トキヤくんの秘密を聞いて、何故彼があんなにもHAYATOを否定していたのか、そして音也くんを意識していたのかがやっと大体は理解出来た。全部を理解したいけれど、やっぱり辛さは本人にしかわからないものだし。 自分を見てもらえないという悲しさや悔しさは、なんだか家を飛び出す前の私と似ている気がした。私はそれが嫌で逃げ出したけど、トキヤくんはそれらと必死で戦っていたんだ。 偽りのアイドルだとしてもそれを信じて応援してくれているファンのため、一ノ瀬トキヤとしての心を殺してHAYATOを演じ続ける。 彼が言ったように、それがトキヤくん自身が演じているキャラクターとして受け入れられていたならば、このままHAYATOを演じることになんの躊躇いも持たなかっただろう。 けれど今の事務所に引き抜かれて、HAYATOとして全面に売り出され、HAYATOだけを必要とされて、一ノ瀬トキヤとしては居場所を失ってしまった。 どんなに望んだ世界でも、自分を否定されてしまってのでは辛すぎる。 自分の望む方向でないところで売り出されるのはよくある話だとは思うけれど、彼の場合、まったく真逆のそれを演じ続けなければいけないのだから、余計に精神的負担も大きかったと思う。 何にしろ、トキヤくんにも絶対に卒業オーディションで合格して、事務所入りを果たさなくてはならない理由があるというわけだ。ただでさえ崖っぷちに立たされている様な状況なのに、初の試みになるユニットに参加するのはかなりの勇気が必要だったと思う。 それなのに決断してくれた。一緒に歌いたいと思ってくれた。 それぞれいろんな想いを胸に集まった。 自分の人生を全て賭けて、夢を賭けて、存在を賭けて、好きな歌を歌うため、憧れの人を超えるため、心を自由に表現するために。 確固たる信念を持って集まった私達なら夢を現実に出来る。 あ、そういえばトキヤくん。自分のことがあるから、私に男装して入学するように言った学園長のことを怒ってたな。「あの人は、偽りの自分を演じることに苦しんでいる私を知っているはずなのに」って。 私自身はほとんど素に近い状態だから、トキヤくんのように全くの別人を演じているわけじゃない。 初めの頃はバレたらどうしようかと心配でならなかったり、親しくなった人達に嘘を付き続けていることに罪悪感を感じたりしてはいたけれど、この姿になることでいろんなものを手に入れることが出来たから、むしろちょっと感謝している。 それに今は私のことを知って尚、受け入れてくれる仲間達がいるからね。 そう話してはみたものの「だとしてもです……」と、納得はしていないみたいだった。 絶対にバレるなとは言わない。それは学園長がトキヤくんの件を踏まえた上での発言だったんじゃないかな? テレビ局からの帰りも車を出してくれるというありがたい申し出を丁重に断って、私は寮へと帰ってきた。だって迎えに来てもらっただけでも一般人にあるまじき厚待遇なのに、さらに帰りまでって申し訳なさすぎます。 時間はお昼近くになってるけど、お腹も空いてないし、何より早く起きたから眠い。 出てきた欠伸を噛み殺しながら部屋の前まで来ると、みんなが集まっていた。あ……そっか、そうだよね。みんなには内緒で嘘まで吐いてたんだから、あれを見たらどういう反応をするかなんてわかりきったことだった。 問い質されるとは思ってたけど、まさかこんなに早く待ち構えているとは予想外。私がいつ帰ってくるかなんて正確にはわからないはずだし、もしかして生放送終わってからずっとここで待っててくれたのかな? 「朔夜っ!」 学園長の特訓と言う名目で寮を留守にしていたから、その間は一切連絡を取らなかった。先生からも携帯の電源は切っておくように言われてたことを思い出す。電源、まだ切ったままだった…。 放送終了から約三時間。その間、電話やメールをくれていたとしたら申し訳ないことをしちゃったなぁ……。 私が姿を見せた途端、バッと寄ってきて一斉に話し始める彼らを一旦宥めて部屋へと招いた。 「ったく、出るなら出るって教えておいてくれりゃー良かったのによ」 ぽすっとソファに座り込みながら、翔くんが小さく呟く。 「音也が部屋に駆け込んできた時は何事かと思ったぜ」 「俺だって七海から電話もらって知ったんだよ。