触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□8月  −続 ハプニング?−
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「さっき早乙女さんも言った通り、君達の反響は大きかった。特に君とHAYATOが一緒に歌った時がね。HAYATOが誰かと歌うというのはあまりなかったし、とにかくもう一度見たいっていう視聴者の声が多くてね」


あの時の彼の歌声は、HAYATOのいつもの元気の良さにトキヤくんのような艶と伸びやかさが加わって、いつものHAYATOとは少し違うのを私は感じた。それを他の人も感じ取ったのかな?


「ただ今回の出演依頼はHAYATOには内緒なんだ。ドッキリを仕掛けようと思ってね」

「ドッキリですか?」


もともとおはやっほーでHAYATOは身体を張ったチャレンジものが多いから、番組を構成する上でもこういう生のリアクションを得られるものを重視しているのかな。彼なら大げさなくらいびっくりしてくれそうだし。


「ふふふ、楽しそうよねぇ。でも別に何かを特別にするわけじゃないそうなのよ」

「と言うと?」


ドッキリと言うと相手を騙すために何かしらの嘘をついて後でネタバレさせたり、ただ単にびっくりさせたりってことくらいしか思い浮かばないんだけど、あ、あとは寝起きドッキリとか?


「三日後の放送でHAYATOの新曲発表を番組内でするんだけど、そこに参加して欲しいと思ってね。あの時みたいに一緒に歌って欲しいんだ。
もともと一緒にもう一度歌って欲しいと思って、前々から早乙女さんに打診してたんだけど、ちょうどいいタイミングだったよ。
君はHAYATOと知り合いみたいだったし、そんな君が出てくればHAYATOは驚く。新曲でドッキリならかなりのインパクトがあるだろう?」


知り合い、というかあの時点では一回しか会ったことのない顔見知り程度でしたが。

なるほど、知らされてなければこれもドッキリになるかな。でもせっかくの新曲でドッキリなんか仕掛けて、ファンの人達怒らないかな?やっぱりファンなら歌はきちんと聞きたいだろうし。

そう思ったんだけどどうやら取り越し苦労だったみたいで、ちゃんと歌う直前に出て行くようにするから大丈夫らしい。それなら歌には支障は出ないだろうからと。でも私なんかじゃインパクトに欠けるような…。

それにHAYATOは……トキヤくんだよね…? だとすれば違う意味で動揺させてしまう気がするんだけど、心配だ。

それから実はもうひとつ心配なことがある。

昨日の練習に参加したトキヤくんの喉の調子が少しおかしかった気がしたんだ。トキヤくんがHAYATOなら、新曲のために練習を重ねているだろう。その上普通に仕事もこなし、練習にも参加する。これじゃ喉を休める時がないんじゃないかな。


「どうだろう、引き受けてもらえないかな?」


芸能界は繋がりが大事。人の縁が次の仕事に繋がる。

前回、私が変なプライドに固執してテレビ出演していなければ今回の話もなかった。あの時の日向先生の言葉を今、身を持って知ることになったな。

しかも番組プロデューサーが直々に来てくれることなんて、デビューしてもいない私には本来なら有り得る話じゃない。


「前回はあくまで学校の生徒として出た。HAYATOのアシスタントとしてな。だが今回はお前への正式な仕事の依頼だ。中途半端な気持ちで受けるなら止めとけよ」

「もう、龍也ったら変なプレッシャーかけないのっ。アタシは気負わずにいつものサクちゃんでいけば十分だと思うわよっ」


日向先生の言う通り、いくら視聴者の受けが良かったからの再出演とはいえ正式な仕事の依頼だ。学園の生徒として出ることには変わりないけれど、こうやってプロデューサーさん自ら赴いてもらっているのに、中途半端なことは出来ない。もちろんする気もない。

もともときちんとした話を聞く前から受けるつもりではあったし、今もその気持ちは変わりない。


「僕もぜひHAYATOさんともう一度歌ってみたいと思っていましたので、このお話お引き受けいたします」


そして今ならきっと、HAYATOともう一度歌えば彼がトキヤくんであると確証を得ることが出来ると思う。

もともとはあまりテレビは見ないんだけど(見ても歌番組くらいかな)トキヤくんがHAYATOなんじゃないかって思い始めた時から、HAYATOが出ているものはなるべく見るようにしてみた。彼のどこかにトキヤくんが見つかるんじゃないかと思って。だけどHAYATOはHAYATOで、トキヤくんらしさの陰も形もなかった。

