誰かが部屋を訪ねてくると何かが起こる…気がしてならない。だからコンコンと部屋の扉がノックされた時、ああ今回もそうなんだろうなときっとどこかで理解していた。 「日向先生が?」 「うん。部屋でギター弾くとトキヤにうるさいって怒られるからさ、レッスンルーム予約して練習してるんだけど、学園に行ったらバッタリ会ったんだ。んで、朔夜を呼びに行くって言ってたから代わりに俺が来たんだよ」 『至急、学園長室へ』。これが日向先生からの伝言。今まで何度も、それはもう何度も呼び出されたけど『至急』と付いたのは初めてかもしれない。 「わざわざありがとうございます、音也くん。行って来ますねっ」 「いってらっしゃーい! あ、見送ってる場合じゃない。俺、これから練習するところだから一緒に途中まで……ってもう行っちゃったか……しょうがない、一人で向かおっ」 部屋の前で別れを告げて、私は急ぎ足で学園長室へと向かった。つい最近では那月くんのことで呼び出されたわけなんだけど、今回はそういう悪いことじゃいいなぁと願いながら。 部屋の前に辿り着き、息を整えてから軽めのノックをする。 「入ってマーッスゥッ!」 いつもながらこの受け答え方はどうなんだろう。どんなに緊張をしていても一瞬にして力を奪われる。 「失礼します」 両開きのその扉をゆっくり開ければ目の前には学園長席に深く腰掛けているここの主。それからソファに日向先生と月宮先生といういつものメンバー、と思ったらもう一人。 どこかで見たことはある気はするんだけど誰かまではわからない。陽気そうな男性が先生達と対面する側のソファに座っていた。 お客様が来てるなんて……入っても大丈夫だったんだだろうか。 「お待たせしました、あの、お呼びだったとお聞きしたんですが……」 「ああ、休み中なのに悪かったな。実はな、」 「オッファ――――デ―――――ス!!!!」 例の如く日向先生の言葉を遮って学園長が「お」でガタッとイスから飛び上がり、「ふぁー」で空中でクルクルっと2,3回転して「でーす」でシュタッと私の目の前に降り立つ。 ド派手な行動にいつも思うんだけど……ここ、アイドル養成校ですよね? サーカス団員養成校じゃないよね? 「いっつもいっつも人の言葉遮りやがって……このクソ親父が…!」 「何か言いましたかー、リューヤサーン!!」 「何も言ってねーよっ! さっさと説明してやれ、秋がびっくりしてるだろうが…」 いえ、びっくりしてるんじゃなくて呆れてるんです、とはさすがに言えない。それにびっくりしてるのは私じゃなくて、そちらのソファに座ってるお客様だと思います。もうぽかーんとしてますから。 「はーはっはっはっハ! そーりーそーりー。Mr.秋はー、こちらの方をご存知ではアリマセンカー?」 そう言って掌で指し示したのはさっきから気になっているお客様。てっきり学園長のお客様だと思ってたのに私に関係ある人だったのか。 人の良さそうな笑顔を浮かべて(学園長のアレを見てもう立ち直ってるなんて只者ではなさそうだ)、こちらを見ているその人。やっぱりどこかで見た記憶はあるんだけど、あと一歩が思い出せない。 「申し訳ありません。確かにお見かけしたことはあると思うのですが、その……」 「ははは。あの時はいろいろあったし、君もいっぱいいっぱいだったろうから覚えてなくても当然だろうねぇ」 「あの時? …………! 間違ってたらすみません、もしかして『おはやっほーニュース』のプロデューサーさん、ですか?」 物腰の柔らかいこの話し方は、あの時私の無謀な計画を了承してもらおうと話しに行った時、ディレクターさんと一緒にあの場にいた、プロデューサーさんのもののような気がする。 お願いをしに頭を下げに行ったから余計に顔まではきちんと記憶出来ていない。 「うん、あの時はいい映像を撮らせてもらってありがとう。学生ならではの友情とか連帯感とか、そういう熱いものを視聴者にも見せることが出来たおかげでいい数字が取れたよ」 「いえっ、こちらこそ差し出がましい申し出にも拘らず、快く受けて頂いてありがとうございました」 「うんうん、さすが早乙女さんのところの生徒だけあるなぁ。受け答えもその謙虚な姿勢も実に好感が持てるね」 そう言って握手を求めてきたので、ありがとうございますとお礼を言って差し出されたその手を両手で受けた。 「あのおはやっほーでのYOUとHAYATOの共演が視聴者に受けが良かったそうナノデ、もう一度出演してくれないかと再三打診されてイタンデスヨ」 「えっ」 それでさっきの学園長のオファー発言に繋がるのか。 「実はそうなんだ。本当ならもっと早くにこうして話したかったんだけど、学園が休みに入るまではと言って早乙女さんの許可が下りなくてね。数日前にやっと交渉の許可をもらったんだよ」 芸能界一影響力のあるらしい学園長の言葉ではどんな人気番組のプロデューサーも逆らえないってことか。 そう言えばあの撮影の後HAYATOが、「プロデューサーが一緒におやはっほーに」なんてことを言ってたけど、あれは社交辞令なんかじゃなくて、あの頃からこの人の頭にはこういう企画があったのかもしれない。 それにしても私としては、学園長が休みに入るまでは駄目だと許可しなかったことに驚きを隠せない。 今までも数々の無茶振りがあり、それこそ本来の授業を受けられないこともあったし、在学中でも簡単な仕事が来たりした場合は学生にやらせたりしているはずなのに。 どういう心理が働いたのかまったくわからないけれど、きっといつもの学園長の気まぐれ。と言いたいところだが、今回に限ってはたぶん、ユニットのことに私がかかりっきりだったことを考慮してくれたんじゃないかな。 きっとあんな状態でオファーをされたとしても集中出来なかったに違いない。 だからそれが落ち着いた今なら気兼ねなく出れるだろうと、そういう考えがあったんじゃないかなって思う。 「これは強制じゃねぇからとりあえず話だけでも聞いてみろ。その上でお前が出てみたいと思ったなら受ければいい」 確かににプロデューサーさんは交渉の許可をもらったと言った。つまり別に断ったとしてもなんら問題はないし、学園側にも迷惑がかかることがないってこと。 「うちの番組の趣旨なんかはこの間のでわかってもらえてると思って話を進めてもいいかな?」 「はい」 先生達に席を勧められ、私もソファに腰を沈める。相変わらずいいスプリングだ。 |