それまで寝てたのに、テレビつけた途端一気に目が覚めた」 思った通り七海さんはテレビ見てたんだな。そこから音也くんに行き、翔くんと那月くん、レンくんと真斗くんの順に伝わったらしい。 「わたしなんてしばらくテレビの前で放心してしまいました。もしかして、あれが『夏休みだよ、シャイニング!』の特訓の一貫だったんですか?」 瞳をキラキラと輝かせ、「やっぱり学園長は偉大な方ですねっ」と興奮している七海さん。まだ…あの嘘を信じてるなんて、本当に可愛い。そして癒される…。他のみんなはあれを見た時点で、それが方便だったということに気付いてたんだろう(当たり前か)。七海さんのその言葉に「ナイナイ」と手や首を降っている。 「すみません、学園長の特訓というのは今回のことを隠すための嘘です」 一人わかってない風の七海さんに向けてそう説明すると「えっ、そうだったんですか?」とコテンと首を傾げる。 ここまで純真だとなんかいろいろと心配になってくるなぁ。 「まあ、仕事に関しては守秘義務というものもあるしな」 「サクちゃんが早乙女せんせぇの特訓に連れ去られたって聞かされた時は、すごく心配したんですよぉ。嘘で良かったです、だってあなたが無事なんですから」 私が逆の立場だったとしてもやっぱり心配するだろうから、「すみません」ともう一度頭を下げると優しい手つきで頭を撫でられた。 どうして彼らは、いつもこうやって私の嘘を許してくれるんだろう。 確かに今回のことは絶対に話すわけにはいかないことだったけど、性別を偽ってた時だって、彼らを欺いていたにもかかわらず、騙しただなんてひと言も責めないで受け入れてくれた。 でもまだ…それを知らない人もいる。 彼らにも同じように受け入れてもらえるとは限らないんだ、ということは肝に銘じておかなければならない。 受け入れてもらえるのが当然のように優しい彼らに甘えてちゃいけないんだ。私は彼らに嘘を吐いているのは事実なんだし。普通ならこんな風に変わらず接してくれることなんてあるわけないんだから。 それでも、本来ならこうして過ごすことも出来なかったかもしれないことを考えると、後悔はしていない。 「みんなは最後まで見てたんですか?」 「うん、もちろんっ」 「秋くんすごいですっ、HAYATO様の新曲を完璧に歌いこなしてましたっ!」 「そうだな。あそこまで歌うためには相当の練習が必要だっただろう。それもまだ未発表曲ともなれば……おいそれとは学園で練習も出来ぬか」 「後半のHAYATOはなんだかいつもと違ってたな。アッキーへのフリがぎこちないって言うか……」 「あー、それ俺も思った! なんかあったのか?」 「でも歌はいつものHAYATOより良かったですよぉ。すっごく楽しそうでした」 私が直前にあんなことを言っちゃったから、トキヤくんはどう接していいのか戸惑っちゃったみたいでたしかにぎこちない感じになってた。そりゃずっと男だと思ってのに実は女でしたー、なんて言われたら扱いに困るよね。 でもすぐにその動揺を抑えて(彼にしては本番にまで引きずることが珍しいんだと思う)演じきった彼はやっぱりさすがだと思った。 そして歌も。 六月のあの時よりずっとずっと楽しかった。それは彼がトキヤくんだとわかったせいでもあるんだろうし、彼自身が歌を楽しんでいたからなんだと思う。 「あー! なんか思い出したらさ、朔夜とすんごい良い曲歌いたくなってきた!!」 「前回といい今回といい、HAYATOばっかしずりぃよなぁ。よし七海! あの曲より良いモン作るぞっ」 「HAYATO様の曲よりすごい曲……、はいっ、頑張ります!!!」 もともとこれから練習でもしようと集まっていたのかもしれない。 そういうと七海さんは楽譜を取り出し、翔くんや音也くんはそれを見ながら「ここはこないだ言った感じの方がやっぱり良いような…」なんて話し出してる。 「あ、よかったらキーボードも使ってください」 「ありがとうございますっ」 彼女は楽譜に表すよりまずは音を奏でる人だから、きっとその方が良い物が生まれる。 早速部屋に設置してあるキーボードへと移動して感触を確かめるとゆっくりと音を紡ぎ始める。すでにいくつかのインスピレーションを得ていたんだろう、今現在作っていた曲とはまったく違う聞いたことのないメロディが流れてきた。 |