなければシャイニング事務所に所属することは出来ない。
だったらすぐにデビュー出来、しかも今人気のアイドルHAYATOとユニットが組める。この条件で断る者などそうそういないだろう」


学園の生徒なのだからそんなこと言われるまでもなく知っていること。私は今その合格、いえ優勝を勝ち取るために彼女達と一緒に曲作りに励んでいるのですから。

彼の言い分は一般には最高のスカウト方法だと思いますが、それで朔夜が動くとは思えません。彼女には自分の力でそれを勝ち取れる力がある。それにHAYATOなどの人気に釣られる人じゃありませんし。


「たしか、そのオーディションは他の事務所の人も見れてスカウトも出来るんでしょっ? だったらその時でも……」

「確実に獲れる保証はない。ライバルがいれば……いや、確実にいるだろうな。
そうなればうちの事務所が落とせる確率は低い。何よりあれほどの人材、シャイニング事務所が他所に回すとは思えん。だから今から動くんだよ」


事務所に彼女が入ればすぐにでもHAYATOとユニットで売り出す。バラエティメインでこなしているHAYATOの活動方針を覆してでも彼女と組ませ、歌をメインにする価値があると。

ユニットとして売り出すからには歌はもちろん、その他の仕事もすべて一緒に。

たった二度のテレビ出演だったにも関わらず、社長はその反響の大きさから絶対に売れると踏んでいるようでした。

HAYATOとしてではあるが、常に彼女といられる、歌える、独り占め出来る。それは私にとっては甘い誘惑でした。今の状態に満足していないわけではありません。七海さんの曲は素晴らしいし、一ノ瀬トキヤとして歌える。

言葉に出して伝えることはないですが、レンや翔など、私にはないものを持ってる彼らと組むことは勉強にもなりますし。
ずっと私が望んできたことが、やっと出来るようになったんです。

それでも彼女という存在を知り、彼女が大切だと自覚してからは新たな欲が出てきてしまった。

鈍い朔夜は気付いてはないようですが、私達の中には同じ思いを抱えている者が多い。いえ、むしろそれぞれが彼女に好意を持っている。

だからこそ独占したいと、誰よりも彼女の傍に在りたいと願ってしまう。

社長の持ち出した話は、私がHAYATOであり続けることを除けば、その願いが叶えられるものでした。彼女と共にいられ、歌をメインに活動出来る。

だから迷ってしまった。彼女に私と同じ『自分を偽る』という道を歩かせるとわかっていても。

現状の彼女も同じではありますが、ここではある程度の自由があります。ですがこの事務所に入ってしまえば、それはさらに強く求められ、いつかは苦痛に思う日が来るはずです。しかしそうなったとしても私のように辞めさせてはもらえないでしょう。

けれど二人なら、やっていけるんじゃないかと……。お互いが相手のことを理解しているなら、二人で支えあっていけるのではないかと思ってしまったんです。

そんな自分勝手な思いが私の中にあるだなんて、想像もしていませんでした。

けれど七海さんの行方を追うために入った迷路で、私は彼女の願いを聞きました。


『僕は彼らと一緒に歌いたいんです』


全てのきっかけ、彼女の想い。

私の中でもすでにその想いは根付いていたのに、目先の欲に囚われていた頭を殴られた感じがしました。

朔夜はHAYATOではなく、『私』と歌うことを望んでくれている。

もちろん彼女にアイドルグループを意識させたのはHAYATOとの歌ですが、彼女の想いに応えるにはHAYATOとしての偽りの私でなく、『私』というそのものが心から歌うメロディー。

偽りなく想いを乗せた歌でなければ一緒に歌うことは許されない、そう思いました。


(君の言葉はいつだって私の迷いを断ち切り、優しい光で指し示してくれる)


当然のことながらトキヤと朔夜の繋がりは事務所には知られていないので、連絡先を知らないからとその場での回答は避けましたが、この先、何かアプローチをかけてくる可能性があります。HAYATOを介すことが出来ないのなら朔夜自身に直接。

そうなった場合でも朔夜なら断るとは思いますが、一応早乙女さんにも報告しておきましょうかね。余計なちょっかいをかけられてユニットに支障を出されても困りますし、何より朔夜が心配です。芸能界の汚いところは私も目の当たりにしてきましたからね。










(考えてみれば私がレン達に負けるはずがないんですから、わざわざHAYATOでユニットなどと考えることはなかったですね)













はい、ハルちゃん事件解決です。
そしてちらちらさせていた、トキヤくんの話の真相。たいしたものではないですが。
ライバル多数の中で朔夜ちゃんを独占出来ない。
でもHAYATOなら……、そして恋愛禁止などというルールはない事務所なら。なんて考えてしまったわけです。結局は朔夜ちゃんと同様に自分も彼らと歌うことを望んでる、無自覚なトキヤだったりするんですが。

そろそろ大詰めにして行きたいと思う今日この頃。

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