それがユニットを組み始めて以降、少しHAYATOの雰囲気が変わってきたように思う。

私の固定観念がそう見せているだけなのかもしれないけど、歌も、それから普段の表情も、苦しそうな感じがする時があるんだ。かなり注意深く見たり聞いたりしていなければ気付かないほどの刹那。そこにトキヤくんを感じる。

それが何を意味するのか私にはわからないけれど、もし何かを悩んでいるのなら話して欲しいなって思う。聞いたところで私がどうこう出来る問題じゃないかもしれない。それでも大切な仲間だから、少しでも彼の力になりたい。

いつもは彼を頼ってばっかりだから、今度はトキヤくんが私を頼ってくれたらいいななんて思う。


「そうか、ありがとう! それじゃあこれ。今度のHAYATOの新曲の音源と楽譜だよ。もちろんわかっているとは思うけど、まだ未発表曲だから誰にも聞かれないようにしてね」

「はい」

「それからこれは当日のスケジュール。明日うちの者をこちらに寄越すから打ち合わせはその時に。HAYATOに見つからないようにしないといけないから、入り時間はかなり早めになってるよ。この時間に迎えを出すから一緒に来てくれればいい」


それから大まかな説明だけを受けて、プロデューサーさんは「よろしくね」と言って帰っていった。

三日後までに誰にも知られずに、テレビで歌っても恥ずかしくない歌に仕上げておかないといけないのか、ちょっと、いやかなり不安かもしれない。レコーディングルームやレッスンルームはもう予約で埋まっているだろうし、かと言って部屋で練習するわけにもいかない。さて、どこで練習をするべきか……。


「Mr.秋のレッスンルームはこちらで手配しまショー。学園だとうっかり誰かに聞かれてしまうかもしれませんカラネ」

「いいんですかっ?ありがとうございます!」

「サクちゃんは当日まで社員寮の方にいてもらった方がいいかもねん。防音設備もばっちりだし、歌いたい放題よぅ」

「ああ、それがいいかもな。だがそうなるとユニットの練習もしばらくお預けだ。寮を留守にする理由が必要だし、それはどうする?」

「あら、そんなの簡単よん! 『夏休みだよ、シャイニング! 愛と希望で世界を救うアイドル養成特別レッスン(一名様限定)』に拉致……もとい招待されちゃったって言っておけばいいのよ〜ん」

「……なるほどな。社長の突拍子のない行動はいつものことだし、それならうまくやり過ごせるか。明日の打ち合わせも向こうでやると先方にも連絡入れとかないとな」


実際にそんなものがあったら恐ろしすぎて参加したくもないけれど、今回は名目だけだから笑って聞き流せ……ないよ、想像だけでも怖すぎる!

そんなわけで私はこの日から三日後の早朝まで社員寮で過ごすことになった。嘘をついてるのは気が引けるけど、これも番組のためだし仕方がないよね。ずっとってわけでもないし、放送までの我慢だ。

音也くん達には先生方が上手く言ってくれたみたいで、彼らは一様に私の無事を祈っていたんだとか。特訓に行ったとなれば確かにそういう心配はされるよね。

着替えは月宮先生が用意してくれたから、学園長室から学生寮に帰ることなくそのまま社員寮へ。

案内された高級マンションのような造りの一室は、楽器も機材も全て揃っていてブースさえあれば、このままここでレコーディングも出来るんじゃないかというような設備だった。

月宮先生曰く、どの部屋も同じような造りをしているのだとか。ホント、何から何まで規格外だな。

でもこれなら一日中歌うことも出来るし、十分仕上げられそうだ。

早速聞いてみたけど今回の曲もすごくいい。HAYATOっぽさを全面に押し出した元気で明るい作り。落ち込んでいる人を慰めて元気付ける、そんな歌詞のついた歌。歌い方は私に任せてくれるというので、どういう風にしようかと想像するだけでわくわくする。

初めてのお仕事になるわけだし、気合い入れていかないと!













はーい、というわけで次回再びHAYATO様にご登場頂こうかと。そしてトキヤくんの問題にも迫っていきたいと思います。

『夏休みだよ、シャイニング!』、なんか事務所の企画物のタイトルに出来そうだな。
もちろん、某ネコ型ロボットの謳い文句ですよっ。

外はこんなに寒いのに、まだ8月ですみません……。

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